医学界新聞

連載

2011.12.19

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第212回

前立腺癌スクリーニングをめぐる論争

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2955号よりつづく

前回までのあらすじ:オバマへの支持率が低下するなか,共和党は「医療制度改革法廃止」を選挙公約にするとともに,同法に対する違憲訴訟を起こし,政治と司法の両面から攻撃を加えている。


 以前,本コラムで,2009年に乳癌検診をめぐって大論争が起こった事件を紹介した(第2867, 2869, 2871号)。いま,米国では,類似の論争が前立腺癌検診をめぐって起こっているので説明しよう。

PSAによる前立腺癌スクリーニングの中止を勧告

 2年前の論争のきっかけは,合衆国予防医療タスクフォース(USPSTF)が,マンモグラフィの開始年齢引き上げと回数減を勧告したことがきっかけだった。勧告が発表されるや否や,「国民に乳癌で死ねというのか!」と,患者団体等が猛反発,政治をも巻き込む大論争へと発展した。今回の前立腺癌検診論争のきっかけも,USPSTFが,今年10月に「健康男性に対して,PSA(前立腺特異抗原)による前立腺癌スクリーニングを行うべきでない」と勧告したことがきっかけだった。

 PSAが発見されたのは1970年。その後,1991年に,直腸指診や経直腸超音波検査よりも鋭敏に前立腺癌を検出し得ることを示す論文がニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌(324巻1156-61頁)に発表され,94年には前立腺癌検査法としてFDA(食品医薬局)に認可された。いまや,50歳以上の米国男性4400万人中,毎年少なくとも3000万人がPSA検査を受けると言われ,検査自体の莫大なコストはもとより,PSAが高値となった人に実施される検査・治療も合わせると,非常に巨大な「前立腺癌マーケット」が形成されるに至っている。

 USPSTFがPSAによる前立腺癌スクリーニングに対してネガティブな内容の勧告をしたのは今回が初めてではない。すでに,2008年の段階で,「75歳以上についてはスクリーニングに使うべきでない。75歳未満については証拠が不十分なので利益と害とを比較し得ない」と勧告,その有用性に疑義を呈していたのである。実は,USPSTFが「年齢を問わず,スクリーニングに使用すべきでない」とする今回の「強い」結論に到達したのは2009年だったとされている。しかし,乳癌スクリーニングに対する勧告が猛反発を招いた直後だったため,意図的に発表を控えたのだった。さらに,2010年にも発表が見送られたのだが,その理由は,乳癌論争のときのように政治を巻き込んだ論争に発展した場合,中間選挙の結果次第で予算を切られ,US...

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