レジデントのための患者安全エッセンス
[第15回] 全てのはじまり――患者確認の原理・原則を忘れない
連載 栗原 健
2025.07.08 医学界新聞:第3575号より

「患者を間違えた」のみが患者確認の目的にあらず
見慣れた患者は間違うはずがないと医療従事者は誰でも思うことでしょう。また医学生時代のOSCEでの経験をもとに,診察の際,「患者からフルネームと生年月日を言ってもらえばよいもの」と,患者確認を安易にとらえているかもしれません。しかし,次の経験をした研修医の方はいないでしょうか。
救急外来で研修中,患者の入室時に名前と生年月日を確認したものの,オーダーしたはずの検査結果が届かず,気づいたら別の患者のデータとして登録されていた
患者に名前と生年月日を発声してもらい,確認するところまでは正しいプロセスと言えます。けれども患者に発してもらった内容(患者側情報)を電子カルテ等に記載されている医療者側情報と突合(照合)していたかも患者確認では重要です。すなわち「患者の顔を覚えているから名前と生年月日さえ聞けばOK」ではないのです。
では,ここで患者確認の目的をおさらいしましょう。目的は2つです1)。
①サービスや治療が意図されている人であることを確実に同定する
②サービスや治療をその個人に適合させる
つまり,目の前の患者が自身の認識している人物と同一か(誤認の例:患者Aを患者Bと見間違え,患者Bの点滴を患者Aに投与)だけでなく,提供されようとしている医療内容が当該患者のものか(誤認の例:患者Aを見間違っていなかったが,患者Bの点滴を患者Aに投与)の確認が必要です。私見ですが,実際には多くの研修医や医師が患者確認の目的を①のみと勘違いしています。また勘が働く皆さんなら気づいたかもしれませんが,患者確認は患者が目の前にいない時や,患者が声を発せない時にも実施する必要があるのです。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析する
今回の事例では,患者確認の意義を研修医が理解していなかったことが問題と言えます。安全対策全般に通底することですが,単に対策を作業として覚えるだけでは応用が効きにくいです。研修期間中に,患者確認の原理・原則の理解をするようにしてください。
●患者確認は2ステップから構成されることを覚えよう
それでは実際の患者確認方法を解説します。医療者側,患者側双方における2種類の識別子(照合に必要な情報のこと)の準備と突合の2段階を経て行うことが国際的な標準です。
ステップ1:2種類の識別子を準備する
WHOでは患者確認において,患者の氏名,生年月日,患者ID,またはその他の方法などの患者識別子を,最低2つ以上用いるよう推奨しています(病院内で度々「フルネームと生年月日」と言われるゆえんです)。なお,患者の病室番号を識別子に使用することはできません2)。なぜなら病室番号は日時やタイミングによって変わり得るため,患者に直接ひもづいたものではないからです。
では,なぜ2種類なのか? それは,患者を識別する桁数を増やすためです。同姓同名かつ生年月日も同じである確率は非常に低いとはいえ,可能性はゼロではないと考えられます。国外でも,患者確認において2種類以上の識別子の使用は求められています1)。今回の事例は患者が目の前にいて話すことができる場合を扱っていますが,患者が目の前にいない場合や患者が名乗れない場合に用いる識別子の例は図を参考にしてください。また多くの医療機関では院内統一のルールが決まっているはずですので確認してみてください(決まっていなかったら研修管理委員会を通じて病院に言いましょう)。

どの識別子を準備するかを決定したら,医療者側情報(突合する際に医療者側が持っておく情報源)と患者側情報(これから識別する対象とする情報源)を集めます。この時これらの情報源の固定は困難なことに注意してください。患者に装着するリストバンドを例に挙げます。リストバンドの場合,装着時は医療者側情報をリストバンドから,患者側情報を患者自身から引き出す必要があります。他方,装着すると医療者側情報は検査スピッツから,患者側情報はリストバンドが情報源になり得るわけです。このように確認すべき情報源は変化します。冒頭の事例では,医療者側情報として電子カルテや紙カルテを準備し,患者側情報を患者自身とする必要があったわけです。
ステップ2:準備した識別子を照らし合わせる(突合,照合)
