医学界新聞

連載

2008.08.25

研究以前モンダイ

〔 その(17) 〕
研究とは何か?:研究デザインの極意

西條剛央 (日本学術振興会研究員)

本連載をまとめ,大幅に追加編集を加えた書籍『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』が,2009年10月,弊社より刊行されています。ぜひご覧ください。


前回よりつづく

研究の原初形態

 今回は「研究とは何か?」という問いを出発点として,研究をデザインするまでのコツについて解説していきたいと思います。

 「研究」というと日常生活とはまったく関係ない高尚なモノのように思う人もいるかもしれませんが,そんなことはありません。実は僕らは日常生活においても“研究らしきこと”はやっているのです。

 初対面の人と会ったときのことを考えてみましょう。まずその人を見て分かることは相当あります。性別はいうに及ばず,だいたい何歳ぐらいで,学生かサラリーマンか主婦かといったことを,意識せずとも判断しているものです。これが「観察」の原初形態です。その結果「気さくそうな人だな」と思ったならば,それはその人について「仮説」を立てた,ということができます。「仮説生成」したわけです。

 それを確かめるために,話しかけてどういう反応をするかを見てみることにします。仮説を確認するため何かを試み,その様子を観察するという意味で,これは「実験的観察」の原型といえます。その結果,モノ憂げにあしらわれたならばその仮説はさしあたり「棄却」されたということになり,先の仮説は「そっけない人」という仮説に修正することになるかもしれません。逆にとても気さくに対応してくれたならば,仮説は「検証」されたといえるでしょう。

 また「どこの出身なのだろう?」といった関心を持ったならば,「どこからいらしたのですか?」と聞いてみればよいでしょう。これが「インタビュー」の原型です。多くの人の情報を手っ取り早く集めたい場合には,関心のある項目を設定したアンケート用紙を配れば,これは「質問紙法」の原型といえます。

 以上のことから,研究手法とは,関心を満たすために「見る」「試す」「聞く」「書く」といった日常行為の延長にある手段であることがお分かりになるでしょう。

私的探究と研究の違い

 しかし,こうしたことは日常生活における「私的探究」とでもいうべきものであり,本連載で解説してきた「研究」とは異なるものです。それでは,それらの違いはどこにあるのでしょうか?

 それは“知見が公共化されているかどうか”です。先に述べた私的探究は,あくまでプライベートな探究であり,公に開かれた知にはなっていません。それに対して「研究」とは,知見を得るまでのプロセス(諸条件)が開示されているため,他者が批判的に吟味し,その知見の有効性と限界を踏まえた上で活用可能な“提示のされ方”をしているものなのです。日記と事例研究の差異や,テレビのドキュメンタリーとエスノグラフィーの違いもこうした点にあるといえます。

 そこで公共性のある知見を得るための研究デザインの極意をお伝えしましょう。それは“学術的意義のある研究関心を設定し,研究デザインは関心相関的に組む”というシンプルなものです。以下説明していきましょう。

学術的意義のある研究関心を設定するコツ

 学術的意義の有無は基本的に先行研究との関係で決まるため,関連する先行研究を踏まえる必要があります。そうはいってもすべての関連する先行研究を精査するのは容易ではありません。特に現場で働いている多くの人にとっては,国内外の関連しそうな先行研究を隅から隅まで読むことはほとんど不可能といってもよいでしょう。だからといって先行研究を踏まえなければ,上記の理由から研究とはいえないため,やはり必要最低限の先行研究は踏まえる必要があります。

 こうしたジレンマを打開する裏技をお教えしましょう。まず「これはおもしろいのではないか」と研究の発想を得たら,その道の専門家に相談するのです。その専門家が建設的な態度の人であれば「それはおもしろいと思うけど,そのテーマでは比較的多くの研究がされているので,例えばこういう観点からアプローチしたらこれまでみたことのない新しい研究ができるかもしれないよ」といったアドバイスをしてくれるかもしれません。

