治療と就労の両立に医療機関は何ができるか
対談・座談会 安藤明美,遠藤源樹,錦戸典子,海永千怜
2024.09.10 医学界新聞(通常号):第3565号より
メンタルヘルスの問題やがん,脳卒中,心筋梗塞といった病の治療と職業生活の維持を両立させるために,一人ひとりに適した支援が求められる。一方で,こうした支援を求める方は年々増加し,扱うべき問題も多様化していることから,中心的な存在として従来対応に当たってきた産業医だけではカバーできなくなってきた。また,全労働者の約6割が産業医・産業保健師の在籍しない中小企業で働いていることも,この問題を複雑化させる要因となっている。本紙では,総合診療医として長年従事し,産業医としても活躍する安藤氏を司会に,両立支援を研究する産業医の遠藤氏,産業保健師の錦戸氏,総合診療医の海永氏による座談会から両立支援のヒントを探った。
安藤 近年,労働者人口の減少に伴い,治療と就労の両立支援の重要性が増しています。両立支援においては企業の産業医や産業保健師が中心的な役割を担っているものの,全労働者の約6割が産業医・産業保健師の在籍しない中小企業で働いています。こうした現状の中,一人ひとりに適した両立支援を行うことは産業医・産業保健師のみならず全ての医療者に求められています。
私はプライマリ・ケア医と産業医それぞれの経験を生かした産業保健活動を行っています。本日は産業医の遠藤先生,産業保健師の錦戸先生に加え,臨床医の立場から総合診療科で働く海永先生に参加していただき,治療と仕事の両立で悩む方々にどのような手を差し伸べていけるのかをお話しできればと思っています。
身近な疾患こそ両立支援が求められる
安藤 はじめに,臨床医の素直な気持ちとして海永先生は両立支援にどのようなイメージを持たれていますか。
海永 「職場での健康診断の結果,紹介状を持って2次精査で来られた方を診療するもの」というイメージを持っていました。自覚症状もなく,受診するよう言われて来られる方もいます。血圧や栄養面など予防的な指導をするものの,再診時に変化が見られないことも多く,職場の産業医や産業保健師と連携しなければならないとの思いを抱えています。産業医や産業保健師がいない中小企業で働く人は多いので,受け持ちの患者が仕事を続けられるようかかわる必要性を感じていますが,十分にできていません。
錦戸 産業医や産業保健師が企業にいると,患者本人の背景や価値観を聞きながら,仕事を続けるための予防も含めた支援をじっくり行えます。ただ,治療を主とする臨床医が就労に関する側面まで対応することの難しさはとても理解できます。
安藤 私は“働く世代”の最初の相談先となり得るプライマリ・ケア医は両立支援の受け皿になると考えています。遠藤先生はこれまで多くの両立支援研究をされています。両立支援の現状と,プライマリ・ケア医のかかわりについてどうお考えでしょうか。
遠藤 がん領域では両立支援が進んでいますが,それでもまだ必要とする方に行き届いているとは言えません。両立支援の対象となる疾患で最も多いのがメンタルヘルス不調で,次いでがん,脳卒中,心筋梗塞となります。がんに関しては,がん診療連携拠点病院が全国に約400か所あり,院内のがん相談支援センターなどで両立支援に取り組みやすい環境があります。
一方で,メンタルヘルス不調は大病院でなくクリニックで治療することが多く,また他の疾患であれば初めは大病院で治療しても徐々に地域移行していくので,組織的に取り組んだ経験のないプライマリ・ケア医はどのように両立支援すれば良いのか手探りなのかもしれません。
安藤 同感です。認知症,心不全,糖尿病といったプライマリ・ケア医にとって身近な疾患こそ両立支援が求められ,積極的にかかわることが期待されますので,関心を持ってもらいたいです。
多職種で協働し,診療報酬も取りにいく
安藤 しかし,両立支援の全てを医師だけで行うには無理があります。どのような職種や組織と連携すれば,多くの医療機関で両立支援が活性化されるでしょうか。
