医学界新聞

連載

2009.03.09

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第7回 〕

間奏曲:嵐の前の静けさ

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2817号よりつづく

 皆さん,こんにちは。第7回の折り返し点を迎えました。今回は,Fulminant Quintetを鍵概念として,第1回から第6回までの内容を復習してみましょう。

「かぜ症候群」と「風邪」

 「風邪」の症候論において,「かぜ症候群」=「ウイルス感染により生じる上気道カタルを主徴とし自然治癒する疾患」は,極めて小さな部分を占めるに過ぎません。しかしながら,患者と医師の間で交わされる「風邪でしょうか?」「きっと風邪でしょう」といったありふれた会話の中で,「風邪」の語は,「軽症」「自然に治る」という語感で塗り固められています。実際,「かぜ症候群」の伝播流行はその通りなので,致し方ない現象です。医師の側で注意すべきことは,患者は医療従事者ではないので,体の変調を,何かと「風邪」に結びつけて訴える傾向があるという点です。したがって,「風邪」診療における医師の仕事は,「風邪」の仮面をかぶった危険な疾患を,たとえまれであっても,見逃さずに診療すること。この1点に尽きます。そのための秘訣は2つです。

風邪という医学的診断は禁忌

 1つ目の秘訣は,「風邪」の訴えに対して,安易に「風邪」のレッテルを貼らないこと。患者と医師の会話の具体例を挙げてみましょう(表1)。例1では,「風邪」を訴える初診患者に対して,「風邪」ではないかもしれないと断り,症状を具体的に説明するようお願いすることから,診療関係を開始しています。また,例3では,再診患者が「風邪でした」と報告するのを聞いて,「よかったです」とあくまで事後的に「風邪」と認証しています。どちらの会話においても,「風邪」の語自体は医学的実態を担っておらず,ただ,患者と医師のコミュニケーションを円滑にすることに機能しています。

表1 「風邪」コミュニケーション

例1 診療
医師 今日は,どうされましたか?
患者 2週間前にひいた風邪が治らず,診てもらいたいと思いまして……。
医師 それはお困りですね。風邪かどうかは診察してみないとわかりませんので,詳しくお話を聞かせてください。

例2 診療
医師 風邪だと思いますので,とりあえず,風邪薬を出しておきます。
患者 ありがとうございます。でも,先生,熱が下がらないときには,どうしたらよいですか?
医師 とりあえず,様子を見てください。大丈夫ですよ。

例3 診療
患者 先生,この間,調子が悪かったのは,あれ,風邪でした。おかげさまで,すっかり治りました。
医師 そうでしたか,風邪でしたか。何事もなく,治ってよかったです。

 一方,例2はどうでしょうか。よくある会話ではありますが,相互信頼が成立しているhigh contextな診療関係の中で使用しないと,その後の経過が「風邪」でなかった場合,誤診として問題になります。除外診断である「かぜ症候群」の意味で「風邪」の言葉を使用していることを,医師本人が自覚しているのであれば,問題ありません。しかし,多くの場合,医師の「風邪でしょう……」は無自覚の口癖です。今一度,念を押しますと,「風邪」という言葉は,コミュニケーションを円滑にするための「枕詞」として使い,医学的診断名としては使わないようにしましょう。Low contextな場においてほど,重要な秘訣です。

「風邪」診療の三焦

 2つ目の秘訣は,連載第1回でご紹介した「『風邪』診療の大前提」です。三焦として再掲します(表2)。この三焦は,ただ字面を理解すればよいのではなく,実践を通して「腑に落ちる」ところまで到達しなければなりません。1)の「専門意識にとらわれるな」は,専門を持たなくてよいという主張ではありません。専門を極めた後,その専門を捨て去れ。自己の専門性に凝り固まらず,その専門性を拠り所として,一段上の全体性の獲得をめざせという智慧です。

表2 「風邪」診療の三焦
1)専門意識にとらわれると,診療能力が低下する。あらゆる経験と分野を糧に研修しよう。
2)知識の収集ではなく,目の前の患者に意識を集中し,患者の人生と価値観を理解しよう。
3)診断のみに終わらず,治療と患者教育にも徹底的に付き合おう。経過こそが最良の教師。

