「後医は名医」とは限らない(山中克郎,安藤大樹)
連載
2014.04.07
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第4回……「後医は名医」とは限らない
山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
安藤 大樹(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆
【症例】
44歳,男性。3か月前に左大腿部の「ジンジンする感じ」が出現。その後,前頭部-両上肢-臀部に広がっていったため,いくつかの病院で精査されるも原因不明。慢性疼痛障害に対してスルピリド(ドグマチール®),プレガバリン(リリカ®),トラマドール/アセトアミノフェン(トラムセット®)を処方されるも効果なし。投薬によりふらつきが強くなったこともあり,当院内科初診外来を受診した。
初診時,表情はやや乏しく抑うつ様。以前は朝方の倦怠感が強かったが,最近は夕方に強くなっており,気持ちの落ち込みも強く,「以前,うつ病と診断されたときに戻ってしまった」と言われる。夜間の睡眠の質は悪く,内服で短時間寝る程度だという。
[既往歴]うつ病(2年前に診断,環境の変化から発症,心療内科通院中),片頭痛(2年前より)
[内服薬]セルトラリン(ジェイゾロフト®)50mg/1×N 夕,ゾピクロン(アモバン®)5mg/1×眠前,ゾルミトリプタン(ゾーミッグ®)2.5mg/頓服/頭痛時
[生活歴]たばこ:15本/日×20年,酒:機会飲酒のみ
[来院時バイタルサイン]体温36.2℃,血圧124/72 mmHg,心拍数68回/分,呼吸18回/分
[その他]表情に乏しい,眼瞼結膜蒼白なし,眼球結膜黄染なし,口腔内白苔付着なし,甲状腺腫大なし,頸部リンパ節腫脹なし,心雑音なし,下肢浮腫なし,頸部・腋窩・鼠径リンパ節触知せず,有意な皮疹なし,脳神経所見に異常なし,しびれの訴えはデルマトームと一致せず,膀胱直腸障害なし
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
既往にうつ病をもつ患者の「とらえどころのない訴え」は,臨床医を大いに悩ませる。こうした愁訴の患者は,概して経過は長く,いくつかの医療機関をすでに受診していることが多い。当然,患者の訴える情報量は多く,話は長くなり,医療者側の集中力は落ちる。患者からいろいろなキーワードが投げ掛けられているはずだが,最終的に「うつ病だから……」と楽な診断に逃げ込んでしまう――。もちろんダメな姿勢なのだが,多忙な外来では大なり小なりこういった診療が行われがちである。
しかし,たとえ最終的に身体化(器官に明確な病理所見を欠いた状態で身体的不調を表現すること)と疑われても,常に「何か身体的な異常があるのではないか」とアンテナを張り続けなければならない1)。
本症例のように「漠然とした愁訴」の患者に出会った場合,表1に示す疾患を想起し,それらを否定していくことをお勧めする。その場合,open-questionによって検査前確率が上がった疾患に対し,キーワードとなる言葉を引き出すためにclosed-questionの問診を重ねる方法が有効だ。また,スクリーニング検査としては,表2に挙げた項目の確認が有効である。
表1 「漠然とした愁訴」から導くべき鑑別診断リスト | |
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表2 「漠然とした愁訴」のスクリーニングとして追加推奨項目 | |
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本症例ではスクリーニング検査を行った結果,特に異常は見られず,「うつ病を背景とした慢性疼痛障害/神経障害性疼痛」と診断した。前医はうつ病に対し,SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)であるセルトラリン(ジェイゾロフト®)を処方していたが,慢性疼痛へのエビデンスレベルの高いSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitors)であるデュロキセチン(サインバルタ®)に変更し,気虚証を伴っていたため十全大補湯も併用することとした。
投薬開始当初は治療への反応も乏しかったが,2か月を過ぎたころから徐々に症状改善。デュロキセチンを徐々に増量し,しびれは4/10程度まで改善した。気持ちの落ち込みも改善していたため,そのまま経過を観察。
初診日から9か月経った外来時,「テレビで眼瞼下垂の手術についてやっていたので,自分もしてもらいました」というコメントがあった。確かに目がぱっちりとし,以前に認められた無欲様顔貌が改善した印象を受けた。
