1年かけて総合的能力を育む(市立砺波総合病院)
2008.06.23
1年かけて総合的能力を育む
市立砺波総合病院(富山県砺波市)
「今日は吸引がうまくいきました。これまでは管を鼻から入れるときに途中で止まってしまって……」「私は鼻の構造を考えて,管を鼻に沿わせるようにゆっくり入れなさいと指導されたよ」「入らなかったら,その根拠を考える。解剖生理の本で調べてみよう,という姿勢を今のうちに身につけて」
17時から始まった臨床研修看護師の1日の“ふりかえり”の場面である。その日に学んだことをメモに書いた後,1人ひとり発表する。時間は3分。だらだらとした“おしゃべり”にならないよう,坂東桂子前教育担当科長が編み出した策だ。そして,各人の発表を聞いて何を感じたのかを話し合う。ポジティブ思考が原則。時折同席している坂東さんからもコメントが入る。
“ふりかえり”の共有後,そこで得たことを再びメモに記していく。そうして日々書き留められたメモは各自のポートフォリオに入れ,1週間ごとにさらに凝縮した内容にまとめる。その成果は,1つの部署での研修が修了するたびに病院職員に向けて発表されることになっている。
前期は看護技術,後期はチームの一員として看護業務を展開
市立砺波総合病院では,2007年4月より臨床研修看護師制度を開始した。1年間のローテーション研修を基本とし,前期(4-9月)と後期(10-3月)に分かれている。前期はICUや手術室など配置の手厚い部署において,重症患者を通して看護技術を習得。後期は内科系病棟・外科系病棟でチームの一員として看護業務を展開する。夜勤業務が始まるのは後期から。最後の2か月間は希望部署での研修が行われる。看護技術の指導方法は,1対1のシャドウイング。まずは指導者の実践を見て,その後自らが実践しながら身につける。習得する看護技術は厚労省の新人看護職員到達目標103項目に則っているが,その技術を何回実践したのか,きちんと習得できたかどうかなどについては,研修制度開始にあたって各部署の指導者たちが作成したチェックリストで管理している。
今年度の臨床研修看護師(2期生)は5人。嘱託という身分で,看護職員数には含まれていない。同院には,正職員として採用された新卒看護師もいるが,研修看護師の給与はその7-9割程度。教育方法も明確に異なる。新卒看護師の指導者が卒後3年目のプリセプター中心であるのに対し,研修看護師へは経験豊富な主任クラスの看護師。1年間で身につけるべき能力も,前者の「配属部署の知識・技術が習得できる」に対し,後者は「臨床看護師として必要な総合的能力が兼ね備えられる」。
技術に対する不安を解消したい
2期生が研修制度を選んだのは,「看護技術の不安を解消したかった」からだという。臨地実習では患者さんに提供できるケアが限られており,思考過程を学ぶところで止まってしまう。学内演習でも,注射の練習はモデル人形が相手。そんな状態で現場に入ることが不安でたまらなかった。家族からの勧めもあったという。また,「ローテーション研修を通して自分に向いている科をみつけたかった」という人もいた。
入職にあたり,多くの新卒看護師が抱く“押しつぶされそうな不安”は感じなかった。「研修制度は,私たちの不安を受けとめてくれる選択肢です。今は目の前のことでいっぱいですが,自分が日々成長しているのを感じます。できることが増えていくのが楽しい。でも,『今日はできなかった』なんて言っていられるのは,研修生だからかも」。
先輩たちの実践が生きている
研修制度の1期生で,現在正職員として勤務している東保望美さんを訪ねた。患者への点滴の場面,その日入院してきたばかりの患者にもかかわらず,2人の会話はスムーズだ。冗談にも笑顔で答えながら,患者が移動しやすいようにさりげなく点滴スタンドの位置を動かすなど,気配りを怠らない。心配そうに見ていた坂東さんも,東保さんの成長した姿に満足気だ。東保さんは「シャドウイングでいろいろな先輩の実践をみて,患者さんとのかかわり方を学んだ」という。上司である嶋田美春さんは「さまざまな部署を経験しているため,持ち場の特殊性を理解している。また,自分から積極的に関係をつくるのがうまい」と評価する。
同じく1期生の宮島葉月さんは,「指導者に1年間ずっとついてもらえるのがよかったです。自分の癖をよくなるまで何回も指導してもらえ,充実していました。また,それぞれの実践に根拠があり,患者さんへの思いがこもっていることが分かりました」と話す。
つらいこともあった。特に,1-2か月で部署が変わるため,スタッフや環境に慣れるのが大変だったという。また,同じ時期に入職した新卒看護師が業務をこなしているのを見て,焦りも感じた。先輩たちは「立場が違うのだから」と慰めてくれたが,何より励みになったのは同じ研修看護師の存在だった。「“ふりかえり”のときに,ほかの人がどんな学びをしているのかを知ることができました。研修生でなければわからないつらさも共有できました」。
宮島さんは,今でも1日の業務が終わった後,先輩から教わったことなどをメモし,“ひとりふりかえり”を実践している。
“手をかける”ことが大事
