医学界新聞

連載

2011.10.10

連載
臨床医学航海術

第69回

IT力

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は疾風怒濤の海。この大海原を安全に航海するためには卓越した航海術が必要となる。本連載では,この臨床医学航海術の土台となる「人間としての基礎的技能」を示すことにする。もっとも,これらの技能は,臨床医学に限らず人生という大海原の航海術なのかもしれないが……。


 前回は人間としての基礎的技能の第10番目である「生活力」について考えた。今回は引き続き人間としての基礎的技能の第11番目を考える。当初,第11番目として「コンピューター力」を挙げ,コンピューターを使う能力についてのみ考察しようと思っていたが,コンピューターを含めたIT(Information Technology:情報技術)すべてについて考えるほうがよいのではないかと思うようになった。そこで,「IT力」と改題し,考えていくことにする。

 人間としての基礎的技能
(1)読解力-読む
(2)記述力-書く
(3)視覚認識力-みる
(4)聴覚理解力-きく
(5)言語発表力-話す,プレゼンテーション力
(6)英語力-外国語力
(7)論理的思考能力-考える
(8)芸術的感性-感じる
(9)気力と体力
(10)生活力
(11)IT力
(12)心

コンピューター

 近年,コンピューターは日常生活にまで浸透し,コンピューターがなくてはわれわれは生活ができないほどになった。もともと計算目的に開発されたコンピューターだが,現在では計算のみならず,情報の記憶,処理,そして通信にまで用いられている。

 医療現場では,電子カルテのほか,画像検査や採血などの生理学的検査の情報がコンピューターによって管理・処理されている。また,カンファレンスの場においても,昔のようなブルーフィルムのスライドではなく,「Power Point」で作成されたスライドが用いられるようになった。医療の世界でもコンピューターが日常的に使用されるようになっていると感じる。

 これだけ一般的にコンピューターが用いられるようになると,現代の基礎学力として挙げられるのは,「読み・書き・そろばん」ではなく,「読み・書き・コンピューター」と言っても過言ではない状況となったのではないだろうか。コンピューターを駆使する能力は非常に大切であり,学生時代から養うべきであろう。

 まず絶対にできなければならないのは,「ブラインドタッチ」。コンピューターとともに育った世代ならば,まさか昔の世代の人のようにキー入力を一本指ではしていないはずだが……。それから,次にできなければならないものとしては「お絵描き」。つまり,コンピューターを使って図表やグラフ,そしてイラストを描く能力だ。研修医になって真っ先にやらされることと言えば,カンファレンスでのスライド作りである。そのときにこれが苦手だと苦労する。使い方がわからなければ,「やれ!」と言った指導医に教えてもらえばよいと思うかもしれない。しかし,その当の本人がまったくできやしない……そんなことだって現実としてあるのだ。

インターネット

 コンピューターが持つワープロや図表計算,スライド作成といった機能以上に,われわれの生活において強力な武器となったのは,インターネットの機能だろう。これによって,メールなどを用いて世界中の人々と連絡を取り合うことや,世界中のニュースをリアルタイムで視聴することが可能となったのだ。インターネットの普及は,われわれのライフスタイルを激変させたと言える。筆者も1997年の夏,渡米する前にデスクトップコンピューターを買い換え,インターネット環境を整えた。それ以後,机に向かうと最初にコンピューターを開き,インターネットを閲覧する習慣ができた。

 このような通信手段のほか,インターネットが劇的に変化させたものとして,「検索手段」が挙げられる。以前は,何かわからないことがあれば,辞書や専門書を手にとっていた。それらも自宅にあればよいのだが,わざわざ図書館などに出向いて調べごとをしたものだ。しかし,今はインターネットによって瞬時に何でも検索できるようになり,自分の卓上がまさに図書館や博物館と化したのである。

 インターネット検索が広く用いられるようになった理由は,やはりこの利便性にあるだろう。何かを調べようと思ったとき,インターネット検索よりも便利なものはなく,実際に筆者も頻用している。だが,インターネットには大きな欠点があることも忘れてはならない。情報の信頼性である。インターネット上の情報は,どこの,誰が,どのような目的で掲示しているのかわからず,必ずしも正確とは限らないのだ。

 ここで問題となるのは,そのような情報のあいまいさがあるにもかかわらず,インターネットで検索して出てきた知識を"そのまま使う"人がいるということである。インターネット検索で得た知識を,患者の治療といった人の生死をも分けるような場でそのまま使用することは,できるだけ避けるべきなのは当然なことであろう。

コピペ

 新医師臨床研修制度では,研修医にレポート提出が課されている。あるとき,筆者がレポートを読んでいると,どう見てもどこかのウェブページから文章をそのままとってきたとしか思えないものがあった。「もしや」と思い,そのレポート課題をキーワードに,インターネットで検索してみた。すると,なんとそのレポートと一言一句同じ文章が書かれたウェブページが発見されたのであった! 単にコピー・アンド・ペースト(コピペ)で,レポートが作成されたことは明らかだ。早速,当の研修医を呼び出し,問いただしてみると,その研修医に悪いことをしたという反省の色はまったくなく,「はい,そうです。それが何かいけなかったですか?」と答えたのだった……。

 新医師臨床研修制度のレポート課題は,与えられた課題について自分で考え,自分なりにまとめることが本来の趣旨のはずだ。それにもかかわらず,自分で書かずに,インターネットで検索して出てきた文章をコピペするのでは,本人のためにはまったくならないだろう。

 ただ,ここで注意が必要なのは,「インターネット検索をしたこと」ではなく,「インターネット検索した情報をそのまま転用したこと」にこの研修医の悪かった点があるところだ。つまり,「検索して出てきた資料を批判的に読むことなく,うのみしていたこと」が問題なのである。だから,仮に書籍に記載された文章を手書きでまる写ししたレポートであったとしても問題があるのだ。信頼性の高い資料だろうとそれをうのみにするのでは意味はない。逆に信頼性の低い資料だろうと批判的に読みさえすれば意味はある。大切なことは,検索して出てきた知識を批判的に利用していくことなのだ。

 技術が発達し,生活が便利になるとついつい人間はそれに甘えてしまう。ITについても同じことが言える。ITが発達してもそれに甘えずに使いこなす,それが本当のIT力なのだろう。

つづく