医学界新聞

連載

2008.05.12



レジデントのための

栄  養  塾

大村健二(金沢大学医学部附属病院)=塾長加藤章信(盛岡市立病院)大谷順(公立雲南総合病院)岡田晋吾(北美原クリニック)

第10回 腎疾患症例に対する栄養管理

今月の講師= 大村 健二


前回よりつづく

 腎疾患の治療で蛋白質の制限を行うことはしばしばあります。しかし,蛋白質の制限は生体にとって好ましいものではありません。病態の改善に伴って制限の緩和が可能であれば,時期を失しないようにしましょう。

【Clinical Pearl】

・腎疾患に対する栄養管理では,病期の変化に応じた栄養の処方を行おう。
・高度の蛋白質の摂取制限が生体に強いる負担を理解しよう。
・腎疾患における非蛋白カロリー摂取の重要性を理解しよう。
・経口栄養では,提供された食事が摂取されているかのチェックも忘れないようにしよう。


【練習問題】


 75歳,女性。全身倦怠感と食思不振を主訴に近医を受診。腎機能の低下と蛋白尿,尿潜血陽性,高血圧を指摘され,精査を目的に当院紹介となった。なお,尿量の減少を自覚していた。

入院時現症:身長150cm,体重45kg(通常時体重は40kg)。血圧170/90,脈拍76/分。眼瞼を中心とした顔面に浮腫を認める。眼瞼結膜に貧血なく,球結膜の黄染なし。胸部および腹部理学的所見に異常なし。

入院時検査所見:TP5.4g/dL,Alb2.5g/dL,BUN64.6mg/dL,Cr2.91mg/dL,Na142mEq/L,K5.3mEq/L,Cl110mEq/L,CRP6.0mg/dL,ESR122mm,WBC8440/mm3,RBC391×104/mm3,Hb11.2g/dL,尿蛋白3+,潜血3+,赤血球円柱+,顆粒円柱+,1日尿蛋白量3.7g

入院後経過:腎生検にて半月体形成性腎炎(crescentic glomerulonephritis)と診断され,ステロイドパルス療法,およびエンドキサン療法が施行された。また,食事の処方は総エネルギー量1400kcal/日(35kcal/kg/日,通常時体重より算出),蛋白量20g/日(0.5g/kg/日,通常時体重より算出),食塩量2g/日に設定された。

 その後徐々に利尿を認め腎機能は改善。ステロイドも漸減されたが,入院時にみられた全身倦怠感は易疲労感に変化し,明らかな筋力の低下も認めた。また,臥床時間が増加し,仙骨部に皮膚の発赤が出現した。入院後8週間を経過した時点での体重は35kgであった。なお,治療開始時に処方された食事は変更されることなくそのまま継続されていた。

入院第60病日の検査所見:TP4.7g/dL,Alb2.6g/dL,BUN28.4mg/dL,Cr1.41mg/dL,Na139mEq/L,K3.9mEq/L,Cl106mEq/L,CRP0.1mg/dL,ESR25mm,WBC5360/mm3,RBC314×104/mm3,Hb9.5g/dL,尿蛋白1+,潜血1+,赤血球円柱-,顆粒円柱-,1日尿蛋白量0.6g

Q この症例にはどうして褥瘡が形成されたのでしょうか。
A 医原性のマラスムス(慢性栄養不良)に陥ったことが大きな誘因です。

 本症例では,入院後の60日間に10kg(22%)の体重減少が認められました。浮腫のためと考えられる体重増加を差し引いて計算しても,5kg(13%)の減少です。発症時に認められた食思不振が遷延し,経口摂取量が不足していたことが疑われます。喫食状況を詳細に検討したところ,米飯などの炭水化物の摂取量は提供されていた量のおよそ半分でした。副食の摂取量はおおむね8割程度であり,摂取エネルギー量は900kcal/日,摂取蛋白量は16g/日ほどであったと推測されます。経口治療食の場合,患者は必ずしも全量を摂取しません。正確な摂取量の把握が重要です。

