医学界新聞

連載

2011.06.13

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第15回】 災害医療と医学教育(前編)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)

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2928号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。


今回,次回と2回にわたって,緊急シリーズ「災害医療と医学教育」をお送りします。大規模な災害時に適切な医療支援を行うための医学教育について,日本と米国の状況を中心にノエル,大滝,松村の3氏が議論しました。

松村 3月11日に発生した国内観測史上最大の地震とそれによって引き起こされた津波,原発事故が起きた後,多くの医師,とりわけ東北・関東地方の医師は,自身が被災者であると同時に復旧・復興に当たる住民の診療にも携わり,大変な困難に直面しています。また,指導医だけでなく研修医,時には医学生も被災地の支援に出かけ,現在でもその活動は続いています。

 自然災害の多い日本という国で活動する医師として,私たちはこれまでもさまざまな災害を経験し,そしてそれに備えてきました。1995年の阪神・淡路大震災,2004年の新潟県中越地震などの経験は,確かに今回の震災にも生かされていると感じています。ただ,今回の被害はこれまでの経験をはるかに超えているとも感じます。

大滝 私自身,神戸,新潟のそれぞれの災害において現地へ医療支援に赴きましたし,2000年に起こった北海道の有珠山の噴火の際にも,現地での医療支援に携わりました。今回の震災では,勤務している大学病院から福島県相馬市に派遣され,現地の病院や避難所で診療しましたが,地震だけでなく津波や原発事故の影響もあり今までにはない困難な事態に直面していると感じました。

ノエル 日本での惨事を目の当たりにし,私も本当に心を痛めています。テレビ放送が始まった約70年前より以前は,世界の情報は今日ほど緊密に伝えられることはなく,地震や火山の噴火,津波,洪水などのニュースもラジオや映画館で本編の前に流されるニュース映画程度の情報しかありませんでした。当時は,遠くの国の災害情報をニュースで得ても,現地の人々を助けに行くことは想定していなかったことでしょう。

 その後テレビが一般に普及し,主要な放送局が戦争や自然災害の現場に記者を派遣するようになり,かの地で何が起きているかをほぼリアルタイムに,それこそ夕食を食べながらでも目にすることができるようになりました。その結果,医療支援の在り方は大きく変わってきたと思います。

 経済発展とともに日本や米国などの先進国は,支援が必要な途上国に医師・看護師ら医療者や技術者などの専門家を派遣するようになりました。今でも,多くの団体が激烈な地震のあったハイチや,数年前に津波が甚大な被害を与えたインドネシアのような地域への支援を継続的に行っています。例えば,国境なき医師団,Mercy Corps,赤十字社,ワールド・ビジョン,International Medical Corpsなどの組織は,専門知識に基づいた活動や,医師・看護師・歯科医師のボランティア派遣を組織的に行っています。こうした組織には,過酷な状況下でも活動できるように医療者を訓練する特別な災害医療プログラムがあります。

 しかし,日本やニュージーランドなど医療者がもともと多い国が災害に見舞われた場合,特別な災害医療の訓練がなされていない自国の医師・看護師が,医療支援プランを迅速に立てることが必要になります。

米国医療施設における災害医療体制とは

松村 米国でも大規模な被害をもたらす地震やハリケーン,竜巻などの自然災害は多々あると思います。米国では卒前,卒後を通じ医師が災害に備えるための一般的な教育カリキュラムはあるのでしょうか。

ノエル 米国でも毎年夏に,日本の台風に相当するハリケーンが,南部や東部の地域を襲います。2006年には,ハリケーン・カトリーナという史上最大級の暴風雨がニューオリンズの沿岸地域を直撃し大規模な被害が発生しました。もう少しさかのぼると1989年には,サンフランシスコで大地震がありました。

 米国の医学部では,災害に備えるための基本的な知識や技術は救急医療の科目のなかで教わりますが,期間は最長でも4週間です。ただ米国では,救急医療と外傷医療は主要診療科と位置付けられ,すべての大規模病院と大半の小規模病院に,救急医療の専門医が常駐しています。このため,救急医療の講座は全医学部に設置され,医学生はトリアージや重症患者や外傷治療を現場で必ず経験しています。

