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医学界新聞

どう動く? どう導く?

対談・座談会 藤川 葵,後藤 礼司,近澤 研郎,近藤 敬太

2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

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 2024年4月に医師の働き方改革が施行されてから1年が経過しました。読者の皆さんの働き方は,職場は,QOLは,果たしてどう変わったでしょうか?

 医師の長時間労働の是正やタスク・シフト/シェアの推進をはじめ,あらゆる医療従事者を巻き込んだ改革が現在も進んでいます。本紙では,かつて厚生労働省で働き方改革の施策を担当していた藤川氏を司会に迎え,自身の臨床・研究業務に加え若手の教育や管理者としての働きも求められる中堅医師,いわゆる“プレイングマネジャー”世代の4人による座談会を企画。働き方改革の影響をどう受け止め,現状にいかなる課題を感じているのか。管理者としての苦悩から自身のキャリアの展望までを,本音で語っていただきました。

藤川 2024年度から開始された医師の働き方改革では,時間外・休日労働の上限は原則として年間960時間(A水準,)に定められました1)。上限が1860時間まで認められる特例水準(連携B・B・C水準)の適用は全国で約500施設にとどまり,一番多い東京でも50施設程度です。特定の診療科,あるいは特定の施設では医師が制度の上限である月155時間に近い時間外・休日勤務を余儀なくされる例も見られるものの,労務管理の厳格化もあり,蓋を開けてみれば多くの医師がこの基準内に収まっているようです。制度施行前に懸念された地域医療の急激な崩壊も現時点では顕在化していませんが,社会構造や医療ニーズの変化と本気で向き合い日本の医療を抜本的に変えないといけない,そのスイッチが押された1年だったように感じています。

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表 医師の時間外労働の上限規制(文献1をもとに作成)

 本日は臨床・研究のプレーヤーとして第一線で活躍する一方,中間管理職として現場の取りまとめや組織のマネジメント業務も担う,まさに働き方改革のど真ん中にいる先生方にお集まりいただきました。

藤川 まずはこの1年で先生方の職場がどう変わったかを伺いたいです。

近澤 当院の産婦人科はもともと働き方改革に積極的だったので,この1年で何かが大きく変わったということはありませんでした。患者数や手術の状況次第で波こそあれど,基本的にどの医局員も18時台には終業しています。明確に変わったのは研修医の労務管理です。病院の方針として17時ぴったりに退勤してもらうようになりました。残業をして手技を学びたい,手術を見たいといったやる気のある方は例外ですが,定時を過ぎれば研修医からの苦情につながるケースもありますので,時間外になれば他のスタッフで業務を引き継いで対応しています。

近藤 自身の働き方はさほど変わっていません。しかし若い世代の労働時間に対する意識は私たちの世代と全く異なると実感しています。中には「定時を過ぎる」こと自体に抵抗を感じる方もいますから,どこまでが義務的でどこまでが自主的なのか,業務の線引きをかなり意識するようになりました。当院は専攻医数が1学年当たり20~30人と人数が多いので,事務処理能力が高い医師に事務方との連携や研修医の労務管理をしてもらいながら,過剰に働きすぎる方が出ないようにする仕組みをこの1年で整えました。

後藤 当院では研修医に時間外労働させすぎないことを指導医に徹底しており,たとえ自発的に残っている方だとしても強制的に退勤していただくようにし,当直明けも必ず朝に帰れるよう調整しています。そうした働き方がある程度定着してきているために,プライベートの時間を犠牲にして業務に打ち込むような働き方をする研修医は極めて少なくなったと感じます。これはもちろん労務管理の面ではポジティブな変化なのですが,働きすぎないことを重視するあまり,とにかく圧倒的に自己研鑽が不足しがちな昨今の風潮に焦りも感じます。長期的なキャリア形成の視点でも心配ですし,今後負荷の大きい仕事に直面した際,それに耐え得る力がどれほど養われているのか疑問視せざるを得ません。

近澤 できるだけ働かず,タイムパフォーマンス・コストパフォーマンスよく生きたいとの考えが若い世代に増えているのかもしれません。これは何も医師に限った話ではなく,あらゆる業種に共通する事象なのでしょう。ただ医師の場合は専攻医になると業務の負荷や時間外労働がいきなり増加するので,その変化に苦しむ方も多いですよね。