 ここでのポイントは「(1)それはすでに行われているので研究する意味がない」「(2)それは少し工夫すれば新しい研究になりそうだ」「(3)それは斬新な研究になるのでぜひやってみるべきだ」といったように(建設的な)専門家に「判定」してもらう,という点にあります。(本物の)専門家であれば自分の専門領域の研究動向を把握しているはずですから,そうしたおおまかな判定ができるものなのです。

 ただし指導教官でもない限り,見知らぬ人が突然アドバイスをもらうのは難しいでしょうから,講演やシンポジウムに行って顔見知りになったり,研究会のお手伝いをすることなどで関係構築をしておくことが前提となるでしょう。その間に,その専門家が相談に乗ってくれそうかどうかを見極めることもできるかもしれません。

 専門家の判定により見込みがありそうとなったならば,調べるキーワードについてもアドバイスをもらい,先行研究を検索し,関連性のある文献を集めます。先行研究を集めるなかで,関連する先行研究をレビューしている「総説」や「レビュー論文」があったら,それは大いに参考にすべきです。そこでは当該研究領域ではどういう研究が行われていて,今後どういう研究が必要なのかが総論的に書かれているためです。

 このような手順を踏むことで,手当たり次第に文献を読み込むような労力を省くことができます。こうした手順は一般的な解説書には書かれておらず,知っていれば大いに労力を省くことができるでしょう。

文献は関心相関的に読む

 次に文献を読むことになります。文献は最初から最後まで全部精読すべきだという方もいますが,基本的には自分の関心から読み込めばよいのです。これを「関心相関的文献読解法」といいます。例えば「Aというテーマについて数量的研究はたくさんあるが,質的研究はないだろう」という専門家の見込み(アドバイス)を確認してみたい場合,Aに関連する先行研究を集めた上で「数量的に検討されている/質的に検討されている」という視点から文献を分別します。この場合,アブストラクト(要約)や方法のところにざっと目を通すだけで結論を出すことができますから,圧倒的に効率よく精査していくことが可能になります。逆にいえば,そのように「関心」を明確化せずに文献を精読しても,時間と労力がかかるだけでなく,自分にとって意味のある読み方ができない可能性が高いのです。

研究デザインの極意

 先行研究を検討して学術的意義があることを確認できたら,いよいよ研究デザインを行うことになります。

 研究デザインの段階ではよく「どの分析法が一番よいでしょうか?」「何名ぐらい必要でしょうか?」といった質問を受けますが,研究を構成するすべての要素の価値は研究関心(何をやりたいか)に応じて決まるため,そこが定まっていないと何ともいえない,というのが本当のところなのです。

 したがってフィールド,対象者,データ収集法,データ分析法といったものは研究関心に照らして適宜選択していけばよいということになります。ただし実際に研究を行う際には,限られた資源(時間,資金,コネクション,倫理的制約)のなかで研究を行う以上,理想通りにデザインできるわけではありません。

 したがってそうした現実的制約を考慮した上で,その範囲内において学術的意義のある研究関心(リサーチクエスチョン)を設定していけば,現実的で内的一貫性のある研究デザインを組むことができるでしょう。

 以上のように,(1)学術的に意義がある研究関心(リサーチクエスチョン)を定め,(2)現実的制約を勘案しつつ,研究関心に照らしてフィールド,対象者,データ収集法,データ分析法を選択していくことを「関心相関的研究デザイン構成法」と呼びます

 これは質的,量的を問わず,あらゆる研究をデザインする際の極意といえる原理的方法といえるでしょう。

この項つづく


西條剛央
早稲田大学人間科学研究科にて博士号取得後,現職(今年度任期終了につき就職活動中)。養育者と子どもの「抱っこ」研究と並行して,新しい超メタ理論である構造構成主義の体系化,応用,普及を行っている。著書に『構造構成主義とは何か』(北大路書房)『ライブ講義・質的研究とは何か』(新曜社)などがある。

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