 次に,頭脳明晰な人ほど,2)に留意です。臨床医学において,知識は経験に先立ちません。「劇症肝炎における羽ばたき振戦の感度と特異度は……」といった知識の断片をどれだけ積み上げても,現場では役に立ちません。診療は4次元であるにもかかわらず,知識は2次元だからです。

 最後に,3)は,臨床はゲームではないことを指摘したものです。診断学に夢中で,高度の完璧を期すわりに,治療の段となると,姿をくらましてしまう医師を見かけます。医師の仕事で,診断は「序ノ口」。続く治療と教育こそ,泥臭く,労多く,報われないこともしばしばですが,本体です。ERや外来で振り分けた患者のその後の経過と転帰を,医局の電子カルテを介してではなく,きちんと現場に足を運んで,追跡してください。

五臓六腑の劇症疾患

 この三焦を徹底するべく,連載第2回から第6回まで,5症例を提示しました。意図せず,劇症疾患(fulminant disease)が並びました(表3)。劇症型心筋炎,劇症肝炎,急速進行性糸球体腎炎,鳥インフルエンザH5N1亜型,劇症1型糖尿病。以下,これらを一括してFulminant Quintetと呼び,FQと略しましょう。これ見よがしに難しい病気を集めたわけではなく,FQには,三焦を常々意識させる3つの教育点があります。

表3 Fulminant Quintet
連載回 患者 主訴 最終診断 責任
臓器
2 Lさん
26歳・女性
旅行中に風邪を引いて,具合が悪い 劇症型心筋炎
3 Mさん 
47歳・女性
いつまでも風邪が抜けず,体がだるい 劇症肝炎
4 Nさん 
77歳・男性
風邪が治らず,咳が止まらない 急速進行性糸球体腎炎
5 Oさん 
19歳・女性
風邪をひいた後,喘息の発作が出た 鳥インフルエンザH5N1亜型
6 Pさん 
46歳・男性
風邪をひいた後,吐き気のため食事ができず,点滴を希望 劇症1型糖尿病

 第一に,Fulminant Quintetでは,患者が責任臓器を指差しながら,外来を受診するわけではありません。すなわち,FQは,責任臓器が明確でありながら,その症状は非特異的かつ全身性です。また,病勢の進展とともに,単一臓器の管理だけでは治療が完結せず,全身管理が必要となります(cf.表2 1))。例えば,劇症型心筋炎であれば,ショック,代謝性アシドーシス,急性腎不全,DIC,多臓器不全,感染症の併発はまれではなく,循環器病学における心不全治療だけでなく,内科系共通の全身管理技術が必要です。第二に,FQは,放置すれば数日で死の転帰を迎えるという経過をたどるため,診断への固執や漠然とした経過観察は禁忌で,診断と治療を併行させなければ,救命できません(cf.表2 3))。例えば,急速進行性糸球体腎炎の場合,血尿の精査をしている間に,患者が肺出血を起こしてしまうことがあります。第三に,FQは,平安な生を突然に打ち砕き,患者と家族に甚大な精神的苦痛と経済的損失を与えます。医師に求められていることは,的確な診療はもとより,患者と家族の不安と恐慌を共有し,心のこもった繊細な人間関係を樹立することです(cf.表2 2))。

 

 いかがでしたか。今回は,Fulminant Quintetを鍵概念として,連載の前半を復習しました。誤解なきものと信じますが,開業医やPrimary CareがFQを見落としやすいとは主張していません。専門医やTertiary Careでも誤診療の実状は大差ありません。肝心なことは,肩書きや標榜ではなく,透徹した診療能力を備えているか否かです。

 

 連載の後半は,どのような展開になるでしょうか? 亜急性-慢性な経過をたどる「風邪」についてはまだ触れていません。また,入院診療で遭遇する「風邪」は,外来空間とは異なる思考と戦略が必要です。今回,「調べてみよう!」のコーナーはお休みです。束の間の平安に,ほっと一息。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その七

背丈の不揃いな側板から成る木桶で水を汲むと,もっとも背丈の低い側板から水が漏れてしまい,その高さ以上には水を汲むことができません。弱点の分析と補強に努めましょう。

つづく

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