2種類の識別子の準備が終わったら,次に行うのは識別子の照合です。冒頭の事例で示したように,それらが正しいかを突合する作業をしなければ患者誤認は防げません。日本では医療事故情報収集等事業の分析において,「確認」と記載されていることが多いですが,「情報を『照合』しなければならない」という基本を理解していないケースが見られたと報告されており,「突合」行為への意識が薄いことが伺えますので注意をしてください3)。
●患者誤認はまれな事象ではなく,安全対策の一丁目一番地
世界的にも患者誤認は医療現場においてまれな事象ではありません。例えばEmergency Care Research Instituteの調査では2013~15年の間に181の医療機関から約8000件の患者誤認が報告され,中には死亡事故も含まれていました5)。そのため患者確認はThe Joint Commissionの National Patient Safety Goalsにおいて最初に位置付けられるなど1),患者安全対策の一丁目一番地と認識されています。しかし患者誤認のリスクは過小評価される傾向にあり6),患者誤認を撲滅する介入法も開発されていないのが現状です7)。
研修医はローテート中にさまざまな医療行為を経験するはずです。医療行為の際にどのような手順で患者確認を行うかも併せて確認してみてください。その際,もしかしたら必要な識別子の記載がないことを発見するかもしれません。そうした時は上級医へ相談するとともにインシデント報告を行い,組織的な改善を促してみましょう。一方で,最初から完璧なシステムなど存在しないため,システムに不備を認めても病院を責めないでください。このような観点からも各科をローテートする研修医のインシデント報告は貴重かつ重要です。
研修医のその後
冒頭の出来事から研修医は患者確認の目的を理解し,患者確認を実践するようになりました。また院内で実践しようとした際,識別子の記載が不足している書類を発見し,上級医を通じて安全管理部門に報告しました。結果,指摘事項は修正され,当該研修医は安全管理部門から感謝の意を述べられました。
覚えておこう!
・患者確認は目の前の患者が意図している患者と同一かを識別するだけが目的ではありません!
・安全対策にはその背景となる理由や意義があるはずです。ルールを覚えるのではなく,原理・原則を理解しましょう。
・病院のルールに不備を認めたら,インシデント報告や上級医等に相談してみてください。研修医の皆さんも組織の一員としてルールやシステムの不備を向上させる責務を負っています。指摘によって患者へ害が及ぶことを予防できるはずです。
*
1年以上にわたって連載をしてきました。研修医の先生方も患者安全の重要性を何となく理解できたのではないでしょうか。残念ながら医療のリスクをゼロ化することはできませんが,そのリスクを認識し組織による対応で,予防可能な害を減らすことができます。一朝一夕にはいかないものの,一人ひとりの行動が病院の安全文化の醸成に作用し,目の前の,そして未来の患者さんを守ることにつながります。最後に本連載のご執筆をいただいた各先生,編集を共に務めていただいた小泉俊三先生に感謝します。
参考文献・URL
1)The Joint Commission. Hospital:2025 National Patient Safety Goals. 2025.
2)WHO. Patient Identification. 2007.
3)日本医療機能評価機構.医療事故情報収集等事業――第69 回報告書(2022年1月~3月).2022.
4)JBI Database System Rev Implement Rep. 2019[PMID:30629041]
5)Emergency Care Research Institute. Patient Identification:Executive Summary. 2016.
6)Neuro Endocrinol Lett. 2015[PMID:26748522]
7)De Rezende H, et al. Interventions to Reduce Patient Identifi cation Errors in the Hospital Setting:A Systematic Review. Open Nursing Journal. 2021;15(1):109-21.
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