実践の向上,人々のウェルビーイングを見据えた看護研究に向けて
対談・座談会 坂下 玲子,友滝 愛
2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

多くの看護研究者や大学院生を中心に長年読み継がれてきた書籍『ポーリット&ベック看護研究』。看護研究の全容をつかもうとする挑戦には,果てしない大海原に漕ぎ出すに等しい困難があるわけですが,本書は航海を可能とする羅針盤のように,研究に臨む人たちの道標となってきました。このたび本紙では,書籍新版の出版を記念して,監訳者の坂下氏,Evidence-based Practiceを軸に活動を続ける友滝氏による対談を企画。書籍新版についてはもちろん,看護研究全般にわたって広くお話しいただきました。
坂下 このほど私が監訳を務める書籍『ポーリット&ベック看護研究 第3版』(医学書院,原書第11版)が上梓されました。「黒本」の愛称で,多くの看護研究者や大学院生,教員によって読み継がれてきた一冊です。本日は気鋭の看護研究者である友滝愛先生をお迎えし,本書についてはもちろん,看護研究全般にわたって広くお話しできればと思っています。
友滝 私は「臨床と研究の橋渡し」をモットーに,研究を通じた臨床現場の改善・医療の質向上をめざして活動しています。今回の書籍新版では,私の活動に深くかかわる章も新たに加わっており,対談にお声掛けいただけて光栄です。ありがとうございます。
実践の向上を見据えた看護研究
坂下 友滝先生は,どのようにして研究の道に進まれたのですか。
友滝 短大で看護師資格を取得した後,学士編入を経て,東京大学医学部附属病院で働きました。私は小児外科・HCU病棟に配属されましたが,今でも印象に残っているのは,医師の考える治療方針と家族の希望が異なるときに,双方をつなぎ,意思決定のプロセスに伴走する,まさに共同意思決定を支える専門看護師の先輩の姿です。そういった先輩たちのケアを間近で見て,臨床でのすばらしい実践を広める方法の1つとして,私は研究のほうからアプローチしたいと考えた次第です。
坂下 私も似たところがあります。臨床の技と科学をどう統合して新しい知を生んでいくかを自身のライフワークとして研究に従事してきました。本学看護学部では2014年に臨床看護研究支援センターを立ち上げ,臨床と教育の連携による看護実践の質向上をめざしています。
友滝先生は東京大学と日本看護協会により開設された社会連携講座に在籍されていますが,どのような研究をされるのですか。
友滝 今年1月に開設された講座で,看護に関するリアルワールドデータを利活用したエビデンスの創出・データベースの構築,看護のデータサイエンス人材の育成等を軸に活動しています。今回の書籍でも,電子カルテ内の記録を活用したデータ収集について触れられていて,看護研究の方法の1つに既存データの利活用が位置付けられていることを,改めて感じました。
「一般化」と「適用」のバランスを取りながら知の蓄積を
友滝 今回の書籍新版で,ポイントになる部分を教えてください。
坂下 新版の焦点は,複雑な看護現象を研究という活動でどのように解き明かし,実践の質向上につなげていくかにあると考えています。そうした方針の具体的な表れとして,EBP(Evidence-based Practice)の推進が貫かれています。先ほどリアルワールドデータのお話がありましたが,リアルワールドに貢献できる知をいかに構築していくかが大きなポイントとして存在します。また注目すべき点として,質的研究および混合研究といった,量的研究以外の記述も充実しました。加えて,新版の新しい方向性として,デジタルを活用したデータ収集法やビッグデータの活用法,臨床現場での研究や質改善が論じられています。特に質改善には丸ごと一章が費やされていますから,ぜひご一読いただきたいです(「第12章 質改善と改善科学」)。
友滝 坂下先生の中で特に印象に残っている章はありますか。
坂下 今版で新たに追加された「第31章 適用可能性,一般化可能性,関連性:実践に基づくエビデンスに向けて」は,研究成果をどう現場に適用していくのかを取り扱う章であり,チャレンジングな内容で印象に残っています。「一般化可能性」は母集団に関連する用語で,研究結果が,研究対象者以外の集団にも広く当てはまるかを示します。対する「適用可能性」は,研究によって示されたエビデンスが実際に個人や地域集団へ適用できるかを示します(図)。「一般化」と「適用」は異なる概念のため,両者のバランスを取りながら知の蓄積をどう推進していくかが問われるわけです。同章では,研究エビデンスの適用可能性と関連性に注意を払うべき理由を説明した上で,いくつかの提案を行っています。

