「酔いが覚めてもダメか……」(山中克郎,田口瑞希)
連載
2014.05.12
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第5回……「酔いが覚めてもダメか……」
山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
田口 瑞希(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆
【症例】
26歳,男性,特に既往のない健康な大学生。意識障害と脱力を主訴に救急搬送された。救急隊の報告では,昨夜は大学のコンパがあり大量の飲酒をしたようだ。泥酔状態だったが本人だけで明け方に大学の寮に帰宅した模様。昼になっても起きてこないため友人が心配して訪室した。ベッドに横たわったまま失禁しており,起き上がることができない患者を発見して救急要請した。
初療医は,急性アルコール中毒を疑いつつも,スクリーニングとして簡易血糖測定,採血検査,頭部CT検査を施行。血糖値85mg/dL,アルコール血中濃度112mg/dL。それ以外の採血データに明らかな異常値なし。腕落下試験では両側とも落下。バビンスキー徴候は両側共に出なかった。頭部CTも異常なし。アルコール中毒と考え,点滴をしながら経過観察する方針となった。
数時間後,意識レベルは徐々に改善。トイレへ行きたいという訴えがあったため自力歩行を促したが,「手足に力が入らない」と,起き上がることができなかった。初療医は慌てて神経学的所見をしっかり取り直すことにした……。
[既往歴]半年ほど前に急性アルコール中毒で数日の入院歴あり
[内服薬]なし
[生活歴]たばこ:15本/日×2年,酒:機会飲酒のみ
[来院時バイタルサイン]体温36.8℃,血圧117/72 mmHg,心拍数78回/分,呼吸数12回/分
[来院時意識レベル]JCSII-10(呼びかけで容易に開眼し,会話も可能だが,ろれつが若干回っていない),アルコール臭(+),失禁(+),前額部に打撲痕あり
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
前半までは,救急室でよく見かける光景だ。既往もなく,健康な大学生。前日に大量の飲酒をしており,来院時もアルコール臭が強い。誰もが急性アルコール中毒を疑いたくなる症例だろう。しかし,Tintinalli’s Emergency MedicineのAlcoholの項には以下のように記されている。“A depressed mental status that fails to improve or any deterioration should be considered secondary to other causes and evaluated aggressively(改善しない,あるいは増悪する意識障害は,アルコール中毒が疑われていても,二次的もしくは他の原因もあると考え,積極的に評価するべきである)”と。見慣れたアルコール患者だからこそ疑ってかかる姿勢を持たねばならない。
本症例では「手足に力が入らない」という部分に着目したい。ここで「四肢脱力」をキーワードに表1の疾患を想起する必要がある。症例のエピソードを踏まえても,一番頻度が高そうな原因はやはり(3)の急性アルコール中毒だろう。ただ,この患者の状態を急性アルコール中毒と考えるには,違和感を持つのではないだろうか。意識レベルはそれほど悪くないのに(「呼びかけで容易に開眼し,会話も可能」),腕落下試験で両側とも落下――ここに違和感を覚えるのである。アルコール血中濃度112 mg/dLで一般的にみられる症状と患者の状態が一致するか,その点は確認したい。アルコール血中濃度と臨床症状の相関は表2のとおりだ(アルコール血中濃度の測定ができない施設を想定し,アルコール濃度を予測できる計算式も示した)。この表からも明らかなように,急性アルコール中毒では説明がつかないとわかるだろう。
表1 「四肢脱力」から導くべき鑑別診断リスト | |
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表2 アルコール血中濃度と臨床症状の相関表 |
<アルコール血中濃度(推定)の計算法>
●アルコール血中濃度=浸透圧GAP*×4.6 *浸透圧GAP=実測浸透圧-浸透圧計算値** **浸透圧計算値=2×Na+Glucose/18+BUN(mg/dL)/2.8 上記の表はあくまで目安。慢性アルコール中毒患者の場合,血中濃度が高くても症状が出ない 場合もある。臨床医マニュアル(第4版).医歯薬出版.2008:p204「急性中毒」を参考に作成. |
最終診断と+αの学び
初療医があらためて神経学的所見を取り直すと,脳神経系は正常。徒手筋力テストは上肢の三角筋・上腕二頭筋・上腕三頭筋は2/5。下肢の腸腰筋・大腿四頭筋・前脛骨筋は2/5。筋トーヌスは四肢ともに著明に低下。両側の上腕二頭筋・膝蓋腱反射は消失。温痛覚は正常であった。初療医は温痛覚の低下がないことにも違和感を覚えつつ,前額部に打撲痕があることから頸髄損傷を疑い,頸椎MRIを施行。しかし,頸椎MRIでは特に異常所見を認めなかった。
MRI施行後,患者は意識清明になっており,再度詳細に問診をすると,「半年前にも大量飲酒をした翌日に救急車で他院に搬送された」ことが聴取できた。その際にもやはり四肢には力が入らず,数日間入院。脱力は徐々に改善し退院でき,前医からは「アルコールが抜けにくい体質なんだね」と言われたとのこと。また,ここ数か月,動悸を感じることが多く,体重が5 kgほど減ったという。この話を聞いた初療医は,ここで“ある疾患”を想起して採血を追加。その結果,TSH 0.22μIU/mL(基準値0.5-5.0),FT4 26 ng/dL(基準値0.9-1.6)であった。この結果から,最終診断へと結びついた。
[最終診断]周期性四肢麻痺(甲状腺機能亢進症に伴う二次性周期性四肢麻痺)
◆初療での診断が難しい周期性四肢麻痺
周期性四肢麻痺は,四肢の筋力の非周期性に生ずる発作性,間欠性の弛緩性麻痺(脱力)を主症状とする症候群だ。代表的なイオンチャネル病のひとつで,原発性(家族性)のものと続発性(症候性)のものに大別される。男性に多く,本邦では甲状腺機能亢進症に合併する症例が多い。発作時の血清カリウム値によって,正カリウム性・高カリウム性・低カリウム性に分類されるが,最も頻度が高いのが低カリウム性だ。
低カリウム性周期性四肢麻痺は,安静時の後に生じることが多く,夜間や朝方目覚めるときに起こりやすい。麻痺の程度もさまざまで,上肢より下肢に生じやすく,下肢のわずかな麻痺から四肢体幹全体の麻痺を示すものまで幅広い。前日に炭水化物の大量摂取や激しい運動をし,翌朝に動けなくなって救急搬送されるケースが多い。何度か同じエピソードがあれば容易に診断に至れるが,初回だと診断は難しい。また,発作時に血清カリウム値が低下していることは多いものの,正常または上昇していることもあり,それだけでは判断できない。前日に誘因となるエピソード(過食・飲酒・激しい運動など)があり,意識が清明で脳神経系の異常がないにもかかわらず,四肢脱力がみられる場合には疑いたい。
今回,初療時は酩酊状態で意識障害を伴っていたため,そうした情報を聴取できず,診断が困難になってしまった例と言える。
Take Home Message
・急性アルコール中毒の診断は慎重に
・酩酊状態は問診・身体所見もとりづらいが,経時的に何度も試みる
◆参考文献/URL
1)Tintinalli’s Emergency Medicine(7th edition). McGraw-Hill Professional;2010.
⇒救急室で遭遇しうるあらゆる病態について詳しく書かれている。救急医必携の一冊。
2)Magsino CH Jr, et al.Thyrotoxic Periodic Paralysis. South Med J. 2000;93(10):996-1003.
⇒甲状腺機能亢進症に伴う二次性周期性四肢麻痺についてまとめられている。
(つづく)
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