海永 プライマリに患者とかかわる機会の多い看護師との連携は想像が付きやすいです。加えて,入院中はセラピストの方々も日常的に復職を視野に入れたかかわりをしていただいているので,一緒に取り組んでいけるのではないでしょうか。看護師やセラピストとは日ごろから「お家に帰るために」どうすれば良いかを話し合っています。この話し合いに「働くこと」をプラスできないかと思いました。
錦戸 医療ソーシャルワーカー(MSW)の方がいらっしゃる病院ではMSWを中心に両立支援することも欠かせません。現在,治療と就労の両立への指導や情報提供をすることで「療養・就労両立支援指導料」として診療報酬加算を算定できますので,医師だけでなく看護師やMSWとも連携して病院規模で取り組めると良いですね。
遠藤 両立支援が進むがん相談支援センターでの経験でも,看護師やMSWとの連携があって成り立つことを実感しました。両立支援が機能している病院の中には看護師やMSWが医局会などに顔を出して多職種間での信頼関係を構築した上で,積極的に就労支援の連携を取り,診療報酬も取りにいこうとされている施設もあります。
海永 両立支援によって診療報酬加算を算定できること,恥ずかしながら今まで知りませんでした。
安藤 いえ,知らない先生が大半だと思います。メンタルヘルス不調はまだ加算の対象ではないのですが,内科系の疾患や若年性認知症では加算が付きました。臨床医の皆さんは治療や診療のガイドライン,診療報酬改定に関する情報は関心も高く知る機会が多いのですが,両立支援に関する情報は触れる機会も少なく,今日を機に知っていただけてうれしいです。
錦戸 治療と就労の両立支援について情報提供する際,全国47都道府県にある産業保健総合支援センター(https://bit.ly/4dEggjB)では保健師が会社に訪問し個別調整する支援を行っていることや,勤務する会社が協会けんぽに加入していればそこの保健指導も頼りにできることも知ってほしいですね。ぜひ患者本人にその情報を伝え,会社経由で産業保健総合支援センターへ相談することを勧めてもらえれば,その人に適した働き方や職場としての適切な配慮の方法を見いだせるのではないでしょうか。
海永 患者本人に産業保健総合支援センターへの相談を提案するのが正しい紹介ルートなのでしょうか。医療機関から産業保健総合支援センターへ直接「この人の支援をお願いします」と紹介できるとスムーズに思いました。
錦戸 基本的に患者本人と職場の承諾が必要となりますので,医療機関から直接センターへの紹介はできません。
安藤 これは臨床と産業保健の考え方の大きな違いです。臨床では治療を目的として医療機関の間で連携することや紹介状を書くことは抵抗なく行われていると思います。しかし,産業保健の領域では緊急時を除き全て本人の同意と署名が必要となるのです。このため両立支援においてもまずは患者本人が動くことが求められます。
患者本人だけでなく,会社への支援も欠かせない
錦戸 ここまで患者本人への就労支援を中心にお話してきましたけれども,両立支援には就労環境・条件をどう配慮すべきなのかの側面が不可欠です。その意味で会社側への支援も忘れてはなりません。
安藤 おっしゃる通りです。復職に当たって「時短勤務が望ましい」「夜勤は控えたほうが望ましい」といった配慮事項を付けても調整可能な職場ばかりではありませんし,会社への影響も大きくなってしまいます。職場が医療機関からの助言として参考にするのが意見書です。そして意見書でありがちなのは働けない状態なのに「働けます」,働ける状態なのに「まだ働けません」など,患者本人の言うとおりに書いてしまうことです。
錦戸 患者本人の言うとおり書いてしまうのはメンタルヘルス不調のケースで多いように思います。私も企業で産業保健師をしていたときに,まだ回復されてないと思われる方が「もう働ける」といった旨の意見書をもらってきて,精神科の主治医と産業医との意見が食い違うことがありました。身体系の疾患は症状や経過がわかりやすいので医学的所見から就労環境・条件など配慮事項を書けますが,メンタルヘルス不調はそれが難しいのだと思います。