後藤 はい。実際変化に対応しきれないケースはよくあるので,中間管理職であるわれわれが業務を代わります。さらに循環器内科特有の課題で付け加えると,宿日直許可の運用も不完全な面が多いと言えます。働き方改革が進んで,トータルで見れば自身の業務負荷は増え,QOLは下がったと感じるのが正直なところです。当院は来年からのチーム制の開始に向け,院内のルールやシステムを現在整備している段階ですので,仕組みが整ってさらにそれが文化として全体に浸透するまでは,今の苦しさが続きそうです。

藤川 働き方改革の中では時間外・休日労働のほかに有給取得率も重要な指標とされています。仕組みづくりも含め,皆さんの職場の状況を教えてください。

近澤 当院では夏休みはもともと1週間だったところにさらに休日が1週間プラスされ,今年度から計2週間になりました。その休暇期間の中で有給を消化してもらう形です。当然私を含め管理職もそのルールに従っていますし,2週間休む人がいる前提で外来や手術を調整するシステムが整備されています。

後藤 素晴らしいですね。当科の場合は休みを取りやすい職場に整えたいと思いつつも,「休まず働くことが美徳である」との考えを持った方もいまだに一定数おり,どう意識改革をすべきか苦心しています。中間世代が休まないと下の世代も休みづらくなりますから,解決策を皆さんにぜひ伺いたいところです。

近藤 そうした方には,まずは「仲間のためにも休んでくれ」と組織のリーダーが伝え続けることが重要だと思います。ワーカホリックな方はどの職場にもいるものですが,本人がそのつもりでなくても休みにくい雰囲気を作り出してしまいかねません。あとは職場内での有給消化率を可視化することも一手だと思います。当院の場合は医局でLINE WORKSを活用しており,全員が閲覧できるグループで有給消化が不足している方の一覧が共有され,有給取得を呼び掛けるシステムになっています。

藤川 可視化は大切ですね。私もチーフレジデント時代,各人の有給消化率を表にして壁に貼り付けていました。休みづらい雰囲気が原因で医局を辞めてしまう人が現れれば病院にとって損失ですし,その雰囲気に付随した言動がパワハラととらえられてしまう例もあります。少なくとも経営層や診療科の長は毅然とした対応が必要であり,休みを取りやすい環境を整えることは組織全体の問題なのだと院内で共通認識を持つことが肝要だと思います。

近澤 同感です。当科では働き方改革に対して教授の理解があったので以前から休みにくい雰囲気はありませんでしたが,最近は休みの間に行った旅行の写真を見せ合うなど,「休み=楽しいもの,気軽なもの」とする雰囲気の醸成もより意識するようになりました。制度を整備するだけでは行動変容につながらないケースもありますので,休まないことを美徳としない空気を,管理職側から作らねばとの思いがあります。

近藤 今後確実に人口が減少していくことを考えると,働き方改革を進める上ではICTツールの活用による業務の効率化が欠かせないと考えています。当院は中小病院のため,新しいツールをとにかく試して効果がなければすぐにやめるというサイクルを回しやすいのが利点です。例えば現在は,患者さんとのやり取りを録音し,それをもとに生成AIが自動的にSOAPの形式にまとめてくれるソフトウェアを外来と在宅で試験的に利用しています。またPHSを廃止し1人1台iPhoneを配布して,先ほど述べたLINE WORKSを導入したことも申し送りや連絡事項共有の負担軽減に効果が大きかったです。

藤川 勤務していた聖路加国際病院では,どの診療科もMicrosoft Teams(以下,Teams)を使っています。Teamsを開けば患者の情報や申し送り内容はほとんど把握できるようになっており,チャット機能をLINEのように用いて連絡事項のやり取りをしています。ただし,患者さんのカルテ情報がTeamsに自動で反映されるわけではないので,電子カルテとTeamsで入力が二度手間になってしまう点はデメリットかもしれません。

