医学界新聞

連載

2011.11.07

連載
臨床医学航海術

第70回

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は疾風怒濤の海。この大海原を安全に航海するためには卓越した航海術が必要となる。本連載では,この臨床医学航海術の土台となる「人間としての基礎的技能」を示すことにする。もっとも,これらの技能は,臨床医学に限らず人生という大海原の航海術なのかもしれないが……。


 前回は人間としての基礎的技能の第11番目である「IT力」について考えた。今回は引き続き,人間としての基礎的技能の最後となる第12番目の「心」について考える。

 人間には,物と違って「心」がある。当たり前のことだろう。しかし,われわれは,「人間には『心』がある」ことを本当に当たり前のものとしてとらえ,生活を送ることができているのだろうか?

 人間としての基礎的技能
(1)読解力-読む
(2)記述力-書く
(3)視覚認識力-みる
(4)聴覚理解力-きく
(5)言語発表力-話す,プレゼンテーション力
(6)英語力-外国語力
(7)論理的思考能力-考える
(8)芸術的感性-感じる
(9)気力と体力
(10)生活力
(11)IT力
(12)心

心の存在

 われわれは医師として毎日診療を行っている。診療では,患者の主訴を聞き,病歴をとり,身体診察をし,検査・診断を行い,治療をする。日々,このような診療行為を行っていると,ついつい患者を“診療対象”とだけ扱ってしまい,患者も人間であることを忘れてしまいがちだ。

 例えば,今,患者に採血や点滴を行うとする。患者の腕に針を刺そうと試みるが,残念ながら失敗してしまう。やり直してみるが再び失敗。こうなると,針を刺す場所を変えたり,実施者を変えたりと最終的に成功するまで続ける。最終的に成功すればよいのだが,挙句の果てには失敗で終わることだってある。

 針を刺す医師が患者の痛みを考え過ぎてしまうと,かえって針先を血管に貫通させられず,失敗することがある。だから針を刺す際には,患者の痛みをあまり考えてはいけない側面はある。しかし,かといってまったく無頓着でもいけない。いくら治療に必要なことだろうと,何度も針を刺されることにいらだちを感じる患者は少なくない。その間,何度も針刺しの苦痛に耐えなければならないのだ。針を刺すことにだけ集中してしまうと,患者にも「心」があることを忘れてしまう。

人の心

 人の「心」を理解するのは簡単なことだろうか? ここまで人の「心」と一つのものとして述べてきたが,「心」にも,「自分の心」と「他人の心」の2種類がある。

 われわれは「自分の心」を理解しているだろうか。自分のことなのだから当然だと考えるかもしれない。しかし,精神分析医ジグムント・フロイトが指摘するには,人間は意識よりも無意識に支配されており,実はわれわれの意識は,幼少期からの経験が作り上げてきた自分の無意識に影響を受けているという。つまり,われわれは「自分の心」すらも理解できていないことになるのだ。「自分の心」さえも理解できていないのだから,当然「他人の心」も理解できるはずはないだろう。

 では,「自分の心」と「他人の心」を理解するために,われわれは一体どうすればよいのだろうか? 最も効果的な方法は,心理学を学ぶことだと筆者は考えている。自然科学といった「物」の法則があるように,「心」にも法則があるは...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook