医学界新聞

連載

2014.12.15


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第120回〉
感心した話

井部俊子
聖路加国際大学学長


前回よりつづく

 ヘェー,こんな本の作り方もあるんだと感心しながら読んでいる面白い本があります(『丁先生,漢方って,おもしろいです。』朝日新聞出版,2014年)。生徒が先生にいろいろ質問して,先生がそれはこういうことですと答える。そういう構成になっている本です。生徒は,南伸坊さん,先生は,丁宗鐡(てい・むねてつ)さんです。丁先生は南さんの実際の主治医だそうです。丁先生は日本東洋医学会漢方専門医・指導医であり,現在,日本薬科大学学長です。お二人とも1947年生まれです。この面白い本を作ったのは編集者の矢坂美紀子さんです。矢坂さんは私のちょっとした知り合いです。

 生徒の南伸坊さんと先生の丁宗鐡さんが出会ったのは7年前,南さんは当時「肺がん」の疑いありとされて大きな病院で治療を受けていました。南さんは「治療というより,正確には検査,検査,検査でしたね」と言っています。CTで肺にカゲが見つかったので十中八九はがんだけれども,がんでない可能性もある。「手術すればハッキリしますから切りましょう」と言われた南さんは,手術を断って,その後も検査だけを継続していました。その後,南さんは丁先生にセカンドオピニオンとしてかかるようになったわけです。

 南さんは,手術も放射線治療も抗がん剤もやらないで,自己の免疫力で治ってやれ,ストレスのない生活を送って副交感神経を優位にしてとか,けっこう「マジ」に患者生活を送っていました。それで「シリアス」な顔をしていたそうです。病人というのは,自分の病気にはものすごく興味があるので,「病気本をみつけてきちゃあ,ぐんぐんどしどし読んで」いました。月1回の診療日にはそうやって取り入れたニワカ知識でもって,専門家の先生に対して,さまざまな「主張」を述べたわけです。すると先生はニコニコ素人の主張を聞いてくれて,それだけでなく,火に油を注ぐような初耳の情報を次々吹き込んでくる。しかもその話は意外な話ばっかりなのでした。

 今回は,その意外な話の中からよりすぐって,私がほほーっと感心した医療制度関連情報を短報したいと思います。

漢方薬の「上品」と「下品」

 日本の医療というのは,例えば,ただの健康不安の虚証(漢方で,病因と闘う生体反応が弱々しい状態)の人と,がんを抱えた人が同じラインで待っている。みんな辛抱強く待たされている。しかし,台湾に行くと違うというのです。クリニックによっては診療室のドアが二つあって,実証(漢方で,病因と闘う生体反応が旺盛な状態)の人や急いでいる人は「特急券」を買います。特急券を買うと,虚証の人は待たせて,片方のドアから特急券を持っている人が入っていく。「診る医者は同じですから医療は公平です。入ってくるドアが違うだけです」というのです。

 この話も感心しました。

 外国の多くではインフルエンザのワクチン接種は病院では行わず,薬局で薬剤師が接種するというのです。「考えてみれば,インフルエンザの患者も来る病院で健康な人が予防接種を受けること自体,非常にナンセンスです。日本では,薬局でワクチン接種をすることは禁止されていますが,本来はまっ先に改善されるべきことの一つ」と丁先生は話しています。そもそも,「風邪は体を温めて安静にして休息をとり,卵酒やネギやニンニクを焼いたものや,大根をおろして食べるなどの民間療法や,最近はやっている生姜紅茶などでも十分に治ります。ごく軽いうちに対応すれば心配はないのです。風邪の患者までが大挙して病院に殺到することにより,日本の国民医療費は膨張し,医療スタッフは疲弊し続けています」というのです(そうですね)。

 この話にも感心しました。

 漢方では,薬は一つの定義では収まらず,大まかに上品,中品,下品の三種類に分類されます(上品はジョウホンと読みます)。この分類が漢方薬の開発理論の基礎であると丁先生は言います。ちなみに西洋医学における薬の分類は,心臓に効く薬,胃腸に効く薬,血圧を下げる薬など薬理作用によって分類される作用別分類です。一方の漢方では,分類で一番大事になるのが「副作用があるかないか」だということです。病気を治す力が強い薬は副作用のある薬で,漢方では薬としてはレベルが一番低い下品に分類されます。一番良い薬「上品」な薬とは,作用が弱くても,長時間飲んでいて副作用が起こらない薬です。つまり,「上品は命を養う」,「中品は新陳代謝を高める」,「下品は病気を治す」。西洋医学の薬のほとんどは下品に分類されるのです(下ネタをいかに上品に語るかに腐心している私にも参考になりました)。

 漢方では診療をするときに特別な検査をするのではなく,五感を駆使して患者に接し,患者の不調や悩みを聞き出して,食事や生活習慣にまで立ち入って,患者の目で回復力を引き出そうと努めるのです。治療の手段もマイルドな効き目のものですが,「人間と人間とのふれあい」を尊ぶのです,と丁先生は結んでいます(漢方と看護は土台は同じですね)。

つづく

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