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  • 必要な医療を,患者に届けるために[事例検討・1]アトピー性皮膚炎に通脈四逆湯を用いて入院加療した事例(小池理保,中島明美,三潴忠道,田原英一)

医学界新聞

連載

2010.01.25

漢方ナーシング

第10回

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

必要な医療を,患者に届けるために
[事例検討・1]
アトピー性皮膚炎に通脈四逆湯を用いて入院加療した事例

小池理保/中島明美/三潴忠道/田原英一(飯塚病院漢方診療科)


前回よりつづく

はじめに

 飯塚病院東洋医学センター(漢方診療科)は,入院病床を持ち,急性期から慢性期の患者まで,必要に応じて西洋薬を併用しながら幅広く漢方治療を実践しています。その一方で,複雑な基礎疾患の併発例や,重篤な副作用により西洋薬が使用できない,あるいは無効な例が存在し,漢方診療でしか救えない患者がいることも事実です。入退院を繰り返しながら,あるいは外来で,長期間にわたり受診する患者が多いのが当科の特徴で,継続看護が必要とされます。

 難治性疾患を抱え,精神的に追い詰められた患者も少なくなく,漢方医学の基本的な考え方である心身一如(心と身体は一体である)を大切にしながら,医師と看護師によるチーム医療のもと,臨床実践を行っています。

 今回からは症例検討を通じ,漢方臨床の実際についてご紹介します。

症例提示

症例:30歳代男性

主訴:アトピー性皮膚炎,それによる皮膚症状の増悪,うつ症状

現在までの経過
発症から1回目の入院
・X-9年夏,アトピー性皮膚炎を発症。下腿湿疹で発症し近医で免疫抑制剤内服,外用ステロイド剤塗布で治療寛解。
・X-7年冬,自己判断によりステロイドを中断。全身に紅皮症様発疹出現。
・同年初夏,当院関連クリニック初診。茯苓四逆湯,桂枝加黄耆湯加減で寛解。その後漢方治療を自己中断。
・X-3年冬,仕事のストレスで皮膚症状悪化。当院関連クリニック再診,大柴胡湯で治療開始。同年春,暴飲暴食により皮疹が増悪。白虎湯で治療したが倦怠感や冷え増強。同月下旬,当科に最初の入院となり,約1か月の入院期間を経て退院。
~2回目の入院
・X-1年5月,業務多忙となる。仕事が山場を越えた8月下旬ごろから口周辺に皮疹出現。全身倦怠感を自覚。9月下旬,顔・首に滲出液を伴う紅斑および倦怠感が出現。食事を摂るのも億劫になり,当科受診し緊急入院となる。滲出液を伴う紅斑は顔面のみであり,重症度は中等度と判断。全身倦怠感を強く訴える。
~3回目の入院
・X年1月より通脈四逆湯と越婢加朮湯エキスを,さらに十全大補湯と麻杏甘石湯エキスを投与したが掻痒感は改善せず,睡眠剤を服用しても不眠となり,約1か月にわたり3回目の入院。仕事で海外に出張するなど無理を重ね,3か月前から肩・首・両手の瘙痒感が出現していた。
・入院後,強い炎症を伴う皮疹が体表面積の30%以上あり,最重症と診断。「寒(かん)」が存在すると考え茯苓四逆湯で治療を開始したところ,徐々に全身倦怠感は改善したが,瘙痒感は変わりなく不眠のため柴胡桂枝乾姜湯を併用。抑うつ状態に伴う不眠と診断,西洋薬の睡眠薬を併用。
~4回目の入院
・退院後,職場を休職。前述の症状が改善しないため,X年10月下旬から12月上旬まで4回目の入院となった。

4回目入院時の漢方専門医の診断:表面の皮膚は発赤し炎症反応を呈していたが,冷ます漢方薬では効果がみられず,強い倦怠感も訴えることから,慢性の炎症で消耗し,新陳代謝が衰えて冷えた状態(陰虚証)と考え,陰虚証に対する切り札,通脈四逆湯を用いることとした。

厥陰病と通脈四逆湯

 厥陰病の要点
 漢方医学における「厥陰病」とは,急性・慢性症状により体力が極端に消耗した状態で,生体の維持が抜き差しならない状態を言います(表)。当科では処方経験から,難治の慢性疾患にもこの厥陰病に適応する方剤が著効するケースが多いことがわかっており,こうした患者に対して厥陰病の適応方剤である通脈四逆湯により,身体の中心を温め,元気をつける治療をまず行うことが少なくありません。

 当科では通称「通四(つうし)」と呼ばれ,おなじみの方剤ですが,一般にはあまり使われないため,エキス剤は存在しません。通脈四逆湯は甘草,乾姜(生姜を蒸して乾かしたもの),附子(状態によって烏頭を使用)の3つの生薬から構成され,強力に体を温めて新陳代謝を高める薬です。ちょうど冷凍食品を解凍するような感じでしょうか。体に合っている(体が必要としている)と乾姜の辛さが心地よいのですが,合わないと辛くて飲めません。