一方,研修看護師を受け入れる現場の看護師たちは,研修制度についてどのように感じているのだろうか。昨年度前期研修で,ICUにおいて指導に携わった田中晴美さんに,“指導者”という経験について聞いた。通常の新卒看護師に指導するのとでは,その方法に何か違いがあったのだろうか。
「研修の目的は,『指導者の姿を見せる』こと。そうして理解してから技術を身につけていきます。これまで新卒看護師には疾患を絡めて指導していましたが,研修生の場合は技術の習得に目標を絞りました。他の部署を回ってから来る研修生の場合はできる技術も増えているので,プラスアルファの部分を研修生に確認しながら指導しました。患者さんの持てる力を最大限に生かすこと,合併症予防など先を見越した看護の重要性など,私が伝えたかったことをよく理解してくれました」。
指導にあたっては,研修生の息づかいやものごし,しぐさをよく見るようにと言われていた。しかし,「自分にとっても初めての研修制度だったので,心して見るほど余裕がありませんでした。どう教えたらいいか,職場での研修生の立場をどうすればいいのかなど,迷いもありました。でも,研修生の表情をよく見ていると,ちょっと教えたらすぐにできる研修生もいるし,こだわりがあって毎日同じことを研修したいという人もいて,その人の個性や力量に合わせて指導しなければいけないと感じました」。
そういった個別的な“手をかける”指導方法は,今年度の新入職員への教育にも取り入れているという。また,研修制度において研修プログラムを練り,自分たちの実践を言葉にしたことで,技術の標準化につながっている。
◆市立砺波総合病院
病床数:514床 診療科数:23科
職員数:748名(うち看護職員395名)
入院基本料:7対1
平均在院日数:14.0日
“育てる文化”の醸成をめざす
高堂喜美子氏(看護部長)に聞く
――臨床研修看護師制度を導入した経緯を教えてください。
高堂 当院では,2004年に医療事故があったのですが,その裁判で,新卒看護師も他の経験を積んだ看護師と同様に責任が問われたということがありました。そのときに,小杉光世院長(当時)より,看護師の臨床研修制度化の提案がありました。
以前から,徳島赤十字病院で2002年から実施されている臨床研修看護師制度に興味を持っていたため,小杉院長と伊藤恒子参与(当時)と私とで徳島を訪れました。水口艶子看護部長からは,「現場のなかでどう組み立てて指導をすればいいかを日々考え,勉強することで,確実に現場の看護レベルも上がった」と聞きました。屋根瓦方式をとることにより,現場の看護師も育っていくことに非常に感動しました。
当初,当院も徳島赤十字病院のように新卒看護師を職員数にカウントしないということを大事にしたいと思っていました。しかし,ぎりぎりの定数でやっていると現場の負担が非常に大きくなってしまうため,新卒看護師全員を研修看護師として採用することは困難でした。新卒を含めた新入職員と臨床看護師との違いをどうするかについて,給与などを含めていろいろ検討し,研修看護師は病院が,新卒看護師は市が採用というかたちをとりました。
――手ごたえはいかがですか。
高堂 研修の成果はもう少し長いスパンでみていく必要がありますが,指導者の育成に力をいれる必要があると感じています。昨年度は,指導者自身にもさまざまな迷いがあり,研修生にどこまで要求するかというところが統一できなかったのです。
例えばある人は,患者の病状の急変に気づいたときに対処できることを目標にするといい,ある人は報告できるまででいいという。そういうことが,人によってずいぶん違います。また,シャドウイングにおいて,自分が行っている実践を言葉で語ることが得意な人とそうでない人の差が大きいと感じました。看護部が求めていたことも,明確でなかったのですね。全体の底上げをするためにも,皆で討議して積み上げていかなければいけないと思います。
――“病院全体で育てる,支える”というなかで,管理者の役割は非常に大きいと思います。
高堂 ローテーション研修の場合,研修生は適応するのに時間がかかります。「職員でもないし,学生でもない。私は何の役にも立っていない」と落ち込んだりすることは初めから予測していました。ですから,教育担当科長の業務を現任教育から切り離し,研修生の精神的なフォローなど,全体の調整役として研修に専念できるようにしました。また,プロジェクトチームには研修にかかわる部署の師長と主任が必ず入り,各部署における研修を主体的に行えるように,意見を出しながらプログラムを作成してもらいました。
また,同じ新人でも,育っていく速度も仕事の取り組み方も違います。ですから,その人の長所を見つけながら育てていくことが大事だと思います。ミスをしたり,初めて患者さんの死に立ち会ったり,いろいろな場面でそれぞれの受け止め方があるので,そういう場面をきちんと捉えて,現場でフォローできるようにしていかなければいけないと思っています。
指導者も,教えるという行為を通して自分自身が成長するので,組織全体にとって大きいと思います。今後5年ほどかけて病院全体として“育てる文化”の醸成を進め,もう少し大きな幅で研修生を受け入れることができるようになるといいなと思っています。
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