医学界新聞

連載

2008.10.06

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔第2回〕

「風邪」の仮面:Commonに先立つCritical

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2796号よりつづく

 第1回は,「風邪」診療のための準備体操を行いました。「かぜ症候群」についての自己学習も完了しているかと存じます。さっそく,今回から,本格的に「全方位研修」を開始して参りましょう。

 「鑑別診断の3C」はご存じですね。Common,Curable,Criticalの3語で,「よくある疾患」,「確実に治療できる疾患」,そして,「重症疾患」について,必ず考慮しなさいということです。今回は,この3Cの位階を意識する練習です。


■症例

Lさんは生来健康な26歳女性,大手旅行会社のツアーコンダクター。「旅行中に風邪をひいて,具合が悪い」。独身,独居。

ビニュエット(1)
A医院を初診

6日前,ソウルに団体旅行の引率中,突然に,発熱,頭痛,全身倦怠感が生じた(1)。常時携行している市販の解熱鎮痛薬(ibuprofen)を服用し業務継続。宿泊先では,毎夕38℃台の発熱。5日前より咳も生じた。仕事柄,海外滞在中は,虫刺されに気をつけ,野外活動はせず,魚貝類も食さない。4日前に帰国。胸部の苦悶感と「息が吸いきれない感じ」が生じた(2)。喀痰なし。3日前,朝食後,嘔吐。吐物は非血性。腹痛・下痢なし(3)。職場に欠勤連絡し,A医院初診。体温38.2℃。血圧114/58mmHg。眼,口腔,咽頭,呼吸音に異常なし。本人は「いつもの風邪と違う(4)」と訴えたが,「お腹の風邪でしょう」と説明され,総合感冒薬と整腸剤を処方された。

問題点を整理してください。

 「いつもの風邪と違う」という本人の訴えを無視してはいけません((4))。病歴を見直すと,「かぜ症候群」にしては,典型的な上気道カタル症状(鼻汁,鼻閉,咽頭痛など)を欠き,インフルエンザ様(flu-like)の発症です((1))。インフルエンザ(A or B)とその合併症である肺炎,心筋炎を鑑別します。

 呼吸器と消化器に「風邪」の症状を引き起こすウイルス科には,レオウイルス科,ピコルナウイルス科,カリシウイルス科などがありますが,「お腹の風邪」にしては,腹痛と下痢を伴わない嘔吐だけがやや遅れて出現しています((3))。したがって,「旅行者下痢症」は考えにくく,嘔吐は消化器系外疾患の合併症かもしれません。

 無視できない不穏な訴えは,「胸部の苦悶感」,「息が吸い切れない感じ」です((2))。すばやく呼吸器系と循環器系を点検したいところです。患者背景と発熱の経過を併せれば,感染性または自己免疫性の機序により,横隔膜上臓器に炎症が波及し,呼吸不全または循環不全を来たしていると推定できます。上気道症状に乏しいまま健常人が肺炎になるとは考えにくく,肺塞栓,自然気胸も,典型的な経過ではありません。ここに至って,脈拍・呼吸数・心音が記載されていない不備を発見します。「心か肺か」の分析には,完全な「バイタルサイン一式」が必要です。

ビニュエット(2)
B病院を初診

2日前の明け方,息苦しさで覚醒。立ちくらみと動悸を自覚。鏡に映った蒼白の顔に驚き(5),朝一番でB病院を初診。咳は改善。喀痰なし(6)。血圧102/50mmHg,脈拍106/分,体温37.4℃。渡航歴,前医の診断を伝えると,眼,口腔,咽頭,頸部,胸腹部を診察の後,胸部レントゲンを撮影。CTR=50%。「軽い肺炎。発熱による脱水」との説明を受け,点滴による補液1000mlと抗生剤投与を施行。本人は「少し楽になった」(7)。3日間,点滴に来るよう指示された。嘔気・嘔吐なし。便通・便色に異常なし(8)。1日前,B病院再診。点滴後,息苦しさが増強し,休み休み歩きながら帰宅した(9)。

病態を仮説してください。

 咳や嘔吐は軽快しましたが((6)(8)),日常の労作能力が急速に悪化((9))。「お腹の風邪」ではなさそうです。動悸,立ちくらみ,蒼白,息苦しさ((5))は何を示唆しますか? 体温の割に頻脈ですが,脱水の解釈で正しいでしょうか? 消化管出血も不正性器出血もないところ,循環血漿量減少性ショックを仮定してみても,1回目の補液により症状改善((7))し,2回目の補液により症状増悪((9))した点が合致しません。2回目の補液で循環血漿量が相対的に過剰になったと考えれば,焦点はむしろ心原性ショックです。敗血症性および血管閉塞性ショックとの鑑別も含め,緊急で精査が必要です。

