医学界新聞

寄稿 辰巳 陽一,丸山 和希,門村 将太,木村 泰,松田 奈々,平野 匠

2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

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 医師としての輝かしいキャリアの第一歩を踏み出した新研修医の皆さんにとって,この1か月間はどのような日々だったでしょうか。一人でできることが少しずつ増え,「楽しい」と感じる機会もきっと多くなってきたことでしょう。しかし,時には困難も待ち受けているのが人生です。壁にぶつかった時,悩んだ時は,頼りになる先輩医師や同期,そして院内にいる専門職の方々からの知恵を借りることも一手です。

 そこで今回は,研修医とのかかわりの深い各部門の専門家6人に,病院内で活躍する研修医になるための“Tips(ヒント)”を3つずつ伝授してもらいました。

▼ 目次

医療安全  辰巳 陽一(近畿大学病院安全管理センター・医療安全対策部)
研修担当事務  丸山 和希(利根中央病院 医局事務課長)
薬剤師  門村 将太(JCHO北海道病院薬剤部 副薬剤部長)
理学療法士  木村 泰(練馬光が丘病院リハビリテーション室 室長補佐)
看護師  松田 奈々(藤田医科大学病院FNP室 診療看護師/同大学保健衛生学部看護学科総合生命科学分野 講師)
臨床工学技士  平野 匠(大阪大学医学部附属病院臨床工学部 主任)
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近畿大学病院 安全管理センター・医療安全対策部

Tip 1 「私の言っていること,わかりますか?」――それ,患者さんにも自分にも聞いてみて

 医師として説明の機会が増えてくると,「わかりましたか?」と形式的に尋ねてしまっている自分に,いつか気づく日がやってきます。しかしインフォームド・コンセント(informed consent:IC)の本質は,「インフォーム(説明)」ではなく,「コンセント(理解と納得)」にあります。伝わっていなければ,説明したことにはなりません。つまり,医療者はICを「する」ことはできず,ICを患者から「もらう」,あるいは「してもらう」しかすべがありません。

 そもそも,医師自身が十分に咀嚼できていない専門用語を,患者が理解できるはずもありません。例えば「挿管」という言葉です。医療者にとっては日常用語でも,患者からすれば,ニュースで度々話題に上がる密入国者の強制「送還」や,「AとBの『相関』関係」という意味しか思い浮かばないかもしれません。

 人は,一度わかってしまうと,わからなかったときのことを忘れてしまう生き物です。「同意書にサインをもらうこと」がゴールではなく,「どう理解されましたか?」と確かめることがICの本質です。その第一歩として,自分が使っている言葉を丁寧に解きほぐし,相手に伝わる言葉に言い換える練習から始めてみましょう。

Tip 2 「私って,心理的に安全ですか?」――沈黙はチームの空気を映す鏡

 「こんなこと聞いたら怒られるかも」「これって言わないほうがいいかな」。そんなふうに感じたことがあれば,そこには心理的に安全でない“小骨”が喉にひっかかっているかもしれません。心理的安全性は「仲がいいこと」ではなく,「間違いや疑問を口にできる,ダメ出しできる空気」です。研修医が「わからない」と言えない環境では,小さなミス,小さな掛け違えが大きな事故につながります。「安心して発言できる場所に自分はいるだろうか」。そう自身に問いかけることから,安全なチームづくりが始まります。そして,誰かの一言に耳を傾ける余白を持つことが,次の仲間の声を引き出します。

Tip 3 「掃除のおっちゃんに,あいさつできますか?」――あなたの無意識が,チームの意識をつくります

 清掃スタッフや警備員,事務職員など,病院にはさまざまな職種がかかわっています。彼らは医療行為こそ行いませんが,日々の現場を支える“見えないチーム”の一員であり,時に最初に異変に気づく人でもあります。「おはようございます」と自然に声をかけられるかどうかは,あなたがその人を“人として”見ているかどうかの証(あかし)です。そして,その関係性が,いざという時に声をかけてもらえるか,見過ごされるかを左右します。

 この問いは,「今しているか」「意識すればできるか」ではなく,「当たり前のようにできるか」を問うものです。医師になって1 年もすると,天上界に居る自分に気づく方もおられることでしょう。肩書きや役割を越えて,誰にでも敬意を払えること。それが医療者としての土台であり,安全文化の第一歩です。医師以外に,周りにどんな人たちがいて,どんな風に支えてくれているのか,その空気を感じることができるアンテナを,まず組み立ててみてはどうでしょう?

