医学界新聞

連載

2010.09.13

在宅医療モノ語り

第6話
語り手: 灼熱地獄でも静かに戦う不死身なヤツ 保冷剤さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「保冷剤」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


猛暑を一緒に戦った皆さんと
温度湿度計で患者さんのお部屋を測定し,一緒に知恵をしぼり熱中症対策を考えます。そんなときはスポーツドリンクなどと言わず商品名を出して,具体的に話をします。
 猛暑の夏でした。在宅医療では,医療者が患者の家を一軒一軒回りながら診療を行いますが,今年の夏はきつかったですね。うちの医者も春には「自転車での訪問診療は最高。エコロジーでエコノミー!」なんて張り切っていましたが,雨の季節から猛暑に突入してしまい,グッタリしながら車で出かけていました。車の訪問診療では楽になるかといえば,そうでもないらしいですよ。外の暑さに負けず,いや車内温度はもっとすごい。車内の冷房も本領発揮には至りません。患者さん宅に到着したら車を停めて診療に向かうわけですが,車に戻ってくるころには車内はすでに灼熱地獄。発車して涼しくなってきたころには次のお宅に到着し、再出発のときにはまた灼熱地獄……この繰り返しです。

 お部屋だって涼しいとは限らず,患者さんもご家族もグッタリです。エアコンは嫌いだから使わない,使いたいけど壊れている,電気代がもったいない,など事情はさまざま。今年は室内での熱中症のニュースが,マスコミで多く報道されました。「こまめに水分補給! 塩分も!」の考えが浸透し,スポーツドリンクが大人気。一人暮らしの方の買い物メモにも付け足してもらいます。甘いのが苦手な人は,お茶と梅干しとか,水に塩を入れて特性ドリンクを作るとか。それぞれの患者さんの事情に合わせた熱中症対策を考えるのも在宅医の大切な仕事です。

 申し遅れました。私は往診車のクーラーボックスに入れられている保冷剤です。診療所の冷凍庫から朝出されて,一緒に訪問診療の旅にお供します。診療がすべて終わるころには,身も心もグッタリゆるゆる。夜には冷凍庫に戻りシャキッとなるまで休みます。私たちは大きさも出身もさまざまです。大柄な彼は北海道出身でカニのお供でした。小ぶりの彼女は,東京のデパ地下出身でケーキの傍にいました。私は地元栃木でプリンと共にお持ち帰りされました。

 私たちがどんな活動をするのか,ですか? 何もしませんよ。クーラーボックスの中で、要冷蔵の注射薬や座薬,たまにはワクチンに静かに寄り添うだけです。直接触れてはいけません。採血をして検体が出たときには検体立てさんとの共同作業になります。

 患者さんがお熱を出されたときの往診にも同行しますが,急に車から降りろと命ぜられた仲間もいました。タオルやハンカチに包んで脇の下に挟まれ,首や足の付け根にそっと添い寝させられ,そのまま置き去りです。置き去りというと不幸なイメージですが,そのお宅の冷凍庫で再生され,大事にされて幸せな余生を過ごしたらしいです。余生と言えば,最近の保冷剤にはいろいろな説明書きがありますね,「たべられません」のほかに,主成分は「水,吸水性ポリマー,安定剤」であるとか,「ご家庭で除菌,消臭剤として再利用できます」とか。消臭剤かぁ……私たちの第3の人生も結構楽しそうです。

 おっと,すみません。ゆるゆるしてきましたので,そろそろ冷凍庫に戻りますね。明日があると思うと,夜更かしもできません。まだもう少しの間,私たちが仕事する季節です。皆さまもどうかご自愛くださいませ。

つづく


鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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