ビニュエット(3)
C医療センターに緊急搬送

当日,徒歩でB病院に向かう。歩道に座り込んでいるところを,通行人が119番連絡。救急隊現着時,意識清明,血圧82/38mmHg,脈拍124/分,呼吸数24/分。SpO2=90%。体温37.6℃。酸素投与(フェイスマスク6L/分)を開始し(SpO2=94%),C医療センターに搬送。

診察上,呼吸窮迫。皮膚:冷汗著明,チアノーゼなし。眼球結膜貧血なし。眼瞼結膜黄染なし。両側頸静脈怒張著明。奔馬音および湿性ラ音を聴取。下腿浮腫なし。直ちに経口気管内挿管を行い,陽圧換気開始。胸部レントゲン上,肺うっ血。心電図上,低電位,V1からV6でST上昇。超音波上,左室壁肥厚と輝度上昇,全周性の壁運動低下(EF=20%)と心嚢液貯留。検査中,突然に,脈拍38/分,収縮期血圧50mmHgまで低下。心電図上,完全房室ブロックを認めたため,体外式ペーシングを開始した。

臨床診断は何ですか?

 本症例は,この後,体外式ペーシングでも血圧が回復しないため,ICUにて大動脈内バルーンパンピング(intraaortic balloon pumping:IABP)と経皮的心肺補助(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)を装着。心室静止を伴う無収縮状態が3日間続いた後,入院第7病日にIABP離脱,第9病日にPCPSを離脱し,回復。ペア血清検査によりコクサッキーB型ウイルス(ピコルナウイルス科エンテロウイルス属)が証明され,PCPS離脱後に実施した心内膜心筋生検により,間質のリンパ球浸潤,心筋細胞の融解壊死を確認。第16病日,心臓リハビリテーションのため一般病棟に転床し,第43病日,軽快退院しました。

 診断は劇症型心筋炎。急激に心原性ショックに陥り,補助循環なしでは数日で死に至る心筋炎の一型です。基礎疾患のない健常人にも突然発症するため,Primary Careの場で「ただの風邪」と診断されてしまうと,適切なTertiary Careにたどり着けないことが最大の問題です。診察上,奔馬音は当然ですが,頻脈がよい手がかりとなります。頻脈の原因を発熱や脱水のためと安易に片付けてはならず,体温の割に頻脈が高度の場合,その場で原因を突き止めるか,責任を持って経過観察します。

 急性心筋炎が,風邪症状出現→小康期間→心不全症状出現の二峰性経過をたどるのに比較し,劇症型は,風邪症状+心不全症状の一峰性経過をたどり,数日で心肺危機に陥ります。したがって,病初期に「風邪」として自宅療養となるか,「心筋炎疑い」などで入院経過観察となるかが,転帰の明暗を分けます。胸痛・不整脈・ショックのいずれかを認めれば医学的関心を引きますが,いずれも認めない場合,入院に至るまでの受診回数だけが増え,確定診断が遅れると,予後不良です。「風邪」の仮面をかぶった心筋炎に注意しましょう。

劇症型心筋炎の診療

(1)「風邪」の鑑別に,必ず「心臓の風邪」を加えよう。成人でも小児でも。
(2)一人医師体制でも,心電図・心臓超音波・トロポニンT定性検査が施行できれば,臨床診断可能。
(3)救命の鍵は早期発見。疑ったら,待たずに適切な高次医療機関に紹介。

 劇症型心筋炎は致死的心疾患の代名詞であり,突然死の原因としても重要です。まれな疾患ですが,critical中のcriticalゆえcommonに先立ちます。百千万の「風邪」を上手に診療できたとしても,劇症型心筋炎を毎回見落としているとしたら,とても悲しいことです。一例の劇症型心筋炎は,救急総合診療の百を教えます。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その二

「風邪」の訴えに「風邪」のレッテルを安易に貼らないように。医師の仕事は,「風邪」の仮面をかぶったまれで重症な疾患を,間違いなく診療することです。

調べてみよう!

劇症型心筋炎について
1)原因は? 劇症化の機序は?
2)Bridge to recoveryとbridge to transplantationを鍵概念として治療法をまとめよう。
3)近隣で集学的治療ができる医療機関を調べ,患者発生に備えよう。

つづく

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