●新研修医への一言メッセージ

 説明は,伝わり理解してもらい初めて説明になります。安心は,声に出して言えたときに初めて生まれ,敬意は,声をかけて相手を知ったその瞬間に生まれます。そして,医療は,人と人のあいだにあります。これから訪れる忙しい日々の中でも,どうか,言葉の行方を忘れずに。応援しています。

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利根中央病院医局事務課長

Tip 1 返事は「YES」か「ハイ」か「喜んで」

 日常の研修,診療業務に加え,とにかくさまざまなタスクが研修医の皆さんには集まってきます。カンファレンスでの症例提示,他職種向けのレクチャー,学会発表の準備や合同説明会での病院紹介,実習生がいればその対応,施設によっては患者さんや地域住民向けの講演などです。無理難題やオーバーワークな状況でも引き受けろとは言いませんが,頼まれごとは積極的に引き受けていただきたいと思います。

 他者に向けて話す=アウトプットの経験は,自身の学習のきっかけや知識の整理につながります。また頼まれごとを引き受けることで信頼の獲得にもつながり,その後の研修にも良い影響を及ぼすことでしょう。全ては「経験」です。雑用と思えばそれまでですし,どうせやるのであれば,与えられたタスクを自身で「意味のあるもの」に昇華させ,前向きに取り組んでみましょう。

Tip 2 その街の「住民」になってみよう

 今の病院は,何を理由に選びましたか? 指導体制や研修環境,専門研修を見据えて,あるいは2次募集で……と,さまざまな理由があると思います。

 多くの人が2年間(たすきがけでは1年間),その街で診療することになります。病院は基本的に具合の悪くなった患者さんが来るのを「待つ」ところです。ぜひ自分の足で街に繰り出し,その医療圏や生活圏を多角的に見てみましょう。医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)1)でも「総合的に患者・生活者をみる姿勢」が問われています。スーパーや日用品店はどこにあるか,バスや電車など公共交通機関はどんな状況か,地域の産業や名産は何か,観光スポットは何があるのか。多くの場合,患者さんや他職種のスタッフはその地域の「先輩」です。そうした方々との共通言語が増えることは信頼関係の構築につながりますし,患者さんの生活を具体的にイメージできることが診療面で役立つこともあるでしょう。

Tip 3 もう1人の「自分」を用意しよう

 就職してしばらくの間は,慣れない環境と医師としての責任,命に向き合うプレッシャーで心身ともに疲弊することと思います。一説では研修医の20%が抑うつ状態を呈し,1%が研修中断を経験しているといった報告もあります2)

 働き方改革もあり,研修医だからといって24時間365日呼び出されるという時代ではなくなったと思いますが,社会人1年目では息抜きや休みの取り方・使い方で苦慮する研修医も多いのではないでしょうか。ON/OFFの切り替えは精神衛生を保つために重要なものの,その方法は誰かが教えてくれるものではありません。自分なりにリフレッシュするための方法や場所を用意しておきましょう。読書が趣味なら落ち着ける公園やカフェを探したり,お酒が趣味ならお気に入りの居酒屋やバーを見つけたり,運動が趣味なら地域のサークルやクラブチームに参加したりと,「自分を解放」できる方法や場所をぜひ見つけてください。

●新研修医への一言メッセージ

 研修担当事務は,研修医の皆さんが無事に研修を修了できるようにサポートすることが任務です。仕事でも,プライベートでも,何か困ったことがあればまずは相談してみてください。 

1)文科省.医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版).2022.
2)瀬尾恵美子,他.初期研修における研修医のうつ状態とストレス要因,緩和要因に関する全国調査――必修化開始直後との比較.医教育.2017;48(2):71-7.

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JCHO北海道病院薬剤部 副薬剤部長

Tip 1 人は誰でも間違える。だから処方する前にDI を確認しましょう

 『To Err is Human』(人は誰でも間違える)はご存じの方も多いと思います。これは,米国医療の質委員会・医学研究所がまとめた医療事故に関する報告です1)。この報告の中には,医薬品過誤の事象も含まれています。こうした医療事故が発生するのは米国だけに限りません。日本でも研修医が処方あるいは投与した医薬品過誤による死亡事例が報告されています。例えば持参薬にあった関節リウマチに用いるメトトレキサートの用法用量の指示誤り(週1回のところ連日投与)2),脊髄造影を行う際にイオトロランを尿路に用いる造影剤アミドトリゾ酸と取り違え投与3)した死亡事例があります。これらの事例は,事前確認さえ十分に行っていれば防げた「予防可能な薬剤有害事象」と考えられています。

