看護師の夜勤への警告(井部俊子)
連載
2011.03.21
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
昨今,看護師の労働環境改善の必要性が叫ばれ対策がとられようとしている。24時間365日,切れ目なく看護を提供するために,病院や有床診療所では昼夜を問わず必ず看護師が「出勤」している。看護師が出勤していない部署があればおそらくニュースになるであろう。
勤務表作成は師長とスタッフの「生命線」
この出勤を規定しているのが「勤務表」である。勤務表は通常,当該部署の責任者である看護師長によって作成される。勤務表は1か月(4週間)単位で作られ,前月末に公表される。何しろ,この勤務表でその部署のスタッフは1か月の生活が決定づけられるのである。看護師長の勤務表作成のうまい/下手や,公表が早い/遅いが,看護管理者としての力量に影響を及ぼす。まさに看護師長とスタッフの「生命線」である。
勤務表の作成は複雑系であり,コンピューターに置き換えるのが難しい。勤務表作成者は,入院患者数や重症度,全体の検査や治療計画(曜日によって異なる),会議,病院行事などのほか,看護師の経験年数,家庭背景,人柄や人間関係を考慮した上,各人の勤務希望を加味して,必要な人数を各勤務帯ごとに配置する。さらに,勤務表作成には病棟の事情だけでなく診療報酬上の要件があり,月平均の夜勤時間数は原則として「72時間」ルールを守らなければならない。こうした複雑系の仕事を毎月実行している勤務表作成者はかなり優れた能力を持つ実力者である。
勤務表には勤務帯というものがある。三交代制では,日勤(通常8-16時),準夜(16-24時),深夜(24-8時)となる。詳細な時刻の設定は組織によって異なるのでここでは単純化しておく。二交代制では,日勤と夜勤となるが,日勤を8-16時とし,夜勤を16-8時とする16時間夜勤と,日勤を8-20時,夜勤を20-8時とする12時間夜勤に大別される。
三交代制の勤務表にみられる「日勤-深夜」と「準夜-日勤」という組み合わせ,および二交代制勤務における「16時間夜勤」が,労働科学研究において問題視されている。労働科学研究所慢性疲労研究センター長である佐々木司氏の論文(文献)をみてみよう。
「日勤-深夜」「準夜-日勤」の弊害
まず,「日勤-深夜」という組み合わせである。この組み合わせは三交代勤務のなかで「最も嫌われる組み合わせ」であり,そもそも「日勤-深夜」の間は,疲労回復としての睡眠の効果を落としてしまう「時刻帯」という科学的な理由があると佐々木氏は指摘している。人間には生理的に眠れる時刻帯と眠れない時刻帯があり,眠れない時刻帯である19時前後の時刻帯が「日勤-深夜」の間にある。そのため,日勤を終えて疲れている看護師が「さあ寝よう」と思っても眠れず,日勤の疲労を回復しないまま深夜勤務を行わなければならないことから,三交代はツライということになる。
次に「準夜-日勤」という組み合わせをみてみよう。「準夜-日勤」の勤務間隔時間は睡眠禁止帯ではなく,いつもの夜間睡眠の時間帯であるにもかかわらず,この組み合わせは看護師たちには不評である。その理由として,準夜勤では残業が多く仕事の緊張が持続しているため,睡眠に適するような状態にクールダウンするには90分は必要であるとされる。さらに,翌日の日勤に寝過ごすのではないかという不安のため,睡眠の質が低下する。こうした睡眠不安は,ストレスホルモン量を増加させる。
また,人間の生体リズムは25時間であり,太陽光を遮断した場合,人の睡眠は日にちの経過に伴って,1時間ずつ後ろにずれる。つまり,交代勤務の編成は「日勤-準夜-深夜」のように,時刻を遅くしていく正循環のほうが身体を新しいリズムに調整しやすいのである。
「16時間夜勤」の健康リスクと医療安全
「16時間夜勤」は世界のどこを探してもまれであるという。この勤務では,準夜勤務後にとるべき睡眠の代わりに連続して深夜勤務を行うため,勤務後の睡眠は"爆睡"となる。
睡眠には"心身を眠らせる睡眠"(徐波睡眠)と,"心身を起こす睡眠"(レム睡眠)がある。徐波睡眠は一晩に15-20%の範囲で出現するが,5時間睡眠を12日間続けた大学生の実験では,3日目以降は徐波睡眠が40%以上も出現した。こうした"爆睡"が睡眠中の心拍数や血圧など循環器系機能に負担をかけることも示された。このことから,長時間勤務は健康のリスクが大きい勤務とされる。
長期的な健康リスクについては,夜勤交代勤務に発癌性があるという8編の疫学論文がある。夜勤による人工照明の曝露は,夜間に分泌されるメラトニン(抗酸化作用や抗腫瘍作用を持つ)を抑制すると推測されている。デンマーク政府は2008年より,元夜勤交代勤務者の乳癌罹患者を労災認定している。これには元看護師や元客室乗務員が含まれるという。
このほか,夜勤者の夜勤中とその後の昼間睡眠の脳波を調べた研究によって,夜勤中に深い睡眠が2回も出現していることが示された。そして,夜勤中のパフォーマンステストの成績低下を,アルコール類を飲んだときの状態と比較した研究では,夜勤時間帯の成績は,酒気帯び運転と同じかそれ以上に悪い水準であった。また,オーストラリアのP・ドリアン博士は,「長時間夜勤は看護師個人による安全性が低下してエラーを増やすだけでなく,エラーを起こした同僚を同じ職場の看護師が発見する能力も低下するという問題がある」と指摘する。
16時間夜勤中に120分以上の仮眠をとることの疲労軽減効果は期待できないというデータが最近出され,120分の仮眠効果を強調してきた佐々木氏は残念がっている。
*
労働科学研究によって明らかにされつつある,(1)日勤-深夜,(2)準夜-日勤,(3)16時間夜勤の弊害を,勤務表作成者も社会も知っておかなければならない。
(つづく)
文献
佐々木司.健康,安全,生活からみた看護師の夜勤.看護実践の科学,2010 ; 35(1)~(3).
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