 さらに研修医となっても,内科,小児科,家庭医療,一般外科のレジデンシーでは2-3か月間,救急医療を研修します。急性期の感染症を診断する能力はここで大きく向上し,縫合や外傷の診断,また迅速な動作も鍛えられます。

松村 では,実際の災害時にはどのような体制がとられるのでしょうか。また,そのような緊急事態に研修医や医学生も何らかの活動に携わるのですか。

ノエル 米国では,すべての病院が地域の災害対策の一翼を担っていて,病院勤務医は地域で爆発や火災,地震が起こった場合,外傷治療の体制にすばやく切り替えるよう訓練されています。帰宅できる患者は帰宅させ,空いたベッドを開放して外傷患者の処置室にするといった対策が取られ,病院同士が連携して救急車とヘリコプターを傷病患者のトリアージや受け入れに活用する準備が整っています。どの病院でも水や燃料の確保が必須になっていて,またすべての病院で非常用の自家発電装置が備えられています。

 かつて私が内科部長を務めていたときは,年に1日ないし2日を非常時の訓練に費やしていました。そこで浮かび上がった問題点はすぐに見直され,いざというときに備えるのです。

 ただ,研修医は数年しか在籍しないことから,災害時の緊急対応を管理できるとはみなされていません。ですから,研修医は救急治療室や診療所,避難所で患者の診療には当たりますが,スタッフの医師と同じ正式な訓練は受けないのが通常です。

被災地支援は支援団体に加入した場合のみ従事

大滝 今回の震災では,自衛隊はもちろんのこと,日本赤十字社をはじめとした多くの組織や医療機関が医療支援を行い,また国外からも多くの支援団体が援助に訪れました。

 ところで災害発生時に,現地へ赴くことも含めて,自発的に医療支援を行う職業的責務が米国の医師にはあるのでしょうか。

ノエル いいえ。米国医師には,自分が勤務している病院や診療所などで怪我をした人や病気になった人を診療することは期待されますが,被災地に直接出向かなければならないという責務はありません。しかし遠隔地で災害が発生した場合,その被災地の支援に赴くことを目的として組織された各地域の団体に加入している医療関係者は少なくありません。

将来の災害に備えるために

松村 今回の震災では,津波が被害の中心だったためか,緊急に外科的処置が必要な被災者の数はそれほど多くなかったと聞いています。むしろ,以前から内服していた必要不可欠な薬,例えばワルファリンのような抗凝固薬や血糖降下薬などを失ったために,慢性疾患の症状が悪化するという事態が発生したそうです。

 日本の医学部や専門職団体は,医療支援における問題を今回や過去の災害から学び,医師や関係職種にはどんな準備が必要かを検討し,次の災害に備えるべきだと私は考えています。

ノエル 先ほど説明したとおり,米国ではどの病院も災害時には地域の支援を行うことが定められていますし,災害に備えた非常訓練はすべての病院で行われています。ですから,日ごろからの準備が大切です。

 訓練は,実際の災害を模した具体的なものです。まず,災害対策管理者が講堂や会議室などの中央エリアに集合し対策本部を設置します。次に放送で(本物の災害ではなく)災害訓練を行うことが病院の全員に知らされます。「精油所で大きな爆発があり,数百人が死傷。周辺の町では火災が発生し,救急では100人の患者を受け入れる可能性もある」といった訓練シナリオの放送の後,救急病棟は受け入れ体制をとり搬入患者の診断が行われます。患者は骨折,やけど,頭部外傷などを装ったボランティアです。「訓練用患者」はX線室や手術室に移され,大量輸血のオーダーが出されるなど一通りの緊急時対応が行われます。訓練は4-6時間で終了し,緊急手術の必要な患者を手術室に移すまでにかかった時間など,あらゆる場面について検討がなされます。こうして細かなことを一つひとつ検討して対応を改善していくのです。

 米国には,連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency)という組織があって,災害の起こった後に赤十字社のような専門職組織と共同で,災害時にとられた対応とその結果や問題点などを検証します。これらの検証を将来の災害対策の改善に役立てています。例を挙げると,テントや毛布,食料,可動式の手術室,小型発電機,衛生設備などが納められた倉庫が国内の各地域に整備されていて,輸送時間も短くて済むようになっています。非常時の仮設住宅の大規模な備えもあります。軍と民間航空会社の共同で構築している災害時用の空路輸送網も整備されているのです。

つづく

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