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医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

事例で学ぶ質向上モデルの実践

連載 遠藤英樹

2015.11.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3149号より

 研修医2年目のあなたは,外科で研修をしています。病棟で仕事をしていると,外来中の指導医から電話がかかってきました。「乳癌末期の患者さんを疼痛コントロールのために入院させる。オピオイドを処方したから,痛みの程度をみて調整して」と指示され,担当医になることになりました。

 患者さんに会ってみると,なんとか笑顔を見せようとしてくれるものの,癌の皮膚浸潤による疼痛が強く,日常生活が困難になってきたとのこと。Numerical Rating Scale(NRS) は5-7/10です。しかし指導医の処方箋を見ると,オキシコドン10 mg/分2のみで,外来でもNSAIDsが処方された形跡はありません。あなたは「WHOの三段階除痛ラダーには,NSAIDsから始めると書いてあったような……」と疑問に思いつつも,処方通りオキシコドンを飲んでもらい,レスキュー用のオキシコドンも処方しました。

 数時間後,病棟より患者さんが嘔吐したとの連絡がありました。おそらくオキシコドンの副作用です。急いで病棟へ向かうと,患者さんはまだ気持ち悪そうにしています。吐いたのは一回だけとのことでしたが,最近は食事も十分に取れていなかったことを考慮し,点滴を確保し,吐き気止めの投与指示を出しました。

 その後,患者さんがオキシコドンはもう飲みたくないと訴えているという看護師からの連絡を受け,再び患者さんに会うことにしました。吐き気止めを定時内服することで,今後もオキシコドンで疼痛緩和するように提案しますが,なかなか受け入れてもらえません。結局,担当看護師が呼んできてくれた緩和ケア認定看護師の説得で,なんとかオキシコドンの継続内服を了承してもらえました。

 同僚の研修医にその出来事を話すと,その研修医も同じような経験をしたと言います。これは大きな問題なのではないかと感じ始めました。

 今回は上記の事例を基に,前回紹介した質向上モデルの実際の流れを見ていきます。

 まずは,一体何が問題なのか,解決の糸口は何かを整理してみます。

 この患者さんは外来で痛みがコントロールできず入院してきました。そして,WHOが推奨する三段階除痛ラダーとは異なる処方がされていました。簡単に考えられる解決策は外来医師にNSAIDsから始める提案をすることですが,外来医師は指導医なので,研修医が介入するには少しハードルが高そうです。そこで,入院治療に着目して,院内で疼痛コントロールを要する患者の治療の流れの一例をプロセスチャートにしてみました(図1)。すると,病棟看護師,緩和ケア認定看護師,薬剤師がかかわるプロセスで,介入できそうな箇所があることに気付きます。

3149_01.png
図1 疼痛コントロールを要する患者の治療の流れのプロセスチャート例

 患者の説得に協力してくれた緩和ケア認定看護師に相談してみると,オピオイドで疼痛コントロールが行われる場合,緩和ケア診療加算を取るために認定看護師に必ず連絡が入るシステムになっており,オピオイドが投与される入院患者は全て把握しているとのことでした。認定看護師が鍵になりそうだと感じたあなたは,認定看護師に手伝ってもらって質向上プロジェクトをつくることを考えました。認定看護師も問題を感じていたようで,ちょうど今年の学会発表のネタに困っていたこともあり,快く手伝ってくれることになりました。

 次に,前回の質向上モデル(図2)を用いて,実際にプロジェクトをつくっていきます。

3149_02.png
図2 質向上モデル1)

1) 目的を決める

 プロジェクトの目的は,「オピオイド(経口・貼付剤)が投与されている入院患者に,必ずNSAIDsが投与されるようにすること(禁忌がある場合を除き)」にしようと考えました。可能であれば「WHOの三段階除痛ラダーを遵守すること」を目的にしたかったのですが,癌性疼痛コントロールにまずNSAIDsが投与されているかどうかのチェックを全ての外来患者に行うには膨大な作業が必要です。実現可能な範囲の目標にしました。

 医療の質向上の目標の6つの軸に合致するか確認すると,有効性と安全性に合致しそうです。NSAIDsが投与されることにより癌性疼痛コントロールを効果的に行うことができ,オピオイドが最初から投与されることによる嘔気・嘔吐などの副作用を防ぐことができる可能性がありました。

 達成期間は,どのくらいかかるかはわかりませんでしたが,研修期間中に目的を達成するために,「1か月」と設定しました。

2) チームをつくる

<組織の管理者>

 研修医が何かをしようとした場合,指導医の許可が必要です。あなたは外科部長にプロジェクトの重要性を伝え,外科内でプロジェクトを推進するための許可をもらいたいと考えました。幸い,外科部長は研修医に対しても気さくな方で,真剣に相談すればサポートが得られそうです。しかし,外科内での三段階除痛ラダーの遵守状況のデータはなく,現時点ではプロジェクトの重要性についての説得力がありません。

 理想としては管理者の承認を得てから行うべきなのですが,効果的なプレゼンテーションができるように,先に狭い範囲での調査・分析を行ってみることにしました。調査の結果,オピオイド投与中の入院患者4人のうち2人はNSAIDsが投与されていないことがわかりました。そして,その投与されていない2人は,オピオイド投与の開始時に嘔気を訴えていたことがわかりました。

 このデータを基に外科部長にプレゼンテーションを行ったところ,プロジェクト実施に対して快諾を得ました。

<臨床的アドバイスをくれる専門家>

 緩和ケア部長,緩和ケア認定看護師にお願いし,疼痛コントロールについてアドバイスをもらえるようにしました。可能であれば,自分でもガイドラインやWHOの三段階除痛ラダーの根拠となっている論文にあたり,現場の医療従事者の間で介入に疑問が生じた場合に答えられるようにしておくと,より介入が広まりやすくなると考えられます。

<現場の責任者>

 看護師長,副看護師長,緩和ケア認定看護師をチームに入れ,施策が実行されているかどうか管理してもらうことにしました。このプロジェクトについて副看護師長とも話をしたところ,緩和ケア認定看護師だけでなく,他の病棟看護師たちも同じように問題を感じていることがわかり,このプロジェクトの必要性をあらためて確認できました。


1)IHI. How to Improve.
2)Langley J, et al. The Improvement Guide : A Practical Approach to Enhancing Organizational Performance. 2nd ed. Jossey-Bass ; 2009.
3)IHI Open School. Improvement Capability QI 102 : The Model for Improvement : Your Engine for Change. Lesson 1 : An Overview of the Model for Improvement.

松戸市立病院救命救急センター医長

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