エビデンスが一般化可能なものから適用可能なものへと移行する仮想の連続体を示している。図の下部は,研究者がこの連続体に沿って使用できる戦略の例を示している。
友滝 プレシジションヘルスケア(註)の考え方に強く結びつく章ですね。
坂下 ええ。従来のエビデンスは一般化された集団の平均値を扱ってきたものの,その人にとって最適化されたヘルスケアが提供されるべきであるとの考えを重視しているところが,書籍新版の新しい点だと考えています。
理論的枠組み=立場表明
坂下 加えて言うならば,私が本書の中で読者に最も読んでいただきたいのは「第6章 理論的枠組み」です。これは旧版の頃から存在する章で,本書では研究の理論的枠組みが重要視されています。看護研究に取り組むことを通じてどうしたら看護実践の質が向上するのだろうかとさまざまに悩んできた人にこそ,この章の真価が伝わるのではないでしょうか。
友滝 世の中で起きている事象を研究という形でとらえようとするとき,看護学研究者にとって理論的枠組みは,その事象を解釈していく道を照らしてくれるようなイメージを抱いています。坂下先生の考える,看護研究における理論的枠組みの位置づけや意義をお伺いしたいです。
坂下 私は看護研究を,看護現象を扱う研究と位置づけています。そこで「看護現象とは何か?」ということですが,現象とは,人間が知覚する全ての物事を指します。今ここで私と友滝先生が対話しているのも一つの現象で,それは多様な面を持っています。その現象を友滝先生の立場からとらえることもできれば,私の立場からもとらえられる。看護にまつわる現象も多様な局面を持っています。看護は行為であり,その場その場でプロセスとして消えていく現象です。看護研究とは原則,そうした看護現象を扱っているものと考えます。
そうすると,自分がとらえた現象と他の誰かがとらえた現象はおそらく異なるはずなのに,それを同じものとして進んでいくリスクがあります。その点を明確にするには,対象とする現象をどうとらえ分析を進めていくのかについて,立場表明が必要です。その立場表明こそが,理論的枠組みだと私は考えています。そうした枠組みを持たないと,研究という長い道のりの中で迷子になりかねません。
友滝 看護職ではない人が看護のマインドを持って行う行為は,看護研究の対象に含めてよいのでしょうか。
坂下 含めてよいと私は考えます。ただし,学問としては専門性に注目するので,看護職が提供する専門的な活動が中心になるはずです。一方で,ケアはもっと広い概念だと考えます。そもそもなぜ看護職の働きが評価されにくいかと言うと,古来から家庭内で行われてきた行為を含んでいて,その専門性が見えにくいからです。病人にご飯を食べさせることは「誰にでもできる」と考えられがちだけれど,そのような行為を専門性を持って行うことでアウトカムが全然違ってきます。そのことは,看護実践の「可視化」が問われていることとつながっているはずです。
臨床と研究をどうつなげていくのか
友滝 おっしゃるように昨今,看護の可視化との表現を目にする機会が増えました。私自身,現在,リアルワールドデータを活用した看護の可視化,特に定量的なデータを使った研究にチャレンジしています。ただし,データ化された時点で,実際に起きている現象の一側面を,ある視点に基づいて切り取っているに過ぎないこともあるので,ただ分析をすればよいのではなく,データの背景を丁寧に理解することが重要だと感じます。
坂下 データ分析のみによって可視化を行おうとするのは難しいでしょうね。求められている可視化とは,看護の行為,判断,価値を見える形にすることかと思います。そうであるならば,量的研究,質的研究の両方のアプローチが必要になるはずです。
量的研究は,現象をとらえて,そこに登場する変数が明らかになって初めて生きてくるものです。ストーリーがないまま,つまり仮説がない段階でやみくもにビッグデータを解析したところで意味のある成果は得られないでしょう。一方,現象の中の重要な概念を抽出し仮説を築くのが質的研究で,質的研究が積み重なることで理論が構築されるのだと私は考えています。ですから,可視化を行うのであればまずは熟練した看護師への聞き取りや観察から現象をみていくことです。そうした研究はすでに行われているものの,課題は,その結果が臨床の方にも伝わる言葉で表現されていないことにあると思います。
友滝 看護の可視化は量的研究と質的研究の両輪で,ということですね。研究から得られた知見を,実践のエビデンスとして臨床現場で落とし込んでもらえるよう発信していくことが,研究者には求められているのだと思います。臨床家と研究者が対話を継続していくことについて,今後より一層取り組んでいきたいと考えています。
