必要な医療を,患者に届けるために[事例検討・2]西洋医学的な難治症例に,きめ細やかな漢方治療を施した事例(中島明美,小池理保,田原英一,三潴忠道)
連載
2010.02.22
漢方ナーシング
第11回
大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。 五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。 |
必要な医療を,患者に届けるために
[事例検討・2]
西洋医学的な難治症例に,きめ細やかな漢方治療を施した事例
中島明美/小池理保/田原英一/三潴忠道(飯塚病院漢方診療科)
(前回よりつづく)
前回に続いて今回も,事例検討を通じ,漢方臨床の実際についてご紹介します。
症例提示
症例:50歳代女性。幼少時より病弱な体質で,気管支拡張症(副鼻腔気管支症候群),続発性消化管アミロイドーシスを合併し,数十回の入退院を繰り返している。
気道の炎症に対して抗菌薬を使用すると激しい下痢が出現することから,呼吸器内科から当科に紹介となり,現在は主に当科で治療を行っている。
既往歴:
・8歳ごろ,中耳炎(左)の手術,その後難聴
・小学生時,副鼻腔炎を発症し,同疾患の手術を実施
・17歳時, 副鼻腔炎の再手術
・35歳より,気管支拡張症(左側胸部痛で発症)
・47歳より,続発性消化管アミロイドーシスを合併
禁忌薬剤:抗菌薬にて下痢を起こす
現在までの経過:
気管支拡張症,続発性消化管アミロイドーシスにて当科通院中。過去に数十回の入院歴がある。
X年某日,喀血と喀痰,さらに倦怠感も出現。喀血はその後落ち着いたが倦怠感が増強したため,3日後に救急車にて当院救命センターを受診。胸部X線(図)上大きな変化は認めないが,血液検査にてCRP3.87mg/dLと上昇しており,気道感染を機に慢性呼吸不全が急性増悪したものと判断して同日入院となった。
図 患者の胸部X線画像 |
漢方医学の基本的な考え方に基づく治療,看護
これまでにもご紹介してきましたが,漢方診療科の患者,特に慢性疾患患者の入院に対しては,下記3つの漢方医学的な考え方を中心に,看護計画を立て,看護にあたります。
(1)心身一如:心と身体は一体のものであるという考え方――心理面にも介入
(2)心身のバランスをとる:生体の偏位やねじれを正常に戻そうとするのが基本姿勢――抗菌薬を主としない (3)自然治癒力を増強:各個人の持ち合わせている自然治癒力を高めて病変に対処する――温める,補うための漢方処方 |
喀痰の増加があり,炎症反応が強い場合,西洋医学的には抗菌薬の投与が考えられますが,この患者の場合はかつて抗菌薬を投与し,激しい下痢などの副作用が出現したため,その後は漢方的治療を行っていました。よって緊急入院となった今回も,漢方薬による次のような治療を行いました。
・通脈四逆湯(全身倦怠感に対して)1日4回(10時,15時,20時,6時)
・桂枝二越婢一湯(発熱,呼吸症状に対して)1日4回(10時30分,15時30分,20時30分,6時30分)
・半夏瀉心湯エキス顆粒(腹部症状に対して1袋を半分にして内服。入院3日目より追加)1日3回(朝・昼・夕の食前)
看護としてのかかわり
この患者さんでは,喀痰の量,性状,呼吸困難感,酸素飽和度,喘鳴,CO2ナルコーシスなどの呼吸器症状,また全身倦怠感,食事摂取量,体重の変化など全身症状・所見の観察が求められました。
また漢方医学的には,通脈四逆湯(前回詳説)という附子が含まれた漢方薬が処方されているため,副作用(のぼせ,舌のしびれ,動悸など)の観察のほか,乾姜の適正量を決定するために,患者自身の味覚の変化や,その他の副作用としてむくみなどの観察も必要でした。治療により呼吸器症状,全身症状が改善すると,腹満,腹鳴,上腹部不快感,下痢などの腹部症状が前面に現れるため,経過による治療内容の変更がありました。
それにも増してこの患者の場合,処方によって通常の1日量を投与すると,強い発汗とそれに伴う全身倦怠感の増強,動悸(漢方医学では「脱汗」という)を来す場合があるため,通常量の3分の1程度の量を頻回に投与する必要がありました。したがって,前掲したとおり漢方薬の服用方法が細かく指示され,また処方内容も,一服試すごとに患者の状態の変化を診て変更されるので,そのたびに細心の注意と観察が必要になりました。
病棟看護はチームナーシング体制をとっており,看護師も十分注意しながら漢方薬の加温を行っていました。しかし服用30-40分前から加温を開始する必要があるなど手間がかかることから,決められた時間に服用できていないことがありました。そこで,主治医も含めたカンファレンスを行い,ダブルチェックの徹底など看護体制を確認するとともに,患者にも内服説明を行い協力を得て,指示どおりに正確な服用ができる体制を整えました。
今回の入院当初,患者には全身倦怠感,呼吸困難による死の恐怖が垣間見え,会話もできない状態でした。そのような場合は,安静にして漢方薬を内服しながら身体を温め,自然治癒力が高まるのを待ちます。動物が冬眠して春をじっと待つようなイメージの治療です。
漢方薬による治療が著効し,患者が少しずつ活動的になるまで,看護師は可能な限り頻回に訪室し保清や換気を行います。食事や排泄の観察等をしつつも会話は控え,見守る姿勢を続けていきました。患者より入浴の希望があったのは入院後1か月が経過したころでした。さっそく主治医の許可を取り,酸素チューブをしたまま入浴を行いました。入浴を機に少しずつ気力も出てきたようで,それからは訪室にあたり,積極的な傾聴を心がけました。
経過が長いこともあり,本人はあまり表出しませんが,心理的な不安も相当あると推測されます。以前,父親との死別を契機に症状が増悪し,入院に至ったこともあります。現在患者は一人暮らしのため,退院に向けて環境調整の必要があり,ソーシャルワーカーにも介入してもらいながらチームで療養を支援しています。
まとめ――漢方専門医より
本症例では肺という特定の臓器が主に傷害されているようにも思えますが,副鼻腔炎(鼻),続発性消化管アミロイドーシス(大腸)と,この3か所は漢方医学で関連が深い臓器として知られています。漢方医学的病態の把握の基本は,「陰陽虚実」「気血水」「六病位」などですが,時に臓器別の特殊性を考慮して治療することもあります。
本症例では感染症の治療に抗菌薬が使用できないという問題があり,また慢性炎症により,漢方医学的に極めて消耗した状態(陰虚証)であるということが治療上の大きな障害となっていました。すなわち,通脈四逆湯のような温補剤がまず基本的に必要です。
その上で桂枝二越婢一湯のような抗炎症的な処方で対応する必要があるのですが,一般的な使用量では副作用が出るため,少量頻回投与が必要でした。したがって,主たる症状の変化もさることながら,細かな時間指定による投薬と副作用出現にも注意を払う必要があります。さらに,呼吸器症状が改善すると腹部症状を訴えることがしばしばあり,西洋医学的のみならず漢方医学的にも難しい症例でした。看護スタッフには,精神的なケアを含めて本当によく対応していただいたと思います。
(つづく)
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