医学界新聞

連載

2008.04.07



レジデントのための

栄  養  塾

大村健二(金沢大学医学部附属病院)=塾長加藤章信(盛岡市立病院)大谷順(公立雲南総合病院)岡田晋吾(北美原クリニック)

第9回 肝臓病(肝硬変)症例に対する栄養管理

今月の講師= 加藤 章信


前回よりつづく

 肝臓は栄養代謝の中心であり,肝疾患ではさまざまな栄養障害を認めます。今回は特に,栄養障害の頻度の高い肝硬変に絞って解説します。肝硬変での栄養代謝障害は多岐にわたり,糖質,脂質,蛋白質・アミノ酸だけでなくビタミン,ミネラル,微量元素等にも及ぶことが知られています。ことに,早朝空腹時における糖質の利用効率の低下や低蛋白血症,高アンモニア血症などの蛋白質・アミノ酸代謝異常が特徴的です。

【Clinical Pearl】

・肝硬変に対する栄養療法として,エネルギー代謝異常には就寝前の軽食摂取療法があり,早朝空腹時の飢餓状態改善に有用である。長期間継続による臨床効果の面から,肝不全用経腸栄養剤を併用することが推奨される。
・蛋白アミノ酸代謝異常には,分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤投与による血清アルブミン濃度の改善効果が期待できる。
・肝硬変では,肥満も肝癌発症に関与することが明らかとなりつつあり,バランスのとれた,肥満を防ぐ栄養療法の実施が重要である。


【練習問題】


 69歳の女性。32歳時に子宮筋腫の手術を受け輸血された。60歳から糖尿病と肝硬変の診断で近医を通院中であったが,腹部CT検査で肝左葉外側区域に腫瘤性病変を認め,肝細胞癌の診断で当院に入院。経カテーテル肝動脈塞栓術(TAE)とラジオ波焼灼療法(RFA)による加療を受けた。

主病名:肝硬変合併肝細胞癌

身体所見:身長158cm,体重54kg,BMI21.6,血圧108/64mmHg。意識は清明。手掌紅斑,クモ状血管腫を認める。腹水・下肢の浮腫・脳症は認めない。

検査所見:WBC3560/mm3,RBC3.16×106/mm3,Hb10.9g/dL,Ht 32.0%,Plt74×103/mm3,TP6.5g/dL,Alb2.9g/dL,T-Bil0.8g/dL,AST68IU/L,ALT45IU/L,空腹時血糖値160mg/dL,HbA1c7.7%,総コレステロール92mg/dL,TG111mg/dL,UN27.2mg/dL,Cre0.9mg/dL,血液アンモニア値63μg/dL,AFP46.4ng/mL,ICG負荷試験(15分)40.5%,HCV抗体陽性

Q 本症例にはどのような栄養療法が必要でしょうか。
A コンセンサスを参考に,標準体重に見合ったエネルギーと蛋白量を投与します。

 最近,肝細胞癌(肝癌)を合併する肝硬変の頻度が上昇しています。そのため,病院へは肝硬変の治療目的で入院するのではなく,肝癌の治療のために入院するケースが多いと思います。本例でも肝癌を合併していますが,その背景には肝硬変があることから,肝硬変の食事療法に準じた対応が推奨されます。

 肝硬変に対する食事療法のコンセンサスとして,ヨーロッパ静脈経腸栄養学会(ESPEN)のガイドラインがよく知られています1)。このガイドラインで推奨される摂取エネルギー量は35-40kcal/kg(標準体重)/日,蛋白質量は1.2-1.5g/kg/日となっています。しかし,日本人には投与量がやや過多である点に注意を要します。

 わが国には第7回日本病態栄養学会のコンセンサスがあります2)。このガイドラインでは日本人の体格等を考慮し,(1)エネルギー必要量は原則として栄養所要量(生活活動強度別)を目安にし,本症例のように耐糖能異常のある場合には25-30kcal/kg(標準体重)/日に設定しています。(2)蛋白質必要量は蛋白不耐症がない場合には1.0-1.5g/kg/日,高アンモニア血症などの蛋白不耐症がある場合は低蛋白食(0.5-0.7g/kg/日)と肝不全用経腸栄養剤を併用することとし,(3)脂質必要量はエネルギー比の20-25%としています。