安藤 そうですね。メンタルヘルス不調は対応を分けて考えたほうが良いので,ここでは身体系疾患を前提に話を進めましょう。いま錦戸先生から「就労環境など医療的な配慮事項」を意見書に記載できるとの話がありました。私も産業保健の勉強を始めるまでは,職場が必要とする情報がわからず,また必要以上に書いてしまうと逆にその人が働けないことの証明になってしまうので意見書をどう書くべきなのかよく悩んでいました。理想的な意見書とはどのようなものなのでしょう。
遠藤 診断書や意見書では,医療現場で用いられる「疾病性の言葉(病名,症状などの医学用語)」を,職場における「事例性の言葉(職場での配慮事項)」に翻訳することが重要です。次のケースを例に説明します。
工場勤務で主に立ち作業をしている40代の男性。大腸がん手術をして復職後,倦怠感があり(気力・体力が追いつかず),突発休や早退,下痢で作業を離れて何度もトイレに行くことが続く。
この突発休,早退等が「事例性がある」と言います。職場は「事例性がある」と何らかの対応が求められます。この際,「一日に5~10回程度,トイレで離席する可能性がある」「立ち作業ではなく座り作業(身体に負荷が少ない作業)で,残業などを避けたほうが望ましい」など,「疾病性の言葉」を「事例性の言葉」に翻訳して意見書が記載されていると,職場はどう配慮すべきかを考えやすくなります。
意見書を書く際に両立支援ガイドラインを活用する
海永 意見書を書く時に参考にできる資料はありますか。
錦戸 厚労省がまとめた『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月版)』は参考になると思います。このガイドラインには意見書を書く際の様式例や,企業による配慮が望ましい事項の例がチェックリストのように分類されてまとめられています(表)。
海永 これは便利ですね。私の場合,脳卒中からの仕事復帰をめざしている患者本人やその職場から,どこまで仕事ができるのかと相談を受けることがよくあります。そうした相談へ答える際に参考にできそうです。
遠藤 医師の働き方改革の観点からも,両立支援ガイドラインの活用を期待しています。以前,医師の働き方改革の研究事業に従事した際,夕方以降など,外来が空いている時に診断書や保険会社の書類を作成している医師が少なくありませんでした。そこで医師の負担を少しでも軽減できるよう,症状と仕事内容に関するチェックを入力するだけで,就労に関する意見書案が『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』の様式で作成できる「就労意見書作成支援ソフト」を開発しました。参考となるフォーマットや支援ソフトがあることで看護師やMSWが下書きをして最後に医師が仕上げるなど組織的な業務分担もできるのではと思います。
海永 書類作成の業務は,自科の医療事務スタッフが下書きしてくれるよう体制整備されているので,両立支援でも業務分担はスムーズにできそうです。医療事務スタッフの業務負担を増してしまうことになりますが,参考となるフォーマットがあるとその負担はかなり抑えらるように思いました。
安藤 そうだと思います。それらに沿って意見書を書いてくださると,企業も職場環境を配慮しやすいでしょうし,医療者側の負担も抑えられます。一方でこうしたガイドライン等の存在を知らない医師も多くいらっしゃると想像します。私は臨床医と産業医が連携して産業保健が必要とする情報が共有されると,より良い両立支援が実現するのではと期待しています。
医師も両立支援の対象である
安藤 最後に,医療者自身も両立支援を受ける側の対象だということを知ってほしいです。医療者は治療するだけでなく,自らが治療を受けるときがあります。こうした時に,ぜひ職場と業務を調整していただきたいです。
海永 最近は不妊治療を受ける医師も増えてきて,一時的な時短勤務といったように融通が利かせられると良いと思います。また男女問わず何らかの病気やメンタルヘルスで,体調が芳しくない方はいらっしゃいますので,全医療者が自らも治療と就労の両立を意識できれば良いですね。
