医学界新聞

連載

2011.08.01

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第203回

アウトブレイク(17)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2937号よりつづく

前回までのあらすじ:1998年,『ランセット』誌に「MMRワクチンが自閉症の原因」と示唆する論文が発表されたことがきっかけとなって,英国における同ワクチンの接種率は大幅に低下した。


医学界からの「追放」,自閉症児の親たちの「英雄視」

 『ランセット』誌の論文がねつ造されたものであったことは前回も述べたとおりだが,まだねつ造であるとはわからなかった時期,世界の医学界は,すぐさま,「MMRワクチンが自閉症の原因」とするウェイクフィールドの仮説を検証する作業に取りかかった。接種率が大幅に低下するなど,安全性に対する信頼が大きく揺らぐ事態を看過し得なかったからであるが,大規模疫学研究においても,メタアナリシスにおいても,MMRワクチンを自閉症と結び付ける証拠は見いだされず,ウェイクフィールドの仮説は繰り返し否定されることとなった。

 一方,ウェイクフィールド本人も,上司のロイヤル・フリー・ホスピタル院長から研究結果の再現を命じられたものの再現することに失敗,2001年,彼は同病院を辞職した。その直後,英国を去ったウェイクフィールドは,米国に渡って自閉症研究を続けることとなった。

 その後,2004年に,サンデー・タイムズ紙の記者,ブライアン・ディーアが,ウェイクフィールドの『ランセット』論文にまつわる「利益相反行為」および「ねつ造」に対する追及を開始するのだが,やがて彼の粘り強い取材が英国医事委員会(General Medical Council)を動かし,論文作成にかかわった医師たちの「適性」審査が行われることとなった。2010年1月,同委員会は,ウェイクフィールドおよび直属の上司であったジョン・ウォーカー・スミス教授の倫理違反行為を認定,5月には,2人に対し,「医師免許取り消し」という,厳しい処分を下した。

 かくして,ウェイクフィールドは,科学的にその仮説がほぼ完璧に葬り去られただけでなく,医師としての適性さえも否定され,医学界からも医療界からも「追放」されることとなったのだが,皮肉なことに,自閉症児の親の間では,逆に,これまで以上の支持を集めるようになった。「自閉症児のために,職や国を失ってまで医学界と闘う偉い医師」と,「英雄視」さえされるようになり,講演会などで,「私の身に何が起こったかなどどうでもいいのです。大切なのは,自閉症の子どもたちに何が起こっているかなのです」と発言するたびに,...

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