眼が赤く腫れた=結膜炎??
連載
2008.03.10
【連載】はじめての救急研修One Minute Teaching! |
桝井 良裕・箕輪 良行・田中 拓 (聖マリアンナ医科大学・救急医学) |
[
Case22
] 眼が赤く腫れた=結膜炎?? |
(前回よりつづく)
Key word
浮腫を伴う結膜充血,眼球突出,血管雑音,内頸動脈海綿静脈洞瘻
河田君は今日も当直である。次の患者は58歳女性,「左目が赤く腫れてものが二重に見える」と訴えて来院した。河田君は“結膜炎で目が腫れたら複視も出るだろうし明日眼科に行けばいいのに”と考えながら診察室へと案内した。 結膜が充血したのは1週間ほど前で,目や頭をぶつけたりはしていない。すぐに眼科を受診したところ,結膜炎の診断で点眼薬を処方されたが一向に改善せず,徐々に左目が腫れ,ものが二重に見えるように感じたため来院した。 また,充血と同時に耳鳴りを自覚。耳鼻科を受診したが特に異常がなく,年齢によるものと言われたとのこと。耳鳴りは改善しないものの悪化もない。毎年健康診断を受けているが,やや血圧が高めという以外には異常を指摘されたことはない。薬剤・食物などのアレルギーなし,喫煙歴・飲酒歴ともになし。身長154cm,体重50kg,意識清明。体温36.5℃,血圧145/80mmHg,脈拍72/分,整,呼吸数は18/分でSpO2は99%。 左目は結膜充血が著明で多少浮腫もある。眼瞼は腫脹していて左だけ眼球が突出している。耳鏡所見は正常で,聴力も明らかな左右差はない。貧血,黄疸なし,咽頭所見も正常。表在リンパ節は触知せず,甲状腺の腫大や頸静脈の怒張も認めない。呼吸音,心音ともに正常,腹部に異常なし,下腿に浮腫なし。神経学的には左眼に軽度の外転運動障害,多少の複視あり。その他の脳神経は正常で大脳高次機能にも異常は認めない。運動・感覚に異常なし。小脳失調所見も認めない。深部腱反射など反射も正常で病的反射は認めない。 河田君は結膜炎でいいと思うけどな? と思いつつも鑑別診断が思いつかず,一応複視に対して頭部CTをオーダーすべきかどうか迷ったあげく,指導医である栗井先生と相談することとした。 |
■Guidance
河田 複視に対して頭部CTをとるべきか迷っています。眼科で結膜炎と診断され点眼薬も処方されているので難治性の結膜炎でいいと思うのですが。
栗井 病気の初期はプロでも診断が難しい。経過から診断が変わる場合もあるから結膜炎はとりあえず鑑別診断の一つと考えて,他の疾患を除外しよう(Check point1)。
河田 それが難しいんですよね。強いて挙げると上強膜炎や眼窩の蜂窩織炎でしょうか。もちろん脳卒中や脳腫瘍も考慮すべきです。今回は発熱もなく蜂窩織炎は違う印象です。悪性リンパ腫も考えましたが,表在リンパ節は触知しなかったので考えにくいと思います。
栗井 では少し系統的に考えよう。浮腫を伴う結膜充血の原因は何がある?
河田 結膜充血だけなら結膜炎が多く,浮腫を伴うものは局所炎症の他に心・腎・肝疾患などの臓器障害から来る全身性浮腫,甲状腺などの内分泌性疾患,血流うっ滞などが考えられます。
栗井 そうだね,そうした疾患は同時に眼球突出も来たすよね。
河田 でも今回は片眼だけなので全身性浮腫や内分泌疾患は考えにくいと思います。
栗井 完全には否定できないけど,確かに言うとおりだね。それでは眼球突出を来たす他の疾患も考えてみよう。
河田 眼窩内の占拠性病変とか外傷などによる出血とかでしょうか?
