医学界新聞

連載

2010.03.08

連載
臨床医学航海術

第50回

  学生へのアドバイス(34)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回は人間としての基礎的技能の4番目である「聴覚理解力-きく」ことについて,「聞く耳を閉ざす」現象について考えた。今回は人の話を聞くことについて考える。

聴覚理解力-きく(5)

 人の話を聞くことは重要である。なぜならば,人の話を聞かないことはその人を無視することになるからである。そして,その人を無視することは場合によってはその人を侮辱することになりかねない。しかし,だからと言って人の話を聞きすぎると困ることもある。

 『イソップ物語』に「ろばをつれた親子」という話がある。

 あるところにろばをつれて親子が歩いていた。それを見たある人が,「どうせ歩くならばろばに乗ればよいのに」と言った。それを聞いた親子は,息子をろばに乗せて親が歩いた。それを見てある人が,「親を歩かせて息子だけろばに乗るとは,なまけものの息子だ」と言った。すると,今度は親をろばに乗せて息子が歩いた。それを見たある人が,「親だけ楽をしている。親のすることではない!」と言った。そして,それを聞いた親子はついに2人でろばをかついで歩いたが,ろばは暴れて川に落ちておぼれてしまった……。

 あまり人の話ばかり聞いているとよい結果にならないこともあるという教訓である。

 人は好き勝手なことを言う。その発言は善意で言ったことかもしれないし,もしかして悪意が込められているかもしれない。また,その発言は何の意図もない単なる感想であるかもしれない。言うほうはあまり気にも留めないかもしれないが,聞き手がどう反応するかで結果が異なってくる。

 以下に筆者が聞いたさまざまな話の内容をご紹介する。

事例1 ある講演でのこと,講演が終わった後の懇親会で,見知らぬ学生が近づいて来て何を言うかと思ったら,突然こう言った。

 「先生はなぜ現在の病院にずっといるんですか? あんな病院にずっといて何かいいことあるんですか? もっとほかのいい病院から話があるんじゃないですか?」
と初対面なのに単刀直入に尋ねられた。

 このようなプライベートな質問は,通常親しい間柄でするのが常識である。この質問をした本人にとってはこの質問はどうしても聞きたくてうずうずしていた質問かもしれないが,何もパーティーで初対面の人に1発目に聞く質問ではないはずである。このような常識のない質問にも笑顔で答えなければならない。

 “あんな”病院でいまだに性懲りもなく働いている小生であったが,ちなみにその学生にどこの研修病院にマッチしたのかと尋ねると,全国的に有名な研修病院であった。やはり“あんな”病院ではなく,超一流研修病院にマッチした学生は...

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