 食事の基本は上述のとおりですが,肝硬変では早朝空腹時にエネルギー基質である糖質の燃焼比率の低下と脂質の燃焼比率の増加がみられ,この異常は健常者の3日間の絶食状態に相当すると言われています。この対策として,食事回数を分割した就寝前の軽食摂取(late evening snack: LES)が試みられています。

 通常は200kcal程度のスナックを摂るように勧めますが,長期間にわたり就寝前に食事を摂ることは実際には大変なことから,分岐鎖アミノ酸(BCAA)を多く含む肝不全用経腸栄養剤を併用することが,長期継続を維持するコツと考えられます。

 なお,通常の3食の食事からLES分のエネルギー量を減らさないと,肥満をまねくので要注意です。

 次に肝硬変では,蛋白・アミノ酸代謝異常の頻度が高く,慢性肝不全の程度が進行するにつれて顕著となることから,低アルブミン血症の是正などを目的に経口BCAA製剤が頻用されます。BCAA製剤の対象は非代償性肝硬変ですが,重症になるほど効果に限界があるので,非代償性肝硬変の時期から投与することが必要です。

 なお,BCAA顆粒と肝不全用経腸栄養剤の対象は原則的に異なるため,使い分けが必要です。肝不全用経腸栄養剤は肝性脳症の覚醒後や既往を有し,蛋白不耐症を伴う慢性肝不全例に投与します。一方,BCAA顆粒製剤は,食事摂取が十分にも関わらず低アルブミン血症を示す例に投与するのが原則です。

【Check】

・食事量はコンセンサスに基づいて決められるが,日本人の栄養摂取量を勘案した量を投与する。
・食事のほかに夜間の軽食摂取(LES)が推奨されるが,肥満には注意を要する。
・BCAA製剤の使用にあたっては,投与時期や投与製剤の使い分けに注意する。

Q 本症のような肝癌の合併例の食事療法について,特に注意する点を教えてください。
A 肥満をきたさないように注意することが大切です。

 最近,ウイルス性肝炎やアルコール性肝障害例でも,肥満が病態の悪化を進展させる因子のひとつであることが注目されています。肝癌については,男性やAFP値が発症リスクを高めることが従来知られていました。最近の肝癌発症例の解析では,肥満も関与することが明らかになりつつあります。

 肝臓病の栄養療法は従来,高蛋白,高カロリーという概念が一般的でした。しかし,飽食の時代といわれて久しい現代社会では,通常の食事がすでに高蛋白,高カロリーであり,ことさらそれを意識した食事はかえって肥満をもたらすことにつながります。そのため,過剰な栄養の投与により肝癌発症のリスクを高めることが危惧されます。バランスはよいが太らせない,適切なエネルギー量の食事療法が重要です。

 なお,本症例では3食の食事とともに肝不全用経腸栄養剤によるLESを実施し,血清アルブミン濃度は退院後3か月目に3.5g/dLまで改善しました。また,現在もLESを継続中です。

【Check】

・肝硬変に対する栄養管理として,「バランスはとれているが肥満を起こさない」ような食事療法が肝癌発症予防の点から重要である。

ひと言アドバイス

・肝硬変患者の肥満の問題は意外に知られていないことです。体重管理は栄養管理の基本ですから,患者にもよく説明しておくことが大切です。腹水の有無などにもいつも気をつけて診療にあたることは,言うまでもないことですね。(岡田)
・肝硬変では,蛋白合成能のみならず血糖を維持するglucose homeostasisのシステムも障害されます。肝硬変症例の適切な栄養管理は飢餓の回避,骨格筋量の保持を介してQOLの改善をもたらします。(大村)
・投与された蛋白質やアミノ酸が有効に蛋白合成の材料となるよう,糖質,脂質による十分なカロリー補給が重要です。もちろん過栄養には気をつけて,さらに適切なNPC/N(150以上)となるよう心掛けましょう。(大谷)

つづく

文献
1)Plauth M., Carbe E., Riggio O. et al: ESPEN guidelines on enteral nutrition: Liver disease. Clinical Nutrition, 25: 285-294, 2006.
2)渡辺明治,森脇久隆,加藤章信他:第7回日本病態栄養学会年次総会コンセンサス(2003). 栄養-評価と治療,20, 181―196 2003.

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