栗井 両側なら甲状腺機能亢進や造血器疾患を考えるけど片側だからそうだろうね。ところで耳鳴りもあるんだよね。
河田 左眼の充血が始まった頃から耳鳴りもありますが,悪化はなく左眼とはあまり関係なさそうです。
栗井 関係ないとは言い切れないよ。耳鳴りはどんな耳鳴りだか性状を訊いた?
河田 すみません。耳鼻科で問題ないと言われたという話だったので,詳しくは聴取しませんでした。耳鳴りを来たす疾患というとメニエール病,突発性難聴,聴神経腫瘍などでしょうか。
栗井 そうだね。でもザーザーという血管雑音が耳の近くである時,それを耳鳴りと表現する患者さんもいる。側頭動脈炎(Check point2)などでも認めることがあるよ。
河田 あっ,側頭動脈炎も眼症状を来たすし,鑑別すべき疾患に挙げるべきでしたね。でも側頭動脈炎にしては発熱や頭痛はないし,こめかみ辺りの圧痛もなかったですよ。
栗井 さっき結膜充血や眼球突出の鑑別で血流のうっ滞があったね。眼球突出は拍動を感じるものだったかな?
河田 注意していなかったのでわかりませんが,感じたように思います。
栗井 じゃあ一緒に眼圧や眼底も見よう。いずれにしても頭部CTは撮ったほうがよさそうだね。場合によっては造影も必要になるかもしれないから腎機能を調べて,炎症所見も見たいから採血もしないとね。では急いで患者さんを診察することとしよう。
左眼は拍動性の眼球突出であり,同部位に血管雑音を聴取した。眼圧は25mmHgと中等度の上昇を認めたが,眼底は静脈拡張があるものの出血は認めなかった。採血検査は異常なし。頭部CTAでは内頸動脈海綿静脈洞瘻(Check Point3)が疑われた。眼科および脳神経外科コンサルトの結果,患者は精査・加療目的に入院となった。その後行われた血管造影で内頸動脈海綿静脈洞瘻と確定され,患者さんはcoil embolizationを施行された。 |
Check Point 1
片側結膜充血・眼球突出の鑑別診断結膜炎や緑内障などの眼疾患の他に眼窩蜂窩織炎,上強膜炎,外眼筋炎,急性涙腺炎,浅側頭動脈炎,眼窩炎症性偽腫瘍,悪性リンパ腫,内頸動脈海綿静脈洞瘻など,炎症性疾患,眼窩内占拠性病変,血流異常などを考慮する。
Check Point 2
側頭動脈炎側頭動脈炎は主に高齢者の疾患で,女性に多く,アジアより北米に多く見られる。頭痛(60%),顎関節の不規則運動(30%),食欲不振や体重減少(40%),うつ病(25%),とともに,視力障害,眼球運動障害を呈する。診断が遅れると失明することがあり,ステロイドの治療を要する。
Check Point 3
内頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-carvenous fistula, CCF)内頸動脈海綿静脈洞瘻は海綿静脈洞内を走行する内頸動脈に断裂が生じ,海綿静脈洞との間に生じる動静脈瘻である。外傷,動脈瘤が原因となる。拍動性の眼球突出,眼球結膜の充血浮腫,外眼筋麻痺による複視,眼圧亢進,耳鳴りなどを呈する。眼窩部において逆流による血管雑音を聴取する場合は本症である可能性が高い。確定診断には脳血管撮影が行われ,最近ではCTAやMRAも有用性が高い。
内頸動脈海綿静脈洞瘻は経過観察中に自然治癒する例もあるが,内頸動脈のcoil embolizationによって損傷部位を塞ぐ治療を行うのが一般的である。経過観察を行う場合には眼圧の上昇,眼筋麻痺,上眼静脈血栓症や網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈のうっ血による眼底出血,渦静脈のうっ滞による脈絡膜剥離などに注意を要する。
Attention!
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(次回につづく)
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