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『心理社会的プログラムガイドブック』より

連載 池淵 恵美

2024.04.19

 精神障害のリカバリーにおいて,専門家がサポートできる手段の一つに心理社会的プログラム(心理社会的治療)があります。ところが,これまで心理社会的プログラムは身近でありながらも目的や効果については不明確な点も多く,薬物療法や個人精神療法などのアプローチに比べると軽視されてしまいがちでした。

 新刊『心理社会的プログラムガイドブック』は精神疾患のリハビリテーションに長年取り組んできた著者が,多様な心理社会的プログラムの目的や内容を体系的に整理・分類し,その使い方やエビデンスを伝授した1冊です。  

 「医学界新聞プラス」では,「第1章 心理社会的プログラムは何のために必要なのでしょうか?」「第2章 どんな心理社会的プログラムを知っていますか?」の内容を一部抜粋し,全3回でご紹介します。

 

A 心理社会的プログラムを分類してみましょう 

 心理社会的なプログラムには多様なものがあります。それこそ100年以上前から行われていた作業療法もあれば,最近開発されたバーチャルリアリティの空間を利用したコミュニケーション練習もあります。遊びの要素が強いものも,精神症状や認知機能の治療を目指すものもあります。エビデンスが明確で,治療ガイドラインで推奨されているものもあれば,エビデンスはあまりないけれど皆に好まれてよく使われているものもあります。どんなプログラムがあって,どのような持ち味があるか,まずは考えてみましょう。
 
 次の4つの軸によって,多様なプログラムをタイプ分けすることができ,リカバリーの過程に沿ってどのようなタイプのプログラムを提供することが望ましいか,考えることができます。

  • ❶どんな手段を用いるのか:体を使うもの(スポーツ,音楽や絵画などの芸術療法,料理などの日常的な活動を含む)なのか,言葉でのやり取りなのか
  • ❷プログラムの目標がどこに置かれているか:作品を作る,新たな知識を学ぶなどの課題達成が目標なのか,それとも対人交流を楽しんだり,相手や自身の気持ちや考えを理解したりすることが目標なのか
  • ❸参加人数:スタッフと参加者の1対1,数名の小集団,数十名の大集団など
  • ❹運営の主体:スタッフ(専門家)が主導する,参加者が役割を持って運営する,スタッフと参加者が共同で運営するなど
     

 ここに述べた4つの軸で分類することで,さまざまなプログラムがどんな特徴を持っているか整理することができます。たとえばバレーボールであれば,身体運動が手段になり,お互いにトスをし合うことによって筋肉の強化や視空間認知の回復を目指すことも,2チームに分かれて試合をすることにより仲間同士で協力する練習もできます。地区対抗大会に出場して,自分の役割を果たし,帰属感を高め,参加した個々人が達成感を得ることが目標になることもあります。スタッフと1対1でボールのやり取りを楽しむのは,複雑な協力が必要なチーム練習よりずっとシンプルで回復途上の人に向いていると思います。スタッフが声かけして整然と練習が進む場合には参加する人の安心感があるでしょうし,当事者が練習内容を決めて進行役を務める場合には,よりリアルワールドの体験に近づき,当事者の社会機能が鍛えられたり,自己価値観や意欲が向上したりするかもしれません。このようにどんな運営の仕方をするかによって,同じプログラムでも,得られる効果や目標が異なってきます。したがってバレーボールを取り上げても,4つの軸それぞれをどう設定するかによって,ずいぶんと向いている人が違ってくるのです。
 
 もう1つの例として,料理のプログラムは,わいわい楽しんでカレーを作って食べることもできますし,一人暮らしのための簡単メニューの練習もできます。大勢でも,1人でも実施は可能です。カレーであれば誰しも1度は作ったことがあるでしょうし,スタッフは後ろに引いて,皆が協力し合うのを見守ることもできますし,集団に参加して間もない人が皆の中に入っていくことをサポートするために,そばでいっしょに作業をすることもあるでしょう。ジャガイモの皮の剥き方をスタッフが教えることもあります。まだ退院したばかりで,日常生活の力がかなり低下してしまっている人が玉ねぎを芯までむいてしまうなど,漫画の世界のような出来事も起こります。強迫症状の人は,確かに塩を入れたか自信が持てないために,余計に塩を入れてしまい,料理が食べられなくなったこともありました。コミュニケーションが苦手で自分から動けないので,指示をもらうまでずっと立ち尽くしている人もいます。
 
 料理の本の多くは2人前や4人前の分量が紹介されていますが,そこから15人分の調味料をどう計算するのか,混乱してしまう人もいます。高校を卒業した人でもそのような混乱を起こしますので,やはり精神障害によって能力が低下していると考えざるを得ません。また精神障害への脆弱性として,もともとの知的能力の低さが挙げられていますし,幼児期の逆境体験も脆弱性を高めます。恵まれない幼児期を送った人では,当然家庭で学ぶべき事柄がすっぽり抜け落ちている人もいます。もともと苦手だったかもしれないし,登校できなくて引きこもっていたので年齢相応の学力がついていない場合もあります。
 
 このように,料理のプログラム1つをとってもいろいろな使い方ができ,当事者が自分自身の力を知ることにも使うことができます。私たち専門家は,なるべく本人が力を発揮できるように,そして徐々にリカバリーに向かうことを期待して,できることを担当してもらったり,うまくいくようにさりげなく手助けしたりすることが大事な仕事になります。このあたりのスタッフの役割は第5章で詳しく述べたいと思います。

 

「何となく」から卒業しよう!

<内容紹介>デイケアで40年以上にわたり精神疾患リハビリテーションに取り組んできた著者が、心理社会的プログラムをどのように実践すればよいかを丁寧に解説する。さまざまなプログラムを「対人交流-課題達成」「身体活動-言語」の軸で分類・整理し、その使い方を伝授。急性期病棟、慢性期病棟、外来、デイケアなど場面別での使い分けについても詳しく手ほどき。これから始める人も、現場で困っている人も誰が読んでも気づきがある1冊。

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