医学界新聞

連載

2011.11.28

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第211回

共和党大統領候補たちの医療政策(4)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2953号よりつづく

前回までのあらすじ:オバマへの支持率が低下するなか,共和党は「医療制度改革法廃止」を選挙公約にするとともに,同法に対する違憲訴訟を起こし,政治と司法の両面から攻撃を加えている。


 2011年10月末の時点で共和党大統領候補として名乗りを上げている政治家の中に前職・現職の州知事が何人か含まれているが,今回は,その中から3人の前・現知事に的を絞って,彼らの医療政策を概観する。

これまでの医療政策と公約の「ねじれ」

 3人の中で,オバマの医療制度改革との関連が最も密接なのが,これまで何度も述べてきたように,前マサチューセッツ州知事のミット・ロムニーである。ロムニーが知事だった2006年に同州で実現した医療制度改革は,(1)保険加入義務化,(2)州による保険購入あっせん(「保険交換所」設置),(3)低所得者に対する財政支援,の三本柱を基本とし,今回のオバマ改革のプロトタイプ(ひな形)となったからである。

 同州「医療財政政策局」によると,ロムニーの改革が実現された後,同州における無保険者率は,改革前(2004年)の7.4%から改革5年目(2010年)の1.9%へと激減した。しかし,ロムニーは,自分が主導した改革が無保険者を減らすことに絶大な効果を上げたというのに,「マサチューセッツ州でよかったことが全米レベルではよいとは限らない」という苦しい論法を使って,自分の改革をまねたオバマの医療制度改革を取り消すことを公約している。共和党支持者のオバマに対する反感・拒否感は極めて強く,「オバマがしたことはすべて間違いだから取り消さなければならない」とする風潮におもねらざるを得ないからである。大統領選は現在,党の候補者を一本化する予備選の段階。党支持者の票を得て正式に大統領候補になろうと思ったら,オバマの政策を「全否定」しなければならないのである。

 医療制度改革に対するスタンスが「ねじれている」のは,前ユタ州知事のジョン・ハンツマンも変わらない。というのも,ハンツマンは,知事時代に,マサチューセッツと同様の改革をユタ州に導入しようとした前歴があるからである。しかし,共和党が多数を占める州議会の抵抗にあい,「保険加入義務化」を断念せざるを得なかっただけでなく,「保険交換所」も州民全体ではなく中小企業だけと対象が限定されたため,同州における無保険者率はほとんど変化しなかった。しかし,「自分がめざした改革が実現しなかったのは不幸中の幸い」とばかりに,ハンツマンは,今回の予備選に際し「自分は保険加入義務化を支持したことは一度もなかった」と強弁,最有力候補とされるロムニーとの違いを際だたせている。

共和党の医療政策を忠実に実施したテキサス州の現状

 一方,ロムニーやハンツマンと違い,公約している医療政策と,自分が実施してきた(あるいは実現をめざした)政策との間に,一切「ねじれ」が存在しないのが,現テキサス州知事のリック・ペリーである。共和党が党としてめざす医療政策を忠実に実施し続けてきた(つまり,無保険者を減らすための有効な施策は何も実現してこなかった)だけに,何も言い訳を用意する必要なく,「オバマの改革を取り消す」と胸を張って主張することができるのである。

 例えば,共和党は,「医療費が増えているのは,医療訴訟の賠償金が高く,医師が防衛医療に走るから」として,医療訴訟の賠償金に上限を設定することを長年主張してきたが,ペリーは,2003年,テキサス州における医療訴訟賠償額を最高25万ドルに制限することに成功した(ただし,経済的実害に対する賠償はこの制限外)。しかし,消費者団体「パブリック・シティズンズ」によると,2003年から2007年の間に,テキサス州における高齢者用公的保険(メディケア)の支出額が42.8%増加したのに対し,同時期の全米平均は30.7%増。さらに,2003年から2010年の間に同州の民間保険・保険料の上昇率が51.7%であったのに対して全米平均は50%と,賠償額に上限を設定したことによる医療費抑制効果は一切認められなかった。

 また,「小さな政府」を何よりも重視する共和党にとって,低所得者用公的医療保険(メディケイド)の財政負担を減らすことは,最大の政治目標の一つである。現在,同党は,メディケイドについて「10年で1兆ドル」規模の支出削減を断行することを提案しているが,ペリーが知事を務めるテキサス州で,もっと過激に,「メディケイドからの全面撤退」が検討されたことは,本連載第192回でも紹介した通りである。

 さて,では,共和党が主張する医療政策を忠実に実施してきたテキサス州の医療がどうなっているかだが,現在,同州の無保険者率は26.9%で「全米最高」を誇っている(ちなみに,全米最低がマサチューセッツ州であるのは言うまでもない)。

共和党勝利なら米国医療は「テキサス化」か

 以上,共和党大統領候補の前・現知事が実施してきた医療政策を,オバマの医療制度改革との関連で概観したが,現在のマサチューセッツ州の状況はオバマの医療制度改革を完全実施した後の姿,ユタ州は同改革を中途半端に実施した後の姿,そして,テキサス州は取り消した後の姿を代表していると考えてよいだろう。

 例数は少ないとはいえ,利用可能な「エビデンス」は,「2012年の選挙で共和党が勝利し,オバマの医療制度改革取り消しが断行された暁には,米国医療が全面的に『テキサス化』する運命が待っている」ことを示しているのである。

(この項おわり)

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook