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『保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション[Web動画付]』より

連載 古谷 英孝

2024.09.23

 高齢化社会に伴い,理学療法士が脊椎疾患を担当するケースは今後益々増えるだろう。書籍『保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション[Web動画付]』は,脊椎疾患に対して経験の浅い理学療法士をはじめ,臨床実習に臨む学生,また指導的立場にある理学療法士が,安全かつ効率よく,目に見える結果を出せるような脊椎疾患リハビリテーション実施(保存と術後)についてゴールドスタンダードを示しています。また,大事な評価方法,徒手療法,運動療法は実技動画を多数収載。視覚的にもより深く理解できる一冊です。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち腰部脊柱管狭窄症の項目を,「疾患の基礎」,「治療の概要」,「保存的リハビリテーション」,「術後リハビリテーション」の4回に分けてご紹介します。
※医学界新聞プラスでは動画の視聴はできません。本書よりご覧ください。

1 疾患の基礎

疾患の概念と特徴

腰部脊柱管狭窄症(lumbar spinal canal stenosis;LCS)は,腰椎部の脊柱管あるいは椎間孔の狭小化により,脊柱管内を走行している馬尾神経や神経根が,周囲の組織によって絞扼され神経症状が出現する疾患である.変性すべり,椎間板ヘルニアを合併することもあるため,定義について統一された見解はなく,疾患というより一定の症状を呈する症候群として取り扱われている.わが国の有病率は約10%であり,性別の差はなく,年齢とともに増加する.特に,60 歳以上に発症しやすく,70 歳以上の高齢者の2人に1 人が罹患する可能性がある身近な疾患である.症状は進行性で徐々に出現して増悪する.
診断基準として,日本整形外科学会,日本脊椎脊髄病学会の診療ガイドライン策定委員会では,①殿部から下肢の疼痛や痺れを有する,②殿部から下肢の症状は,立位や歩行の持続によって出現あるいは増悪し,前屈や座位保持で軽減する,③腰痛の有無は問わない,④臨床所見を説明できるMRI などの画像で変性狭窄所見が存在する,の4 項目すべてを満たすことを提唱している1).また,腰部脊柱管狭窄症診断サポートツールが作成され,スクリーニングとして有用である(表1※権利関係の都合上,本書をご覧ください 1)

疾患のアプローチに必要な脊椎の生体力学的特徴

腰部脊柱管には脳から続く脊髄神経が通っており,脊髄の液体(髄液)で満たされている.脊髄神経は腰椎部分で馬尾神経や神経根に枝分かれする(図1) .脊柱管の周囲には,黄色靱帯,椎間板,椎間関節が存在する(図2) .また,腰部脊柱管の横断面積は,安静時と比べ腰椎伸展位で約9%減少し,屈曲位で約67%増加する 2).これは,黄色靱帯が腰椎伸展位で前方に撓み脊柱管をより強く狭窄し,屈曲位にて頭尾方向に牽引されるからである.

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病態

腰部脊柱管狭窄症の原因は加齢に伴う腰椎の退行変性であり,椎間板の変性から生じる.椎間板の機能不全に伴い周囲組織に変化が生じ,腰椎の退行変性が進行する.脊柱管が狭くなる主な原因には,椎間板の退行変性による膨隆,椎間関節の変性(骨性肥厚や骨棘形成),黄色靱帯の肥厚,骨性狭窄(すべり症,脊柱側弯症)などがある(図3) .脊柱管が狭くなることで,馬尾神経や神経根,栄養血管が圧迫され,疼痛や痺れといった症状が出現する.狭窄する好発高位はL4/5,L3/4,L5/S1 の順である.疼痛や痺れが出現することで,日常生活動作(activities of daily living;ADL)能力の低下や生活の質(quality of life;QOL)の低下を招く.
腰部脊柱管狭窄症の症状は,馬尾神経が圧迫されるか,神経根が圧迫されるかで症状が異なる(図4,表2)

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1.馬尾型

脊髄神経そのものが圧迫を受けた状態で,神経根型より症状が重いのが特徴である.主な症状は,両側殿部や下肢,会陰部の異常感覚,下肢の脱力感,膀胱直腸障害である.疼痛は比較的軽度であることが多い.

2.神経根型

脊髄神経から枝分かれした神経根の根本部分が圧迫を受けた状態である.神経根の圧迫は,片側だけで起こることが多いが,両側の症状を呈する場合もある.主な症状は下肢痛や殿部痛である.神経学的所見は,圧迫を受けた神経根と同レベルの下肢痛や筋力低下を特徴とする.

3.混合型

馬尾神経と神経根の両方が圧迫を受けた状態で,馬尾型と神経根型の両方の症状が出現する.

臨床症状

1.下肢痛,感覚障害

神経根型では,障害されている神経根の支配領域に沿った下肢痛,感覚障害が出現する.症状は障害神経根のデルマトームの分布よりも,より広範囲に生じる場合もある.馬尾型では,両側の殿部,下肢,会陰部に異常感覚として出現する.異常感覚の訴えは,ピリピリ,ジンジン,灼熱感,冷感,絞扼感,砂利を踏んでいるような感覚など様々である.

2.間欠性跛行

間欠性跛行は腰部脊柱管狭窄症の臨床症状において,極めて特徴的な症状である.間欠性跛行には,神経が圧迫されることで出現する神経性間欠性跛行と,血管が圧迫されることで出現する血管性間欠性跛行がある.腰部脊柱管狭窄症は,神経性間欠性跛行を呈する.血管性間欠性跛行は,主に閉塞性動脈硬化症に出現する.表3(※権利関係の都合上,本書をご覧ください)に神経性間欠性跛行と血管性間欠性跛行の鑑別を示す 3)
間欠性跛行を呈することで,長距離の歩行が困難となり,身体活動量(1 日の歩数)が低下しやすい.

3.腰痛

腰部脊柱管狭窄症では腰痛を伴う症例が多く,特に間欠性跛行時に出現し,座って休むと軽減する特徴を有している.腰部脊柱管狭窄症の腰痛は,初期症状として出現することもあり,鈍痛のことが多い.腰部脊柱管の横断面積は,腰椎伸展位で減少し,屈曲位で増加する.そのため,脊柱管の狭窄を回避するために,腰椎後弯姿勢をとりやすい.腰椎後弯姿勢は,筋・筋膜性の腰痛を呈しやすく,長時間の立位保持や歩行により腰痛が増悪する特徴を有する.間欠性跛行と同様に,筋・筋膜性の腰痛は座位にて軽減する.
腰部脊柱管狭窄症は退行変性であるため,椎間板や椎間関節の変性から生じる.椎間板性や椎間関節性の腰痛として出現する症例も少なくない.
これらの腰痛の原因は単独の部位の影響ではなく,合わさって腰痛として出現していることが多い.

4.筋力低下

神経根型では,障害されている神経根の支配筋の筋力低下が出現することがある.筋力低下は,神経の狭窄が高度になると出現し,手術の適応となる場合がある.馬尾型では,歩行中や立位姿勢の際に,脱力感として生じることが多い.また,疼痛により活動量が低下したことによる廃用性筋萎縮に伴う筋力低下の可能性も疑う.

5.膀胱直腸障害

腰部脊柱管狭窄症の約3〜4%で認められ,馬尾型の重症例に多く出現する.膀胱機能の障害には残尿,頻尿,排尿障害,尿路感染などがある.一方,直腸障害には便失禁,便秘,頻便などがある.

6.バランス能力低下

腰部脊柱管狭窄症は,バランス能力が低下する疾患の1 つである 4, 5).バランス能力の低下は,転倒につながるため,特に高齢な症例には注意が必要である.高齢者は転倒すると骨折しやすく,骨折後は要介護状態になる可能性が高くなる.

7.不良アライメント

腰部脊柱管の横断面積は,腰椎伸展位で減少し,屈曲位で増加する.そのため,脊柱管の狭窄を回避するために,腰椎後弯姿勢 6)やスウェイバック姿勢を呈しやすい(図5).腰椎後弯姿勢は,他の関節まで影響を及ぼし,胸椎後弯の増加,骨盤後傾位,股関節屈曲位,膝関節屈曲位を呈しやすくなる.このような後弯姿勢は転倒しやすい姿勢である7) .スウェイバック姿勢は,頭部が前方に移動し,胸椎の過度な後弯,上部体幹の後方移動,腰椎前弯減少(腰椎の平坦化),骨盤後傾および前方移動する姿勢であり,脊柱管の狭窄を回避できる姿勢である.このように,腰部脊柱管狭窄症の症例は,疼痛からの回避により不良姿勢になりやすい.

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ここに注意
後弯姿勢は転倒のリスクとなるが,腰部脊柱管狭窄症の症例に腰椎を伸展させての後弯姿勢の修正は,脊柱管の狭窄をさらに助長させてしまい,下肢症状の増悪につながることを理解しておく.

画像所見

腰部脊柱管狭窄症の診断は,画像所見だけでは診断できるものではないため,臨床症状や身体所見も合わせて診断することが必要である.

1.X線画像

X 線画像では,脊柱管狭窄を評価するのは難しい.X 線画像では,①椎間板の変性,②椎体の変形,③椎体のすべり,④腰椎アライメントを確認する​​(図6)

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ここをおさえる:X 線画像のみかた
①椎間板の変性(図6 青色線) 
椎体間には椎間板があり,健常者では椎体間の高さが保たれている.椎間板が変性する と,他分節の椎体間と比較し,椎間板の高さが減少する.
②椎体の変形
椎間板変性に伴い椎間板高が減少すると,椎体の骨硬化や骨棘といった変形が生じる.骨硬化は,椎体終板が白く映る(高吸収域).健常者では椎体の形状は四角形状に観察されるが,骨棘が形成されると椎体上下辺縁の一部が突出してみえる.椎体後方の骨棘は神経を圧迫する原因になる.
③椎体のすべり(図6 オレンジ色線) 
矢状面像にて椎体のすべりの程度を確認する.すべりの程度はマイヤーディングの分類で評価し,下位椎体上面を4 等分して上位椎体の後下縁の位置ですべりの程度をⅣ 度に分類する 8).椎体のすべりは,脊柱管狭窄の原因となる.
④腰椎アライメント(腰椎前弯・側弯の程度)​​​​​​​(図6 黄色線) 
通常,腰椎は生理的な前弯を有している.腰椎の過度な前弯は,脊柱管を狭窄させることから,腰椎の前弯の程度も確認する.また,側弯変形は脊柱管狭窄や椎間孔狭窄による神経の圧迫の原因となるため,側弯の程度も確認する.

2.MRI

MRI は脊柱管における神経組織と周囲組織を把握するうえで有用である.MRI は腰部脊柱管狭窄症の画像診断に適した非侵襲的な検査である.神経の圧迫の程度を確認するには,MRI のT2 強調像を確認する.MRI を見るうえで正常なMRI を把握する(図7)
MRI からは,①脊髄の圧迫,②椎間板の膨隆,③黄色靱帯の肥厚,④椎間関節の変形を確認する​​​​​​​(図8)

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ここをおさえる:MRIのみかた
①脊髄の圧迫(図8 黄色矢印) 
脊柱管内は髄液が満たされているため,水平面の正常像では脊柱管は円く白く映り,馬尾神経の圧迫なども認められない.一方,脊柱管狭窄を認める場合は,円ではなく,後方部分が直線になり,脊柱管は三角形状に映る(図8 緑色矢印) 
②椎間板の膨隆
年齢とともに椎間板の水分保持能は減少し,荷重に伴う椎間板の支持性は低下する.椎間板の支持性が低下すると椎間板の高さは次第に減少して変性していく.MRI のT2 強調像では,変性した椎間板は黒く映る(低吸収).また,変性した椎間板は膨隆し,神経圧迫の原因になる.​​​​​​​
③黄色靱帯の肥厚​​​​​​​ 
椎間板の変性に伴い,腰椎は不安定になる.腰椎の安定性を保つために,黄色靱帯を始めとする靱帯の厚みが増す.黄色靱帯の肥厚は神経圧迫の原因になる.​​​​​​​
④椎間関節の変形​​​​​​​ 
椎間関節は四肢の関節と同じく関節軟骨や滑膜を有しており,関節軟骨の変性・消失,上下関節突起の変形,骨棘形成が生じる.椎間関節の変形は,神経圧迫の原因になる.

3.脊髄造影検査

脊髄造影検査は,脊髄腔内に造影剤を注入し,脊柱管内の神経組織の狭窄の部位や程度を評価する検査である.立位時の脊柱の状態や機能撮影(前屈,後屈)を行うことができ,MRI では困難な脊柱の動的な評価が可能である.また,骨病変の状態などの評価に適している(図9)

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ここをおさえる:脊髄造影検査のみかた
神経狭窄の部位と程度 
どの程度,腰椎伸展位で狭窄し,どの程度,腰椎屈曲位で狭窄が改善するかを把握する.この検査結果は,疼痛や痺れへのアプローチのヒントになる.

 

1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,他(編):腰部脊柱管狭窄症ガイドライン2021.改訂第2 版,pp9-14,南江堂,2021
2) Sortland O, et al:Functional myelography with metrizamide in the diagnosis of lumbar spinal stenosis. Acta Radiol 355(Suppl):42-54, 1977
3) 大島正史,他:腰部脊柱管狭窄症の診断と治療―ガイドラインを中心に.日大医誌 71:116-122,2012
4) Kim HJ, et al:The risk assessment of a fall in patients with lumbar spinal stenosis. Spine 36:588-592, 2011
5) Lee BH, et al:Comparison of effects of nonoperative treatment and decompression surgery on risk of patients with lumbar spinal stenosis falling:evaluation with functional mobility tests. J Bone Joint Surg Am 96:1-6, 2014
6) Pourtaheri S, et al:Pelvic retroversion:a compensatory mechanism for lumbar stenosis. J Neurosurg Spine 27:137-144, 2017
7) McDaniels-Davidson C, et al:Kyphosis and incident falls among community-dwelling older adults. OsteoporosInt 29:163-169, 2018
8) Meyerding H:Spondylolisthesis. Surg Gynecol Obstet 54:371-377, 1932

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