医学界新聞

連載

2011.10.24

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第7回】
組織ルーティンを超える行動化(3)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 前回,「組織ルーティンを超える行動化」の促進要素として,「組織ルーティンへの疑問や葛藤の再意識化」と「裁量時間の確保」を紹介した。裁量時間の確保には,「組織ルーティンの学習」によるタスク遂行力の獲得が不可欠であったが,フィールドワークで出会った看護師たちは,ほかにもさまざまな方法を用いていたので,紹介したい。

◆裁量時間の確保(つづき)

あらかじめ手を打つこと

 起こり得ることを予想し,あらかじめ手を打つことで問題の発生を予防することも,裁量時間の確保につながっていた。ある病棟の看護師らは,X医師に何度も指示確認の電話をしたり,約束の時間に処置の準備をして待たされたりしていた。

 その中で看護師Iさんは,X医師に依頼したい指示書や静脈注射をまとめて準備しておき,X医師が病棟に来るとすぐにそのセットを渡した。そして,X医師が静脈注射をし,指示書を書いて帰ろうとしたのを見逃さず,その場で内容を確認して指示漏れや処方漏れを指摘し,さらに患者の今後の経過を予測して,疼痛時や吐き気時の臨時指示も出してもらった。Iさんは,患者に必要となるものも事前に予想し,準備していた。こうして他者に振り回されたり対応に追われることを回避して節約してつくった時間も,Iさんの裁量時間となっていた。

スケジューリングの主導権を持つ

 固有ルールを実現する時間を確保するために,数日単位で時間の配分を考えることも行われていた。

Jさん:今日はこの患者さんに集中的にかかわって,こっちの患者さんはさっと済ませて。明日は逆にしよう。

 また,「14時のお風呂を14時半にずらしてもらえるか,患者さんに交渉する」など,職員間だけでなく,患者とも交渉して効率的な時間割を組むことで,裁量時間を確保することもあった。

勤務時間外の実践と負担とのバランス

 これらの方法で,ある程度裁量時間を捻出できても,個別に割り当てられたタスクを終えた看護師は通常病棟の共有タスクを担うことが組織ルーティンとなっており,自分の固有ルールを実現するために使える時間は限られていた。そのため,残業してでも実践する覚悟が必要であった。最初は充実感が負担感を上回るが,継続して行うにはオンとオフのバランスをとる必要も出てくる。残業して固有ルールの実践を続けていたKさんは,自分がひどく疲労していることに気付き,区切りをつけて働くようにしたと語った。

周囲の看護師の力を使う

 周囲の力を使うと,組織ルーティンを超える実践の継続がより容易となった。忙しい時間帯でも患者を車椅子で散歩に連れ出すなど,日常的に組織ルーティンを超えた実践をしていたAさん(連載第5回,第2942号参照)は,病棟の共有タスクや自分に割り当てられたタスクの一部(受持ち患者の保清)を他の看護師に任せることを認容していた。

◆一歩踏み出す決意

 さて,組織ルーティンを超えた実践は,その病棟の看護師らに同調せず,病棟の安定した行動パターンを乱すことでもある。そのため,看護師には「組織ルーティンへの疑問や葛藤の再意識化」「裁量時間の確保」に加え,「一歩踏み出す決意」も必要であった。

受け入れられるという確信

 先ほどのAさんにも当てはまるが,一つの病棟に長く所属すると,組織ルーティンの習得により周囲から一人前として認められ,同僚や他職種とも親しくなり,次第に後輩も増える。そのため,組織ルーティンと異なる行動をしても自分は許される,受け入れられるという見通しを得ることができた。

 看護師Lさんは「先輩っていう立場になったから,今はやりたいことをやらせてもらえる」と笑って話した。また,「主任は悪いことは悪いって言ってくれるから安心」とも言う。的確なフィードバックにより,「受け入れられる範囲」を外れないという安心感も大切なのだろう。

調和を乱してでも遂行する決意

 「反感を買うかな」「ちょっと悪いな」など,周囲の看護師から好意的に受け止められないことを覚悟しながら実践をする場合もあった。患者の症状に不安を感じたら通常の報告ルートを逸脱してでも医師に訴えていたCさん(第5回参照)は,「憎まれ役になってもいいから,私は言ってしまう。患者さんを守るために」と話した。Cさんには,調和を乱してでも行動するのが使命だという信念があった。

 一方,直接ケアの多い病棟でゆっくり患者の話を聞くことを始めたBさん(第5回参照)は,周囲の看護師との調和を重視していなかったことが組織ルーティンと異なる実践を後押しした。

Bさん:自分は部外者だっていう意識があって,この病棟の一人の看護師なんだっていう感覚がないんですよね。溶け込んで周りに流されまいって,そういう気持ちでやってきたから。

周囲の協力を引き出す

 周囲の看護師を巻き込む力があれば,一人ではできない実践も可能になる。看護師Mさんは,皮膚トラブルのある患者について,その病棟では例外的ではあるが,毎日介助入浴するよう他の看護師に働きかけた。

変化を起こす役割の自覚と承認

 主任や副看護師長など何らかの役割に就いている場合は,組織ルーティンに変化を起こすことが自分の役割だと認識しており,周囲や上司もその役割を認めていることから,新しい病棟に異動した場合も比較的早期から組織ルーティンとは異なる行動を起こしていた。

転換プログラムが必要

 このように,「組織ルーティンを超える行動化」には,「組織ルーティンへの疑問や葛藤の再意識化」「裁量時間の確保」「一歩踏み出す決意」が重要であった。「裁量時間の確保」には「組織ルーティンの学習」が有効であり,また,「組織ルーティンの学習」を終えていると,周囲の看護師から一人前と認められ,一歩踏み出すことも容易になった。「組織ルーティンの学習」は,「組織ルーティンを超える行動化」の前提といえる。

 しかし,「組織ルーティンの学習」は,チームの一員になりたいという思いに動機付けられ,組織ルーティンへの疑問や葛藤を処理しながら進めるものであり,これらの「組織ルーティンの学習」の促進要素は,「組織ルーティンを超える行動化」の阻害要素となる。そのため,「組織ルーティンの学習」の終盤に,組織ルーティンへの疑問あるいは固有ルールを再意識化させるプログラム,また,チームの一員になることから患者アウトカムに関心を移し,チームとの調和を乱してでも行動する覚悟を持たせるプログラムが必要だと思われる。

Dreyfusモデルでは第3段階に後退?!

 状況把握と意思決定の方法の違いに着目して熟達を考えたDreyfusモデル1)では,「組織ルーティンを超える行動化」はどこに位置付けられるのだろうか。Dreyfusらは,第2段階(新人)までは教えられたルールや手順を適用するため行動の結果にあまり責任を感じないが,第3段階(一人前)になると,苦労して計画を選択するため結果に責任を感じ,よい結果が出ると満足感が大きく強く記憶されると述べている。また,「問題解決」は第3段階の思考プロセスだと指摘している。「組織ルーティンを超える行動化」では,意識的で合理的な問題解決思考による意思決定を行い,結果を確認して充実感と自信を得るなど,Dreyfusモデルの第3段階の特徴を示していた。

 一方,「組織ルーティンの学習」を終えたところで安定した看護師は,通常その病棟で起こることには,複雑なことでも半ば自動的に対処するなど,Dreyfusモデル第4段階(中堅)以上の特徴を示すことも確認された。状況把握と意思決定の自動化,迅速さという点では,「組織ルーティンを超える行動化」を始めた看護師より優位なのである。

 このことは,「組織ルーティンの学習」だけでも技能の遂行の速さと正確さが優れた「手際のよい熟達者」2)に到達できるが,その後,自律的な問題解決過程である「組織ルーティンを超える行動化」を経なければ,状況の変化に柔軟に対応して適切な解を導くことができる「適応的熟達者」2)に到達できないことを示唆しているのかもしれない。Dreyfusモデルで後退したとしても,「組織ルーティンを超える行動化」は,専門職的発達における大きな前進だといえる。

 次回は,第3の変化「組織ルーティンからの時折の離脱」を紹介したい。

つづく

文献
1)Dreyfus HL,ほか著.椋田直子訳.純粋人工知能批判――コンピュータは思考を獲得できるか.アスキー出版局;1987.
2)波多野誼余夫ほか.文化と認知.坂本昴編.基礎心理学講座第7巻 思考・知能・言語.東京大学出版会;1983.

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