医学界新聞

連載

2010.02.08

連載
臨床医学航海術

第49回

  学生へのアドバイス(33)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 前回は人間としての基礎的技能の4番目である「聴覚理解力-きく」ことについて,効果的なノートのとり方について考えてみた。今回は,人の話を聞かない現象について考える。

聴覚理解力-きく(4)

聞く耳
 第46回で,点滴を刺すことに全神経を集中している研修医が指導医の指示を全く聞いていなかった現象について述べた。人はあることに集中すると聴覚をシャットアウトするらしい。

 このように聴覚をシャットアウトするのは,何かに集中しているときだけではない。ほかにもある。それは話している人の話に興味がわかないときや,話が自分にとって重要とは思えないときである。

 講義などでその授業の内容や講師の話し方がつまらないと,聞く意欲は一気になくなる。聞く意欲がなくなると,授業の話し声はなぜか次第に遠くに聞こえ始め,そして,いつしかその声は聞こえなくなっていく……。そう,眠りに落ちていくのである。そして,しばしの熟睡が終わるころ,遠くから再びあの念仏のような講義の声が聞こえてくるのである。やがて眼を覚まし前を向くと,同じように何の変哲もなく授業が行われている。眠ってしまった自分に気付いてはっとして時計を見ると,なんと授業時間はまだ1時間以上も残っている! ということは,自分はこれからまだ1時間以上もここに座ってこの授業を聞き続けなければならないということか! あまりにも残酷すぎるこの現実に強烈な衝撃を受け,再び意識は遠のき,やがてまた心地よい眠りに落ちていくのであった……。

 また,相手の話が自分にとって重要でないときにも聞く意欲はなくなる。相手が捲し立てるように話をしてくることがある。その話が自慢話であったり,自分とは全く関係しないことであったときには,話を右から左に聞き流すしかない。

 アメリカでレジデントをしているとき,こんなことがあった。あるとき,病棟で机に座ってカルテを書いていたとき,その近くにいたあるレジデントが突然沈黙を破って“My girlfriend is gorgeous!”と叫びだした。そう言った本人としては,他の人から「わざわざそう言うのだから,あなたの彼女はよっぽどゴージャスなのだろう。どんなふうにゴージャスなのですか?」と根掘り葉掘り聞いてもらって,自分の彼女を自慢したかったに違いない。しかし,そのレジデントに彼女がいようがいまいが,そして,もしも彼女がいたとしても,その彼女がゴージャスかデンジャラスかなどということは,一切自分には興味もないし関係のないことであった。

 確かにそのとき,そのレジデントの彼女の話くらいの世間話をしても悪くはなかったが,何も人が入院患者のカルテを書いている忙しいときに話す必要はないはずである。とてもそれ以上その話に乗れない筆者は,ただ単に“Oh, really?”とだけ答えてやり過ごした。もっと尋ねてくれるだろうと思ったそのレジデントは,気落ちしたのか幸いそれ以上話は続けなかった。それから,また静かな時間が始まった……。

 また,情報量があまりにも多すぎるときにも人は聞くのを止めてしまう。つまり,情報量が自分の理解・記憶を超えていて処理不能のときにも,聴覚をシャットアウトしてしまうものである。たまたま学会に行って敗血症の治療か何かの演題を聞いたことがあった。話が臨床的であればよいが,いったん話が基礎医学のサイトカインなどに及ぶところでまたしても聞く意欲が急激になくなった!「インターロイキン何とか」とか,「抗何とか抗体」とか,何の略かもわからない横文字の物質名とか……。何のサイトカインが何してどうなってるかなどのことは,臨床で忙しい人間がいちいち構っていられるわけがない。またしてもここで心地よい眠りに落ちていく自分がいた……。

 このように,人間には状況により聞く耳を閉ざす習性があることがわかった。しかし,この習性には性差があり,特に男性に強いそうである。アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ著の『話を聞かない男,地図が読めない女――男脳・女脳が「謎」を解く』にこの聴覚についての性差が記載されている。この本によると,男は一つの物事に集中する習性があり,その物事に集中している間は聴覚を閉ざす習性があるそうである。つまり,男は話を聞かないのである。一方,女性は同時に聞いたり見たりしながらいろいろなことができる反面,視覚的空間認識能力に劣る習性があるとのことである。つまり,女は地図が読めないのである。そして,このような男女の能力の差異が生じるようになった理由は,男は狩猟(仕事)をし,女は家事をするという人類誕生以来現在までの長い年月の間の役割分担の結果ではないかと,この本では推定している。つまり,男は狩猟で獲物を採るために進化の過程で視覚的空間認識能力を研ぎ澄まし,その代償として聴覚認識能力が劣るようになった。そして,女は育児・調理・清掃などの家事をするために,同時進行でさまざまな動作ができるようになった反面,狩猟に必要とするような視覚的空間認識能力が劣るようになった,とのことである。

 このように視覚認識力と聴覚認識力に性差が存在すると知ることは,コミュニケーションを円滑に進めるために非常に重要である。そして,誤解を与えないようにお互いの無意識の習性を是正するように努力する必要がある。特にコミュニケーションの基本である人の話を聞かない傾向にある男性は,もっと人の話を聞く耳を持たなければならないのかも知れない……。

次回につづく

参考文献
アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ著,藤井留美訳『話を聞かない男,地図が読めない女――男脳・女脳が「謎」を解く』(主婦の友社,2002)

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