 では,どうすれば医薬品過誤を防げるのか。1つの方法は,医薬品情報(drug information:DI)を確認することです。現在,多くの病院ではDIを電子カルテ等から閲覧可能です。初めての処方や投与時,あるいは患者さんの持参薬で知らない医薬品があった時にはDIに目を通す癖をつけましょう。

Tip 2 医薬品は患者によって体内動態や作用強度が異なる

 医学生時代におそらく臨床薬理学という講義があったはずです。その中で薬物動態について学んだことを覚えているでしょうか。医薬品のうち,内服薬は胃や腸で成分が吸収され肝臓を通過した後に,また注射薬は血中に入った後に,心臓を介して全身に分布,その後水溶性薬物は腎臓を介して尿中へ,一方の脂溶性薬物は肝臓で代謝され胆管などを介して便中へ排泄されます。薬物の排泄速度は全身クリアランス(CLtotal)と呼ばれ,腎クリアランス(CLr)と肝クリアランス(CLh),その他のクリアランスの総和として表現されます。

 腎機能が低下した患者はCLrが低下しているので,腎排泄の割合が高い(腎排泄型)薬を常用量で投与すると,蓄積性副作用が起こりやすくなります。一方,肝機能が低下した患者はCLhが低下しているので,肝代謝の割合が高い薬を常用量で投与すれば,同様に副作用が生じやすいです。肝代謝型薬剤が少し厄介なのは,肝機能が低下していなくとも,併用薬が肝代謝を阻害してCLhを低下させる場合があることです。これを薬物間相互作用(drug-drug interaction)と言います。

 このように医薬品は,患者の併存疾患や併用薬により,薬物動態が異なり,結果として作用が強まるおそれがあることを知っておきましょう。

Tip 3 さまざまな専門職の役割を知って,より良い関係構築を

 医師にしかできない業務はたくさんあります。しかし,他職種でも実施可能な業務も一部あり,その業務を委託する,タスクシフト/シェアが近年進んできています。つまり医師には俯瞰的な視点で各職種の役割を理解することも求められているのです。Tip 1および2で述べた内容を網羅的に理解することは多忙な医師には難しいかもしれません。そこで薬剤師の出番です。臨床研修病院の多くには病棟薬剤師が配置されていると思われます。「DIを見てもよくわからない」「この薬どうオーダーすれば?」など,困った時はぜひ病棟薬剤師に相談してみてください。医師からの問い合わせは,そこで働くスタッフの知識やスキルアップ向上にもつながります。ぜひ他職種とのwin-winの関係を構築しましょう。

●新研修医への一言メッセージ

 臨床現場において,「知らないことを知らなかった」で許されるのは研修医のうちです。なぜなら指導医や担当責任医師がいてくれるからです。

 あらゆる職種に言えることですが,もしも知らないことが出てきた時には,知らないことを放置せずに自身で調べる,もしくは知識のある人に聞きましょう。研修医にとって知らないことは恥ではありません。知らないことがあるということを知る,すなわち「無知の知」にまずは気がついてください。医療職は,生涯勉強,生涯研鑽ですね。

 最後に,研修医の皆さん,薬剤師をぜひよろしくお願いいたします。

1)Institute of Medicine. To Err Is Human:Building a Safer Health System. 2000[PMID:25077248]
2)医療事故調査・支援センター.薬剤の誤投与に係る死亡事例の分析.2022.
3)医療安全全国共同行動.イオン性ヨード造影剤(ウログラフイン®等)の誤投与・流入による有害事象.2018.

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練馬光が丘病院 リハビリテーション室 室長補佐

Tip 1 適切なリハ処方で入院関連機能障害を予防しましょう

 急性期病院での診療では,入院の原因となった疾患の治療だけでなく,患者の廃用予防も考慮する必要があります。特に高齢者では,入院前から身体的,社会的,認知的フレイル(虚弱)を抱えていたり,多疾患併存状態であることが多いため,急性期疾患の治療や手術がうまくいった場合でも,日常生活動作能力が低下し自宅への退院が困難になったり,要介護状態に陥ったりすることがしばしばあります(入院関連機能障害)。これを避けるには,入院早期からリハビリテーション(以下,リハ)の必要性を見極め,積極的に介入することが重要です。

 研修医の皆さんは,病棟で患者を担当する際,その患者にとってリハが必要かどうかを悩むことがあるかもしれません。その際は,指導医だけでなく,リハ部門のスタッフにも相談してみましょう。また,自施設のリハ部門における疾患別リハの施設基準や対応可能な疾患・病態,実施可...

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