医学界新聞

連載

2008.07.21

研究以前モンダイ

〔 その(16) 〕
事例研究をまとめるコツ:関心相関的論文構成法

西條剛央 (日本学術振興会研究員)

本連載をまとめ,大幅に追加編集を加えた書籍『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』が,2009年10月,弊社より刊行されています。ぜひご覧ください。


前回よりつづく

論文執筆過程の技法

 研究関心に照らして対象者を選び,データ収集法を選択し,データを収集,分析し,結果を得ていく(構造を構成する)段階,これを「構造探索過程」と呼びます。それに対して今回解説するのは「論文作成過程」です。

 研究というと“データを収集して,分析するまで”をイメージされる方も多いかもしれませんが,実はこの論文作成過程でも,研究が持つ説得力は大きく左右されます。その割には論文作成過程で“使える技法”はあまりありませんので,今回は事例研究を論文や抄録といった報告書としてまとめるコツをお伝えしていきたいと思います。

 ここでなぜ事例研究を取り上げるかお分かりでしょうか? それはさまざまな研究のなかでも,事例研究は書き方がちょっとマズイだけで研究そのものの信憑性が低くなってしまうことが多いため,これを説得力ある報告としてまとめるコツを身に付ければ,すべての研究報告・論文作成に応用することができるためです。

研究目的再設定法

 論文作成過程において優れた研究者がこっそり実践している奥義の1つを紹介しましょう。仮説生成型の研究で顕著ですが,あらかじめ知見(構造)がどのようなものになるか予測できない部分もあるため,最初の研究関心と得られた構造が微妙にずれてくることは珍しくありません。

 例えば研究課題として事例研究を行う場合,研究計画書(あるいは予稿)の段階では「本研究は離職率の高い医療機関がどのようなプロセスを経て改善していったかを明らかにすることを目的とする」としていたとします。しかし,結果としてそのプロセスを“明らかにする”という強い表現に耐えられるほどの明確な知見は得られませんでした。さしあたって研究の成否はその研究目的に照らして判定されるため,その場合,不成功と判断されることになります。

 ところが,ここで研究目的のほうを変えれば,そこで得られた知見には十分な意味を見出すことができる,という場合が往々にしてあります。

 こうした場合は,研究で得られた知見から逆算的に目的を再設定すればよいのです。例えば「本研究は,離職率の高い医療機関がどのようなプロセスを経て改善していったか,その構造の一端を明らかにすることを目的とした探索的仮説生成研究である」といった形に目的を再設定することによって,研究結果と目的の間にあった乖離を埋めることができます(これを「研究目的再設定法」と呼びます)。

 他の研究でも同様ですが,特に事例研究では大仰な目的を掲げると“羊頭狗肉”と受け取られることも多く,論文作成段階で研究目的を等身大に修正することが,研究そのものの説得力を高めるケースは少なくありません。

 ただし,当然のことながら質の低いデータから良質の構造を得る(論文を書く)ことはできません。これはどんな研究結果であっても研究目的を書き換えれば研究の質が上がる,ということではなく,得られた知見をもっとも効果的な形で提示するための技法と考えたほうがいいでしょう。したがって,構造探索過程である程度以上の質のデータをとることは大前提となります。

恣意性問題とは何か?

 構造探索過程では,途中で「このほうがよさそうだ」といった直観的判断で何らかの選択を行うことがあります。こうした臨機応変の対応は研究者に求められる素養ではありますが,その結果「自分に都合のよい事例やテクストを恣意的に選んでいるのではないか」という批判を呼び込んでしまうことがあります。

 この際「事例研究はどうしたって恣意的になるんだ」と開き直るのは,妥当な反論になりません。その...

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