近澤 その手間を省く目的もあり,当院では患者情報は電子カルテへの記入に一元化しています。申し送り自体はしっかりと口頭で伝える場を設け,不明な点や困ったことがあれば電子カルテを確認してもらえば基本的にはOKというスタイルです。将来的に電子カルテがクラウド化されれば,二度手間の問題も解消されてどの施設でもスムーズに申し送りが行えるでしょう。

後藤 当院は今のところガラケー(PHS)を利用しており,最近ようやくiPhone導入の話が大学側から出始めた状況ですので,ICT活用はまだまだこれからといったところです。効率化を進めるに当たっては,そもそも業務の「標準化」が前提になくてはならないと強く感じています。例えば申し送りのシステムを整えるにしても,ツールやプロセスの前にそもそものカルテ記載を標準化しなくては意味がありませんし,ツールを導入するには職員間のITリテラシーの格差が障壁となることもあるので,その是正が必要になります。

近藤 ICTを活用したらそれで全てうまくいく,ということは決してありませんよね。事前の土壌づくりが重要とのご指摘はもっともだと思います。後藤先生自身が標準化のために取り組まれたことがあれば教えていただけますか。

後藤 カルテの標準化に関して言えば,院内で設けられている「ベストカルテ賞」()を私が受賞することから始め,まずはスタンダードとしてあるべき形式を全体に示しました。「必ずプロブレムリストを記載し,次に重要事項をまとめ,入院経過まで記入した状態にする。それを貼り付けたらサマリーになるから,これを毎日やってほしい」と口酸っぱく教育していますが,定着させるのはなかなか大変です。

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藤川 プレイングマネジャーは働き方改革の実行と並行して,若い世代への教育も常々求められていると思います。この点で感じられている難しさや課題があれば教えてください。

近藤 冒頭で後藤先生も言及されていましたが,規定の労働時間内で働くことを優先しすぎた結果,本来研修医の頃に積むべき研鑽や成長の機会を逸していると感じるケースはあります。例えば私が専門としているプライマリ・ケアの領域では,患者さんの治療や生活の質の改善に長期的にコミットする「継続性」がコンピテンシーの中でも重視されます。疾患とは関係のないコミュニケーションも含めて全人的に患者さんと深くかかわることが継続性を学ぶためには重要であり,初期研修の頃に学んでこそ成長につながるはずです。また,プライマリ・ケアの領域を面白いと感じるきっかけにもなると思っています。ですから定時上がりに縛られてしまい,成長機会がなかなか得難い環境になってきていることに歯がゆさを感じますね。

後藤 当院だけではないと思いますが,働き方改革の中で医療の質や患者安全を保つため,研修医“非”依存型の病院ができ上がってしまっているので,研修医が責任ある業務を経験する機会が減り,気の毒に感じることさえあります。例えば夕方に輸血を実施した後,本来なら1~2時間の観察が必要ですが,それをせずに定時で退勤してしまう。そうすると何か問題が起きても翌日までわかりません。結局,その後の対応は全て上級医が行うことになります。良くも悪くも,その場に研修医はいないのです。

近澤 自身の患者に対して責任を負う機会が失われていますよね。労働時間の話でも触れましたが,専攻医になるといきなり責任が大きくなるので,研修医時代にあまりにも負荷の軽い経験しか積んでいないと,その後は本当に苦労すると思います。

後藤 病院側が過保護になりすぎていることも問題です。研修医の業務で何か問題が起こっても,当人の技術や知識の不足ではなく,システムの不備や指示の不透明性に原因があるとみなされがちです。挑戦をする,失敗をする,そして失敗から学び新たに挑戦するという経験のサイクルが生まれにくくなっていると感じます。

近藤 システムに守られすぎているがゆえに成長機会が不足してしまったり自分で考えて行動する力が培われにくかったりするのは,働き方改革が抱えるジレンマかもしれませんね。

藤川 私自身,もともとは肝胆膵外科医としてのキャリアを歩んでいたところ,偶然経験したマネジメント業務にとてもやりがいを感じて働き方改革推進に携わった経緯があります。今後も臨床医としてだけでなくマネジャーの経験をさらに積んでいきたいと考えています。皆さんはご自身の今後のキャリアについてどのような考えをお持ちでしょうか。