 本症例では,半月体形成性腎炎に対する治療が開始された当初から徐々に低栄養が進行したと考えられます。体重の減少には,浮腫の改善に加えて体脂肪や骨格筋量の減少が大きく関与していたと思われます。慢性的に栄養摂取量が不足すると,骨格筋に加えて,最大の貯蔵燃料である体脂肪が利用されます。体脂肪1kgに貯えられているエネルギー量は7000kcalです。本症例では,1日あたりおよそ500kcalのエネルギー不足が60日間継続しました。総計3万kcalのエネルギー不足を充足するためには,4kg以上の脂肪織を利用しなくてはなりません。

 本症例では,筋蛋白のみならず体脂肪の崩壊も相当進行したと考えられます。骨格筋と体脂肪の双方が減少して仙骨部の皮膚の単位面積に加わる圧力が増大した結果,褥瘡が形成されたとするのが妥当です。

【Check】

・経口食の場合,患者の摂取量を正確に把握することが大切である。
・経口摂取量や患者の栄養状態への注意が不足すると,入院加療中に骨格筋や体脂肪量の減少が進行する。

Q 急性腎炎症候群の治療では,蛋白制限が原則なのではないでしょうか。
A そのとおりですが,十分量のエネルギー投与が条件です。

 急性腎炎症候群の乏尿期,および利尿期に適用される蛋白摂取量0.5g/kg/日は,ヒトの体内で営まれている生理的現象を維持するという観点からは蛋白制限の限界に近いと言えます。したがって,このような制限をいたずらに長期間継続することは避けなくてはなりません。また,総エネルギー摂取量として推奨されている35kcal/kg/日は,健常人の総エネルギー必要量と比較して2割程度多いのです。十分量のエネルギー投与は,肝での効率よい蛋白合成を促すとともに体蛋白の崩壊を防止します。蛋白摂取量0.5g/kg/日は,総エネルギー摂取量35kcal/kg/日が守られることを前提とした蛋白制限なのです。

 本症例では,ステロイドパルス療法とエンドキサン療法が奏効し,血清Cr値は改善しました。しかし,回復期に入った後も0.5g/kg/日の蛋白制限が継続されており,不十分な喫食量と体重の減少にも注意が払われませんでした。そのため,治療開始後60日を経過した時点でも蛋白摂取量は0.5g/kg/日に満たなかったのです。蛋白制限緩和の時期を失したことと喫食量への注意不足から,余剰の体蛋白崩壊を招いた可能性が高いと言えます。

【Check】

・摂取蛋白量の制限には限度がある。
・腎疾患に対する蛋白制限は,十分な量のエネルギーが摂取されていることが前提である。

Q この症例にはどのような栄養療法を行うべきでしょうか。
A 段階的に蛋白制限を緩和するとともに,必要十分量のエネルギー補給を行います。

 本症例は,半月体形成性腎炎による急性腎炎症候群が利尿期から回復期に入っているので蛋白制限を緩和します。さらに,蛋白合成が円滑に行われるよう非蛋白カロリーの十分な摂取を促します。なお,この時期にさしかかると水分摂取の制限は不要です。

 まず蛋白質30g/日(0.8g/kg/日×現体重),総エネルギー量1200kcal/日(35kcal/kg/日×現体重)の確実な摂取をめざします。BUN,Cr,RTPより窒素の過負荷になっていないこと,肝での蛋白合成が促進されていることを確認し,可能であれば蛋白投与量を1.0g/kg/日まで増加させます。

【Check】

・治療を目的とした蛋白制限を行う場合には,常にその緩和の機会をうかがおう。
・蛋白制限を緩和する際には適切なモニタリングを行おう。

ひと言アドバイス

・当院は透析センターがあるので,腎不全の患者の栄養管理に取り組んでいます。透析患者では「BMIが適切であるほうが予後がよい」と言われています。過度の蛋白制限や栄養不良は避けて,適切な栄養管理を行っていくことが大切です。(岡田)
・肝疾患など,他疾患で腎疾患を合併している例も割と多く見られます。腎疾患症例に対する十分なエネルギー補充を加味した栄養管理は,極めて重要となります。(加藤)
・腎不全の予後と栄養状態には相関関係があります。栄養評価にはSGAが有用で,本症例も体重減少,食事量低下,活動性低下,ステロイド使用によるストレスレベル亢進,筋肉・皮下脂肪量の低下などを意識していれば,ここまで状態が悪化することもなかったのではないでしょうか。(大谷)

つづく

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