医学界新聞

連載

2011.07.18

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第202回

アウトブレイク(16)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2935号よりつづく

前回までのあらすじ:1998年,『ランセット』誌に「MMRワクチンが自閉症の原因」と示唆する論文が発表されたことがきっかけとなって,英国では同ワクチンの接種率が低下した。


 『ランセット』誌の論文の筆頭著者となったロイヤル・フリー・ホスピタルのアンドリュー・ウェイクフィールド医師が,論文発表に先立って「単独型」麻疹ワクチンの特許を申請,「利益相反行為」を行っていたことは前回も述べたとおりである。

 しかし,『ランセット』論文の作成に絡むウェイクフィールドの「利益相反行為」や「不正」は,ワクチンの特許事前申請にとどまらなかった。以下,彼の論文がどれだけ「いかがわしい」経過の下に作成されたものであったかを概括するが,一連の不正を暴いたのは『サンデイ・タイムズ』紙のブライアン・ディーア記者だった。同記者の調査結果は2011年の初めに『BMJ』(旧『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』)に3回にわたって連載されたので,関心のある読者は参照されたい(註1)。

患者を診る前に完成していた論文の筋書き

 論文の出版とタイミングを合わせて行われた記者会見で,ウェイクフィールドは,「自閉症と腸管の炎症が合併する新症候群」を発見するきっかけとなったのは,「患者の母親からの相談の電話」だったと述べた。しかし,その後,彼が問題の研究をまとめるきっかけとなったのは「弁護士からの依頼」であったことが明らかにされたのだから,これほど真実とかけ離れた説明もなかった。

 ウェイクフィールドに「研究」を依頼したのはリチャード・バー,MMRワクチンの副作用を問題とし,補償を求める活動を繰り広げていた非営利団体「JABS」に雇われ,ワクチンメーカーを訴える準備をしていた弁護士だった。1996年2月,1時間当たり150ポンド(当時の交換レートで約2万4000円)の報酬でウェイクフィールドを「顧問」として雇い,訴訟を有利に進めるためのデータ作成を依頼したのだった。

 その後バーから得ることになる顧問報酬総額は最終的に43万6000ポンド(約7000万円)に達するのだが,非常に興味深いことに,ウェイクフィールドがやがて「発見」することになる「新症候群」について初めて記載したのは,顧問として雇われてから4か月後の96年6月,まだ「新症候群」の患者を1例も診ていない段階でのことだった。英国には低所得者が民事訴訟を起こす際の訴訟費用を支援する公的基金があるのだが,ウェイクフィールドは同基金に対して「訴訟に備えてワクチンの副作用を調査する研究費用」の支援を申請した。そのときの申請書に,「自閉症と腸管炎症を合併する新症候群が存在する」と記載しただけでな......

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