安藤 はい。両立支援は,わが身を守ることにもつながるものです。ぜひ臨床の先生方にも積極的に自分事としてもとらえかかわっていただければと願っています。
*
海永 両立支援はこれまでなじみのない領域でしたが,この座談会を通して視野が広がり,多くのヒントをいただけました。まずは私が所属する総合診療科内から学んだことを院内に伝えていきたいと思います。
錦戸 病気を患い,両立支援がうまくいかないまま復職しても,満足に働けなければ仕事を辞めようかと患者本人が思ってしまうこともあるでしょう。労働者人口が減少している時代なので,そうなってしまっては社会としてもマイナスです。働き続けたいという意志がある方ができるだけ健康を長く保って働けるよう,産業医,産業保健師と臨床医がともに連携して,患者と職場を支えていけると良いと思います。
遠藤 わが国の労働者は6000万人と言われ,昔に比べて女性やシニアの方も働く社会に変わってきました。皆,生きている中で必ず「病気になり」「老いて」いきます。人生100年時代と言われる現代は,病気を治療しながら働くことが当たり前になっていくでしょう。産業医と臨床医が一緒になって治療と就労の両立を支えていけば,職場と患者にとっても最適な「最大公約数(職場での配慮)」を見つけられるのではないかと期待しています。
安藤 臨床医にとって日常診療で両立支援の意識を持つことは容易ではないかもしれません。しかし,患者のかかりつけ医となるプライマリ・ケア医がそのような意識を持っていてくれることは働く世代には大変心強いことです。治療と就労の両立に悩んでいる皆さまに寄り添うことは労働年齢人口がどんどん減少しているわが国において重要ですし,働く世代の健康保持増進は将来の重症な患者を減らすことにつながるという意識も持っていただけると幸いです。
(了)
安藤 明美(あんどう・あけみ)氏 安藤労働衛生コンサルタント事務所
2001年島根大卒業後,岡大病院,生協浮間診療所で総合診療医として従事する。13年に労働衛生コンサルタント資格を取得する。その後中小~大企業の嘱託産業医を経て,22年より現職。現在は,IT企業の統括産業医を務め,家庭医療,社会医学などの幅広い医学知識を生かした産業保健活動を行う。編集に『プライマリ・ケア医のための 働く世代のみかた』(南山堂)。
遠藤 源樹(えんどう・もとき)氏 東京産業医学情報センター 所長
2003年産業医大卒業後,JR東京総合病院を経て,05年こころとからだの元氣プラザ,08年NTT東日本専属産業医を務める。14年より東京女子医大助教,17年順大准教授を経て,24年より現職。人事院健康専門委員,東京都がん対策推進協議会専門委員,北里大非常勤講師等を兼務。専門は産業医学。著書に『治療と就労の両立支援ガイダンス』(労務行政)など多数。土屋健三郎記念産業医学推進賞,日本医師会医学研究奨励賞など受賞歴多数。
錦戸 典子(にしきど・のりこ)氏 東海大学医学部看護学科 客員教授
産業保健師として10年間IT企業に勤務後,1997年聖路加看護大(当時)准教授,2002年東大准教授,04年東海大教授を経て24年より現職。産業医や産業保健師がいない中小企業で働く方の健康確保をテーマに,治療と仕事の両立支援等の研究を行う。編著に『企業のためのがん就労支援マニュアル――病気になっても働き続けることができる職場づくり』(労働調査会)ほか。
海永 千怜(かいなが・ちさと)氏 東京北医療センター総合診療科
2014年長崎大卒業後,佐久総合病院/佐久医療センターで初期研修,地域医療振興協会「地域医療のススメ」で後期研修を修了し20年より現職。家庭医療専門医,総合内科専門医。臨床医として急性期病棟/外来診療に従事するなかで,患者さんを「まるごと診る」には,「具体的にどんな働き方や仕事をしているか」への想像力が大切であることを実感している。自身もタイムマネジメントやワークライフバランスにもがく働き世代。
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