 通脈四逆湯を使う際には,皮膚・瘙痒の症状以外に倦怠感の程度,冷えの程度,服用後の温まり感などに注意を払う必要がありますが,薬が効きすぎて温まりすぎる危険もあり,このとき,「辛さ」に対する服用感の評価が重要なポイントになります。

 構成生薬の比率が投薬ごとに変更になることも多く,毒性の強い生薬が含まれているだけに,病棟での配薬時には普段に増して注意が必要なことに加え,服用後の副作用の観察が重要になります。特に煎じ薬服用後30分程度で動悸,しびれ,嘔吐が出現した場合は烏頭中毒の可能性が高いので,すぐに主治医へ報告する必要があります。

看護としてのかかわり

 本症例はアトピー性皮膚炎による,通算4回目の当科入院です。全身の強烈な瘙痒感により,夜間不眠が続き,抑うつ症状を呈していました。体力低下に伴い活動性も低下していたので,看護師はベットサイドにおいて,自分の思いを心に貯めないよう傾聴に努め,疾患と実生活との折り合いをどうつけるかについて一緒に考えていきました。

経過:初期は皮膚瘙痒感や痛み,頭痛などの訴えが強く,症状コントロールのために生薬の配合が頻繁に変更になりました。冷えの強さが症状増悪につながっているという漢方的な考え方から,通脈四逆湯の構成生薬である「熱薬」の附子の比率が特に頻回に変更になりました。入院の前半ではアトピー固有の症状(瘙痒感,発赤等の皮膚症状)に加えて,頭痛症状の観察,通脈四逆湯を用いたため,温まりの程度を中心とする副作用の観察が必要となりました。

 入院から2週間で急性症状はかなり落ち着き,運動療法(散歩)の推奨を開始しました。入院初期からの漢方薬による集中的な治療および和漢食の摂取により健康状態が回復してくると,運動療法に対する気持ちが上向くとの患者本人の言葉があり,心身のバランスを整える相乗的な効果が生まれるようです。他の患者からも同様の言葉が聞かれることも,少なくありません。入院の後半では前半までの観察事項に加えて,食事療法としての和漢食の支援,運動療法の支援なども加わりました。

ストレスと睡眠のマネジメント:患者はアカデミックな分野で教鞭をとっており,責任感の強い性格で,近年は頻繁に海外出張を行っていました。以前から仕事上のストレスでアトピー性皮膚炎が悪化しているとの強い自覚がありました。看護としては,社会生活への復帰をめざし,ストレスを上手にマネジメントできるようなかかわりを心がけました。

 薬物療法では通脈四逆湯に加え,睡眠薬(西洋薬)が併用されました。瘙痒感と連動した不眠による安楽の変調があるため,睡眠状態の把握と並行して,なるべくストレスを感じないで済むライフスタイルを再構築するための気づきを促すようなかかわりを行いました。

 本症例は当科への4回目の入院であり,今回の入院期間が約1か月半に及んだことから,信頼関係を背景にじっくりとかかわることができました。

 仕事においても気がつかないうちにオーバーワークになっていたのではないのか,本人と一緒に振り返りを行いました。また退院を目前に,当院の臨床心理士にコンサルトを行い,ストレスコントロールについて専門的な介入を依頼しました。

 このように,当科では難治性疾患を抱え入退院を繰り返す患者が多く,心理的な支援が必要となる場面が少なくありません。

退院時指導:本症例は入院から46日目に退院となりました。退院前には一度,家族にも和漢食の料理教室に参加してもらい,和漢食の作り方,漢方の食養生の重要性を理解してもらいました。

 退院時にはストレスマネジメントや食事,運動など生活全般について指導を行い,現在は関連のクリニックにおいて通院加療を続けています。

まとめ――漢方専門医より

 入院により,仕事復帰へのストレス軽減が期待できること,和漢食が十分に実施できること,継続的な運動が行えること,漢方薬をきちんとした時間で服用できること,強い薬の副作用をモニターできることなどのメリットがありました。

 特に今回は,通脈四逆湯の附子(熱処理をしたトリカブト)を烏頭(熱処理をしていないトリカブト)というより強力な生薬を用いて強く温熱産生を高める必要がありました。結果的に烏頭に変更して急速に症状は改善した感がありますが,一般外来で使用するには慎重の上に慎重を期さないといけない薬です。

 当科には「烏頭の魔法使い」と呼ばれる医師もおり,上手に使うことで大きなメリットも期待できます。効果の観察のみならず,副作用のモニター,その間の心理的なサポート,確実な内服支援,運動支援など,看護師に期待されることも多いのです。

つづく

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