坂下 臨床と研究の間の架け橋として私が期待しているのは専門看護師(CNS)です。院内に一定数CNSがいることで大学と病院の共同研究がスムーズに進みますし,臨床での研究成果の活用も促進されるのではと思います。彼らをキーパーソンにして,どのような研究が医療界では行われていて,どのようなエビデンスを臨床に取り入れればいいのかがわかる方,特に管理者が臨床に増えていくと良いのでしょうね。
読み返すごとに学びがある
友滝 そうした臨床でのEBPの推進が書籍新版では貫かれているとのことでした。一方で,臨床研究を始めようとする人には本書はハードルが高いとも思います。
坂下 いきなり本書をひも解くのはつらいでしょう。
友滝 それでは,どのような人がどのような使い方をすると良いのでしょうか。
坂下 基本的には,研究者や大学で研究を始めようとする方向けの書籍だと考えています。使い方としては,全体を通読するよりも,辞書的に必要な箇所をピックアップして読むのがいいのではないでしょうか。読めば随所に有用なことが書かれてはいるのですが,なかなか全体を読破するのは簡単ではないというのが正直なところです。
友滝 わからない箇所があっても,学びを深めてから読み返すと「なるほどそういうことか」と実感できるのが本書ではないかと思います。私の専門分野に関する章にも,「このことも書いてある!」と思う箇所が随所にありますし,本書で取り上げている研究方法論の網羅性にも驚かされます。ただ,こういったことは,初学者のときにはわからなかったと思います。
坂下 何度も読み返すことには大きな意味があると思います。私はナイチンゲールの『看護覚え書』を読み返すたびに新たに感動するのですが,本書も同様に,自身の成長に伴って,読んでいて心に響く箇所が変わってくるのだと思います。
友滝 そういう意味では,研究者の生涯学習にも最適ですね。
坂下 いったんは自分で研究をやってみて,壁や限界にぶつかって,それから本書に戻ってくると,読んでいて刺さる箇所が増えるはずです。研究手法にとどまらず,研究中に存在する落とし穴もきちんと示してくれていますから。そういう意味で,研究という長いトンネルの中で出口がなかなか見えずにもがいている最中に読み返すことで,何を大切にしなければならないのかについて示唆をもらう……といった使い方もできると思います。
*
友滝 看護は様々な人々を対象としますが,生きづらさを感じる方や,治療や療養でつらい思いをされている方も多くいらっしゃいます。そのような中で,対象者のいま,そのときを支え,ひいてはその後の未来をも支える看護職の実践をデータで示し,研究結果をエビデンスとしてまた臨床に戻していけるよう,これからも研究に取り組んでいきたいと思います。
坂下 研究に取り組むに当たっては,何のためにその研究をするのかについて,今一度自問してみてほしいです。答えとしてそこにあるのは患者さんやご家族の笑顔だと良いですね。そうした人々のウェルビーイングに貢献したいという熱意が,良い研究を導くのではないかと考えています。
(了)
註:個々の患者に最適なヘルスケアを提供することをめざし,遺伝情報,ライフスタイル,環境要因などを基に,患者一人ひとりに合わせた治療・予防・健康管理を行うアプローチ。従来の一般化された画一的な医療ではなく,その人にとって最も効果的な医療を追求する。

友滝 愛(ともたき・あい)氏 東京大学大学院医学系研究科 社会連携講座ナーシングデータ サイエンス講座 特任准教授
2002年広島県立保健福祉短大看護学科(当時)卒。東大医学部健康科学・看護学科(当時)へ学士編入し,その後看護師として2年間の臨床経験を経て,研究を通じた臨床現場への貢献に関心を持つ。東大大学院修士課程で疫学・生物統計学を学んだ後,臨床医主導の臨床研究,症例レジストリ事業等に携わる。15年より看護系大学教員となり,看護師のEBPをテーマにした研究やリアルワールドデータを活用した研究に取り組む。20年千葉大大学院にて博士(看護学)を取得。25年より現職。

坂下 玲子(さかした・れいこ)氏 兵庫県立大学 理事兼副学長 / 看護学部 教授
1985年東大医学部保健学科(当時)卒。90年同大大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了。博士(保健学)。口腔保健を専攻し,食環境と発達に関する研究を主に行ってきた。現在は研究の範囲を高齢者に広げ,その人の内なる力を強める支援を模索している。92年鹿児島大歯学部助手,99年筑波大病院副看護師長,2001年兵庫県立看護大(当時)助教授等を経て,05年より現職。21年より副学長を兼任。23年,Fellow of American Academy of Nursing(FAAN)の称号を授与される。
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