お年寄りの転倒……原因は何だろう?
連載
2008.04.07
【連載】はじめての救急研修One Minute Teaching! |
田中 拓・箕輪 良行・桝井 良裕 (聖マリアンナ医科大学・救急医学) |
[
Case23
] (最終回) お年寄りの転倒……原因は何だろう? |
(前回よりつづく)
Key word
転倒,視力・視野の障害,網膜中心動脈閉塞症
陽気がよくなってきたが,三寒四温のこの時期には相変わらず高齢者が体調を崩しがちである。78歳の男性が「つまずいて転倒してから腰が痛くてつらい」と家族に付き添われて来院した。 夕方,外灯をつけずに玄関へ夕刊を取りに出た際につまずいたとのこと。右股の外側を打撲したらしく触ろうとしたら叱られた。付き添ってきたお嫁さんは恐縮して言った。「すみません。こんなことは初めてで,普段転んだりすることはないんですが,よっぽど痛いんでしょうね」。 自宅ではADLは完全に自立していて,どうしてもやめられない60年来の喫煙と,晩酌がウイスキー水割り2杯。高血圧,狭心症と痛風で服薬中で,アレルギー歴なし。意識清明。血圧168/87mmHg,脈拍79/分整,呼吸数は19/分でSpO2は99%。右大腿外側は明らかな変形なく自発痛あり。右下肢は運動,感覚ともに異常なく,足背動脈も触知する。呼吸音,心音ともに正常,腹部に異常なし,転倒して眼鏡が壊れ,手もとの字が見にくいと話すが,聴力も明らかな左右差はない。貧血,黄疸なし,咽頭所見も正常。表在リンパ節は触知せず,神経学的には大脳高次機能の異常や小脳失調所見も認めない。 |
■Guidance
栗井 河田君,今晩も一緒だね。私はけさ家に帰って一日ゆっくりしたんだけど,君は病棟の仕事片づいたの? 若いから体は大丈夫だろ?
河田 そういう発言,指導医がするのは危険ですよ。Resident Abuseって知ってます?
栗井 なるほど,研修医いじめというわけか。最近はセクハラとかパワハラとかうるさいよね。ってこんなこと言っちゃまずいな。それで患者さんは?
河田 高齢者の転倒です。玄関でつまずき,右大腿外側を打撲。痛がっていますがバイタル,心血管系,神経とも異常ないので,まずはレントゲンで骨盤と大腿を撮ろうと思っています。
栗井 転倒をみたらまず原因検索だよね。失神やパーキンソン,脳卒中後遺症とかはどうなの?(Check Point1)
河田 内因性の疾患だと動脈硬化症のリスクがありますが,今回は失神ではありません。身体的には活動制限もなかったようですし,段差か何かでつまずいたということでいいと思います。
栗井 でもいつも通りの行動なんでしょ。念のため,耳や眼が原因となっていることも疑ってみたほうがいいよ。
河田 そういえば倒れた拍子に眼鏡が壊れて物が見えにくいと言っていました(Check Point2)。
栗井 どちらかの視力低下があって転倒したけど,腰の痛みが強くて眼のことを自覚していない可能性もあるね。
河田 Distracting injuryと同様,痛みで本質的な症状や所見がマスクされることがあるというピットフォールですね。
栗井 そこまで言い切れないけど,高齢者の転倒は要注意だね。転倒後に打撲や骨折への恐怖が高まり,自信喪失やADL低下をきたして歩行・外出の頻度が減り,廃用症候群に至る転倒後症候群というのもあるくらいだから。
河田 なるほど。先生とこうして一緒に仕事していて格好よく決まると,あまり誰も気づいていないみたいですが,栗井・河田のペアはまるでTVのERに出てくるグリーン先生とカーター君みたいっすね。
栗井 僕は前からそう感じてたけどね。
左眼はどうも視力がほとんどないことが判明した。痛みはなく,今回の転倒では眼を打撲していないので,外傷も否定できた。ただちに眼科医にコンサルトしたところ,網膜中心動脈閉塞症(Check Point3)も疑われるので,静脈路を確保して眼球マッサージを試すように指導された。眼圧を下げて血栓を移動させる目的で,閉眼させて上眼瞼の上から両手の指で交互に100回/分で5-10分ほど圧迫,解除を繰り返した。病棟から急いで駆けつけた眼科医は直ちに眼底検査を始めた。 |
Check Point 1
高齢者の転倒の鑑別診断転倒のリスクを評価する方法として,最近10年間にも多く報告されている,転倒既往歴,機能障害・活動制限・認知障害・薬剤・排泄障害の有無といった因子が重要である。内因性の要因には視力障害,めまいなどの前庭迷路機能障害,心肺機能の低下,骨関節疾患の存在がある。外因性の因子として滑りやすい床,段差,照明,杖や装具の使用も重要である。
Check Point 2
視力や視野の異常を評価する視覚に関する訴えは自覚されにくくつかみにくいので,質問を工夫する。「よく見えない」「ちらちらする」「物が波打って見える」「物にぶつかる」「何となく片側が見にくい」「かすむ」「黒いものが動く」といった訴えを意識し,具体的に「何をしていたときに気づいたか」を聞く。特に視力や視野のような視覚の入力系の症状であれば,眼球の障害でみられる中心視野の症状,眼球以降である周辺視野に注意して半視野でさまざまな組み合わせとなる半盲の有無を観察する。複視や眼球運動障害のような出力系の症状であるかどうかも観察する。
Check Point 3
網膜中心動脈閉塞症視力低下をきたす非外傷性の眼疾患では治療に急を要するものとして,本症,急性閉塞隅角緑内障,網膜剥離,内因性眼内炎,メタノール中毒がある。網膜中心動脈閉塞症は片側の急激な視力低下にも関わらず,痛みもなく健側が問題なく見えるため,時間がたってから受診するケースもある。網膜は虚血に陥ると30-60分で不可逆性障害となるので,超緊急症である。網膜の蒼白化,眼底浮腫,Cherry red spotが眼科医なら観察できる。治療は困難を伴うが,何もしないと視力を完全に失うことになるのでダイアモックスの静注も始める。眼科医による血栓溶解剤投与や前房穿刺が行われる。
Attention!
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この記事の連載
はじめての救急研修(終了)
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