後藤 自身の現状を分析すると,技術的には1つのピークを迎えており,循環器領域は新しい治療法が次々に出てきているため,キャリアの中で最も面白い時期と言えます。その上で,これまでは臨床と教育に注力してきたため,アカデミアにいる身としても研究にはより力を入れていきたい思いがあります。ただ,そのためには現在の業務を整理して自己研鑽の時間を捻出する必要があり,それがなかなか思うようにいっていないのが実状です。今が一番楽しく,そして一番悩んでいる時期と言えるかもしれません。

近藤 総合診療という領域でキャリアを積むことは,いわゆるスペシャリストの先生方のように専門的な技術や知識を積み上げていくのではなく,医師としてできることをまんべんなく広げていくイメージだと考えています。自分としてはその中の1つに臨床家としての診療業務があり,マネジメント業務があり,後進の教育があります。今後も何かに絞るのではなく,ジェネラリストとしての成長を続けながら地域や世界に貢献していけるような活動をずっと続けていく気がしています。

近澤 今は関連病院の人事・教育と研究という目の前の仕事に注力しつつ,今後どのような状況になっても困らないよう,自己研鑽だけは常々意識しています。自身も経験しましたが,40歳前後の医師は技術的なピークを迎えたり研究テーマがひと段落したりと,何かとミドルエイジクライシスに陥るきっかけが増えます。例えるなら『ドラゴンクエスト』で,魔王を倒した後の世界をもう1回プレイしている気持ちになるのです。それを防ぐには何かしらの目標を自分の中に持ち続けることが大切ですし,ミドルエイジクライシスを迎えたときに乗り切る地力をつけるためにも,若い世代には優しい環境に甘えすぎず,10年,20年先を見越した働き方をしてほしいと思っています。

藤川 今日皆さんとお話して,たとえ働き方が変わったとしても,向上心を持ち続ける方は日々成長し,医師としての実績も積み上がっていくのはこれからも変わらないのだろうと再認識できました。労働環境の改善が全ての世代の医師,引いては患者の利益につながるよう,これからも頑張っていきたいですね。

(了)


:愛知医科大学病院で2020年度から導入された制度であり,各診療科で記載されたカルテを「チーム医療」「医療安全」等の観点から評価し,他の模範となり得るものを選出。特に優秀であると評価されたカルテを作成した医師を表彰するもの。

1)厚労省.医師の働き方改革概要.2024.

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久留米大学 学長直属特命講師 / 医療法人聖医会藤川病院 副院長

2011年久留米大医学部卒。聖路加国際病院にて外科系臨床研修医を経た後,13年から同院消化器・一般外科に所属。21年2月から厚労省医政局医事課にて医師の働き方改革の施策を担当し,全国へ足を運び施策周知に奔走。24年から聖路加国際病院一般内科,25年4月から現職。修士(公衆衛生学)。

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愛知医科大学病院循環器内科 講師

2007年藤田医大卒。常滑市民病院にて初期研修の後,09年から同院循環器内科・血管外科・感染対策チームに所属。12年総合大雄会病院 循環器内科・感染症科,臨床研修プログラム委員。20年4月愛知医大循環器内科助教。22年から現職。 循環器内科専門医,総合内科専門医,インフェクションコントロールドクター,医学博士。

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自治医科大学附属さいたま 医療センター産婦人科 准教授

2007年東京医歯大(当時)卒。09年自治医大入局。同大附属さいたま医療センター助教・講師などを経て,23年から現職。産婦人科医専門医,婦人科腫瘍専門医。専門は婦人科腫瘍,腹腔鏡手術,手術解剖,臨床疫学。博士(医学)。

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豊田地域医療センター 総合診療科・在宅医療支援センター長

2014年愛知医大卒。トヨタ記念病院にて初期研修,藤田医大総合診療プログラムにて後期研修を修了。現在は豊田市を中心に約750人に在宅医療を提供している。夢は愛知県豊田市を「世界一健康で幸せなまち」にすること。まちに出る“コミュニティドクター”としても活動している。23年から現職。

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