医学生へのアドバイス(32)(田中和豊)
連載
2010.01.11
連載 臨床医学航海術 第48回 医学生へのアドバイス(32) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
前回は人間としての基礎的技能の4番目である「聴覚理解力-きく」ことについて,同じ話を聞いても聞き手によって理解が異なる現象について述べた。今回は,前回の講義ノートに関連して効果的なノートのとり方について考えてみる。
聴覚理解力-きく(3)
ノートのとり方
試験前に出回るような優れたノートは別にして,講義ノートのとり方にはやはりうまい・へたがある。ノートのうまい・へたとはノートが見た目にきれい・汚いとは別の話である。それでは,うまいノートとは一体どのようなノートであろうか?
それは,講義の話の流れがわかりやすく,講義のポイントが明白なノートであろう。だから,講義の内容が容易に再現できて重要点が明瞭であれば,必ずしも見た目がきれいである必要はないのである。
それでは,どのようにしてうまいノートを書けばよいであろうか?
ノートを書くときにまず最初に明確にしなければならないことは,何のためにノートを書くかということである。ノートを書く目的は自分の聞いた講義を記録して,その後の勉強に役立てることであるはずである。
ここで注意しなければならないのは,ノートを書く目的は美しいノートを書くことではないということである。ノートを書くときにそれ自体が目的になっている人がいる。出版物のように丁寧な字を書いたり,やけにマニアックなイラストを描いてみたり,色鉛筆を使ってカラフルなノートにしてみたり……。こういうことをすると,膨大な時間と労力のわりにあまり内容が頭に入らない。つまり,内容の理解や記憶よりもノートを完成させることに意識が集中してしまっているのである。
次に,ノートは一体誰のために書くかを明確にしよう。ノートは自分が自分のために書くものである。それ以外の誰のためのものでもないはずである。したがって,自分がどの大きさのノートに書くか,本のように綴じてあるノートを使うかルーズリーフのように1枚1枚別々のノートに書くか,シャープペンで書くかボールペンで書くか,はたまた,万年筆で書くかなどは一切自分で決めることである。要は自分が好きなノートに好きなように書けばよいのである。
記載方法も同じである。自分が自分のために書いているのであるから,自分の好きなように書けばよいのである。紙面をどう使うか,どう行替えするか,どう絵を入れるか,すべて自分の好きなように書けばよいのだ。
ノートのこの大本の目的を考えると,自分にとってよければノートは別に見た目が汚くてもよいはずである。自分のノートの見た目が汚いからと言って,後から講義のノートすべてを清書する人がいるが,これは勧められない。なぜならば時間がかかりすぎるからである。そんなに暇な人は学生でもいないはずである。もしも清書するならば,試験に出るような重要なポイントだけにしよう。
ノートは自分の理解と記憶のためであるので,自分のノートの見た目が汚くても一向に構わないことはわかった。しかし,それでも実際に見た目が美しいノートを他の人が書いているのを見ると,精神的に打撃を受けるものである。見た目が美しいノートを書く人は,あたかもその講義のすべてを理解していて,かつ試験対策も万全にしているかのような印象を与える。そういう人を試験前に見ると,自分がその人よりも劣って感じられるのである。「ヤバーッ」「負けた……」「もっと勉強しておくべきだった……」などの思いが頭をよぎり出す。
過去に日本救急医学会の専門医試験を受験したときに,学生ではないはずの受験生の中に見た目が美しいノートを書いている人がいるのを見て驚いたことがあった! 学生時代はこのようなノートにはプレッシャーを感じた。しかし,このときには一切プレッシャーは感じなかった。プレッシャーを感じなかったどころか,逆にこの人は本当に救急医療に従事しているのか疑問を感じた。救急医療の現場では,自分が生き延びていくだけでも大変である。そんな戦場で働きながら試験勉強をするのであるから,専門医試験の認定に必要な症例を何とか集めてやっとのことで試験を受験するだけであるはずである。そんな限界状況で見た目が美しいノートを書く悠長な時間など一切ないはずである……。ところが,その医師はバインダーに製本されたように見事なノートをファイルしていたのである。もっともその医師は,そんな限界状況でも見た目が美しいノートを書けるだけの時間と体力に余裕がある,ごくごくまれに見る超人的な医師であったのかもしれない……。
救急専門医試験で他の受験生が見た目が美しいノートを書いているのを見て自分がプレッシャーを受けなかった理由の一つには,救急専門医試験が合格点以上取れば誰もが受かる資格試験で,選抜試験ではなかったこともあったであろう。しかし,もっと大きな理由には「自分は自分,人は人」と思えるようになったことがある。そう思えるようになったのには,やはり人がやったことばかり聞いていても自分が惑わされるだけであることがわかるようになったからであろう……。
(次回につづく)
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