クリーブランド・クリニックの実践(井部俊子)
連載
2014.11.17
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学学長 |
(前回よりつづく)
先日,ある会合で某大学病院の副院長がマイクの前で,ウチの診療科は論文数が院内で最も多く優秀だと力説していた。医療の評価のひとつに研究論文の数が挙げられるのかもしれないが,本稿では患者体験,つまり顧客満足を高めることに成功した「クリーブランド・クリニックの実践」を取り上げたい。この論文は“Health Care’s service Fanatics”として2013年5月にHarvard Business Review誌に発表され,2014年11月にDiamondハーバード・ビジネス・レビュー誌に紹介された14頁の記事である(日本語タイトル「一流の医療は技術もサービスも満足させる」)。著者は,ジェームズI・メルリーノ(クリーブランド・クリニック外科医)とアナンス・ラーマン(ハーバード・ビジネス・スクール教授)となっている。
組織全体で問題認識を共有し,患者ニーズを理解する
クリーブランド・クリニックは長い間,高度な医療レベルを保ちつつ,コストを抑制している点で高い評価を得てきた。しかし2009年,CEOのコスグローブは自院の実績を他と比較したところ,入院患者が自院での体験をよく思っていないと認識し,何か手を打つ必要があると考えた。変革に際して,患者体験の改善を戦略的優先事項とし,屈指の直腸外科医であるメルリーノに改革の指揮を任せることにした。
メルリーノは,課題を体系的かつ継続的に示すことで,患者の不満が重大な問題であることをクリニックの全従業員に――重要なのは治療結果だけだと考えてきた医師も含めて――自覚させた。クリニックは,アンケート調査や観察,患者からのヒアリングを通して患者のニーズを深く理解し始めた。組織が継続的な改善に取り組めるよう,メルリーノには専任スタッフと十分な予算が与えられ,意識改革,プロセスの構築と実施,評価指標の設定,成果のモニタリングが進められた。業務を進めやすいようにと,コスグローブは「患者体験室」を設定してメルリーノに任せることにした。
メルリーノ率いる患者体験室が最初に着手したプロジェクトの一つは,CMS(メディケア・メディケイド・サービス・センター)の調査結果の詳細について,クリニック内に広く公表することだった。スタッフはこのスコアにショックを受け,この問題が重要であると認識した。しかし同時に,スコアを上げるために個々人で何ができるのかがわからず困惑も広がった。メルリーノは進展の度合いを測る指標として「病院利用者による医療機関および医療システムの評価」(HCAHPS)を利用することを決めた。
病院側は,実際に患者が一連の医療の流れでどんな体験をしているのかをほとんど理解していない。そこで,メルリーノは二つの調査を実施した。一つ目の調査はCMSの電話調査に回答したことのある元患者から無作為に選ばれ,調査員が対象者を追跡調査した。二つ目は,CMS調査において病院内で最低のスコアを出した分野の一つである看護部門を対象に,調査員が患者とスタッフのやり取りを観察し,そこで起こった事柄について両者に質問した。
この二つの調査によってさまざまなことがわかった。患者は,世話をしてくれる人が自分たちの気持ちを本当に理解しているという確認を欲しがっており,もっとコミュニケーションを密にしたいと望んでいた。患者は一面をとらえて全体的な評価を決めてしまいがちであることもわかった。例えば,病室が汚れていると,病院のケアの水準が低い証拠だと見なしてしまう。注目に値する発見として,医師や看護師の表情や振る舞いが重要であり,ケア提供者が生き生きしていると患者は満足する傾向にあった。また,一人の患者が通常接するスタッフの数を調べたところ,5日間の入院で,8人の医師と60人の看護師のほか,患者本人が把握しきれなかった大勢の人々(採血者,環境整備係,運搬業者,食事係,病棟スタッフ)がかかわっていたことがわかった。入院していた120時間のうち,医師と過ごした時間はごくわずかであった。このことからメルリーノは,スタッフ全員がケア提供者であり,医師中心の関係をケア提供者中心の関係に変えていく必要があると認識した。
スタッフ全員がケア提供者
病院内の全員がこれに応じた考え方や行動ができるよう,メルリーノは4万3000人のスタッフ全員を半日講習に参加させ,患者第一主義とクリニックのケアを世界トップクラスにするために何ができるかを話し合うこととした。プログラムは2010年の後半から始まり,全員が受講し終えるまで丸一年かかった。免除してほしいと願い出た医師もいたが,全て却下された。プログラムの効果は絶大だった。医師以外のスタッフは,医師と同じテーブルに座り,自分も同じケア提供者としてどうあるべきかを議論する体験に驚いていた。参加者たちは,必ずしも十分なケア環境を提供できない場合があることに対する葛藤を分かち合った。懐疑的であった医師でさえ,プログラムは実施するだけの価値があったと痛感したのである。
変革を継続し,新たな仕事のやり方を定義させるために,クリニックではさまざまな取り組みが採用された。看護師は1時間ごとの巡回において次の5つの質問をすることが求められた。「何か必要なものはないか」「どこか痛みはないか」「体の向きを変えてほしいか」「近くに持ってきてほしい身の回り品はないか」「トイレに行かなくてよいか」。このプロジェクトの結果,CMS調査の看護関連分野で上位10%にランクインした。
「真に患者中心の組織を運営することは『施策』ではなく当然の習慣として根づくべきものである。患者にとっての最善を尽くすとは,たえず何ができるか分析し,その具体的方法を考え出すことを意味する。これから先もやるべきことは常にあるのだ」とメルリーノは結んでいる。
(つづく)
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