10か月の時点には「携帯電話の音が鳴るとビックリする」という発言が聞かれた。また,男性更年期も併発していると自己判断し,近医泌尿器科を受診したとのこと。テストステロンが正常下限であり,テストステロン補充療法を施行された結果,「症状がさらに楽になった感じがします」と話してくれた。初診から一年間の通院後,当院は終診となった。
最終診断と+αの学び
初診日から1年8か月経ったころ,「疲れがとれない」という主訴で当院初診外来を再受診。その際,他の医師が診察を行った。その診察医はカルテに記載された情報から“ある疾患”を疑い,神経内科に依頼した。
神経内科医は「眼瞼下垂の発生はここ数年で,以前はなかった」「夕方から息苦しい感じがする」といったコメントを聴取。眼瞼下垂手術後のために,テンシロンテストによる眼瞼下垂の観察はできなかった。抗アセチルコリン受容体抗体も陰性。しかし,誘発筋電図で漸減現象(waning)を確認。胸部CT検査結果から胸腺腫は確認できなかったが,症状と筋電図所見から成人第II型(全身型)重症筋無力症と診断された。
[最終診断]成人第II型(全身型)重症筋無力症
◆疑わなければ浮かばない重症筋無力症
骨格筋線維側(後シナプス膜)の異常である重症筋無力症(MG;myasthenia gravis)は,本邦では有病率約11.8人/10万人と,神経疾患としては比較的よくみる疾患だ。血液中の神経伝達物質アセチルコリン(ACh)受容体への抗体陽性のもの(AChR-MG),筋特異性チロシンキナーゼ(MuSK)受容体への抗体陽性のもの(MuSK-MG),神経伝達物質アグリン受容体であるLrp4への抗体陽性のもの(Lrp4-MG)の3つの病因が明らかにされており,AChR-MGが約85%と圧倒的に多い2)。
一般的に,外眼筋障害(眼瞼下垂,眼球運動障害,複視),球麻痺(発声・嚥下・咀嚼障害),四肢脱力等が症状として挙げられるが3),「大笑いできない」「光でクラクラする」「息が途中までしか吸えない感じがする」といった抽象的な訴えであったり,症状の出現時期や程度にバラつきがあったりするため,今回の症例のように心身症と誤診されることも多い。また,本症例で携帯電話の音に敏感になっていたように,音に対する制御機構を司る耳小骨筋(鼓膜張筋・アブミ骨筋)が弛緩するために,音伝導が増幅することもある。さらに,胸腺異常(過形成,胸腺腫)以外に,Basedow病,橋本病,全身性エリテマトーデス,関節リウマチ,皮膚筋炎,視束脊髄炎,赤芽球癆,天疱瘡等の自己免疫疾患の合併も起こり得ると知られている。このように複雑な側面を併せ持つことから,MGは初診から確定診断までに平均22か月,3.17施設を要するという報告もある4)。
今回,冒頭に述べた「ダメな診療」の典型となった例を取り上げた。振り返ると,患者は実に多くのキーワードを投げかけていると気付く。「後医」だった筆者としては,それらのキーワードを冷静にキャッチしていくべきところを,「うつ病だから……」と楽な診断に逃げ込んでしまった。本疾患も念頭に置き,鑑別診断へとグッと踏み込むために「休養で軽快し,身体的・精神的ストレスで悪化する症状の変動」を確認する必要があったのだろう5)。
Take Home Message
あなたの見抜けなかったキーワードも,後医が気付くかもしれない。ゴールテープ(診断)を切るアンカーになれなくても,次につながる情報を得られるような診察を心掛けよう。
◆参考文献/URL
1)伴信太郎.精神疾患と誤診してはならない器質的疾患.JIM.2011;21(2):83.
⇒編者の書かれた序文は,われわれ臨床医にとって忘れてはいけない心意気が記されている。
2)佐橋功.筋無力症――重症筋無力症,Lambert-Eaton症候群.大生定義編.すべての内科医が知っておきたい神経疾患の診かた,考え方とその対応.羊土社;2013.192-7.
⇒必読。「神経内科は難しい」と思い込んでいる人にこそ読んでもらいたい一冊。
3)Grob D, et al. Lifetime course of myasthenia gravis. Muscle Nerve. 2008;37(2):141-9.
⇒米国の成人1976人の重症筋無力症患者に対するレトロスペクティブな研究。
4)倉重眞澄,他.重症筋無力症における病悩期間の臨床的検討――初診から確診の期間について.日呼外会誌.1999;13(2):114-21.
5)MG-QOL15スケール.
⇒Muscle and Nerve誌に掲載された重症筋無力症の英語版スクリーニング質問法(日本版もあるが,アクセスするには会員登録が必要)。
(つづく)
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