医学界新聞

連載

2011.04.18

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第76回〉
災害後に生じる罪悪感について

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 この原稿を書いている2011年3月27日日曜日,朝日新聞のトップ欄の「被災者数」は,死亡1万489人,安否不明1万9429人(朝日新聞まとめ,3月26日現在)と告げている。この数字の一人ひとりに生命があり,生活があり,人生があった。ということを想像しようとすると,それだけで思考停止となってしまう。

 3月11日午後2時46分を境に世の中は一変した。マグニチュード9.0という大地を揺るがす大地震,ものすごい力で町といのちをのみ込んで破壊した大津波,そして福島第一原子力発電所事故に伴う放射能汚染。こうした圧倒的な現実の前に言葉を失う。

サバイバー・ギルト

 それでも日常を取り戻さなければならないと自らを励ましていたとき,阪神・淡路大震災を体験し,その後災害看護学を構築した兵庫県立大学の山本あい子教授から「文献」が届いた。そこには,「災害後に人々が持つ罪悪感が,今回被災された方々の中にも見受けられるようです。看護職として知っておいたほうがよさそうな知見ですので,参考資料をPDFにして送ります」とある。

 その文献1)の中で,P・アンダーウッド教授(精神看護学)は次のように述べている。

 「災害を経験した全ての人が,精神的苦痛や恐れ,安心感や豊かな生活の喪失といった出来事を経験します。その結果,多くの人が心的外傷反応を経験すると思われます。その反応は軽いものから激しいものまであり,災害の結果や個人的要因,環境の影響によって異なります。

 心的外傷反応は,食生活や睡眠パターンの変化などとして現れます。また,孤独を恐れたり,忘れっぽくなったり,集中力を欠いたり,攻撃的になったりします。感情は不安定になり,しばしば無気力感と過剰な興奮状態の間で揺れ動きます。無気力な状態では,表情が無くなり,ぼんやりと霧がかかったようで,全く何の感情も持たないようになります。また,他者を避けるような傾向になります。一方,過興奮の状態では,怒りっぽく,過敏となり,神経質ですぐに感情を爆発させるようになります。

 人々は,さらに大きな災害が発生することに恐怖を覚えます。たいていの人は役立たずであることを恥じます。災害の渦中にあっては,全ての被災者が役立たずであると感じ,それ故に,被災者は恥ずかしいとすら感じるのです。全ての生存者は,程度の差はあれサバイバー・ギルトを体験するでしょう。生存者は,生き残ったことに罪悪感を持つのです。この罪悪感というのは,自分が生き残ったことだけではなく,傷つかず,少しの損害しか受けていないということで増強します。心的外傷反応は非日常的な出来事に対する正常な反応なのです」

受容すること,楽しむこと展望を持ち,誰かの役に立つこと

 そして,アンダーウッド教授は,身体的には健康であるが,日常生活を回復させるための地域社会を失い,サバイバー・ギルトを持っている人たちへの4つの支援を提案する。

 一つ目は,災害は予測不可能であり,誰も生存するとも生存しないとも選択できないこと。生き残った者はそれを受容しなければならないこと。二つ目は,自分自身を罰する必要はないこと。自分自身を罰することは,亡くなった人や傷ついた人にとって何の助けにもならないことを知らなければならない。生存者は,必要なものを食べ,眠り,可能な限り楽しむことを支援されなければならない。三つ目は,生存者の考え,感情,活動が展望を持てるように支援しなければならず,災害に対する人々の反応を非難すべきではないと教育しなければならないこと。四つ目は,支援したい,役に立ちたいと思っている生存者を支援計画に巻き込まなければならないこと。誰かの役に立ち人助けをしているうちに,人々は生存したことへの罪悪感を小さくしていくのである,と指摘している。

 テレビCMでは,このところ「今わたしたちにできること」を広報している。節電すること,必要のないものを買い占めしないこと。デマに惑わされないようにすることなどを。

 3月23日,センバツ高校野球の開会式で選手代表が,人は支えられて困難を乗り越えることができることや,生かされている生命に感謝して力を尽くすことを宣誓した。若く,力強いメッセージが,私のからだの奥底にしみ込んだ瞬間であった。余震が起こるなかで「がんばろう,日本」と思う。

つづく


文献
1)パトリシア・アンダーウッド著,ウイリアムソン彰子訳,増野園恵編.サバイバー・ギルト:災害後の人々の心を理解するために.日本災害看護学会誌.2005;7(2):23-30.
 http://www.jsdn.gr.jp/doc/2011.03_survivors_guilt.pdf

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