指導医の育成を考える
対談・座談会 前野哲博,高村昭輝,松島加代子,瀬尾恵美子
2024.12.10 医学界新聞:第3568号より
研修医は良き指導者に導かれてこそ成長する。Z世代の入職,働き方改革,ハラスメント対策など指導医を取り巻く環境も時代の流れに合わせて変化しています。臨床研修指導医講習会において指導医としてのスキルを学ぶ機会があるものの,定期的にアップデートする機会はそう多くありません。現代の指導医に求められる素質と指導法について,研修医だけでなく指導医の育成にも尽力する筑波大学の前野氏と瀬尾氏,富山大学の高村氏,長崎大学の松島氏が議論しました。
前野 私は臨床研修の専任教員として筑波大学に赴任して以来,研修医だけでなく指導医の育成にも携わってきました。現在は教育を担当する副病院長として引き続きかかわっています。本日は指導医の育成をテーマに,富山大学の高村先生,長崎大学の松島先生,筑波大学で私の後任として総合臨床教育センター部長を務める瀬尾先生とお話ができればと思います。どうぞよろしくお願いします。
「研修医」と一括りにした教育は通用しない
前野 指導の本質は時代を超えて変わらないと私は考えていますが,それでも指導医の在り方は変化してきていると思います。現代において求められるスキルや素質はどのようなものとお考えでしょうか。
高村 患者の価値観への対応能力が医師に求められているのと同様,さまざまな価値観を持った研修医に合わせた指導ができることだと思います。例えば,書いて覚えるのが得意な学習者もいれば,見て覚えるのが得意な学習者もいる中で,特性に合わせた指導法の引き出しを多く持っておくことが求められています。昔は「研修医」と一括りにして同じことを同じように教えていたとしても,研修医は嫌々であっても受け入れていましたが,今は通用しにくくなっています。
松島 研修医にはレジリエンスを兼ね備えてほしいと考えています。指導医も同様に自分で考えて動ける人に育ってもらいたいと思っています。
瀬尾 研修医ごとに個別に対応していくのは大事ですけれども,それでは指導内容が狭くなってしまうことが懸念されます。研修医のレジリエンスを広めることも指導医には欠かせないと考えています。今の研修医世代は自分の利になると思えないことには後ろ向きであるように見えることもありますが,決してやる気がないわけではありません。学んだ結果,何ができるようになって,どう成長につながるかを最初に伝えることの重要性が増しているように思います。
前野 「いいから黙って俺の言うとおりにしろ」「放り込めば何とかなる」といった古いスタイルの指導では今の研修医はついてきません。加えて一つ学んだとしても,周辺知識を自主的に勉強する研修医も少なくなっているので,計画的かつやる気も育てる教育の必要性を感じています。
研修の質は下げられない
前野 自分が研修医の時にやってきた,あるいは指導医から教わってきた方法が通用しなくなったことに戸惑いを感じたり,見聞きしたりすることはあるでしょうか。
松島 10年ほど前は研修医に怒りすぎることが問題視され,臨床研修指導医講習会にアンガーマネジメントを取り入れました。しかし,最近は研修医への叱り方がわからないと訴える指導医が増えました。コロナ禍も相まって研修医との距離感がわからなかったり,研修医をお客さま扱いしたり,指導医自身も専門医取得などカリキュラム上,自分のことで精いっぱいだったりする時代背景があるかもしれません。
瀬尾 最近も「明日,学会に行くので不在にします」と研修医から急な報告を受けた指導医から,「駄目と言えなかった。どうすれば良いのか」との話を聞きました。総合臨床教育センターへの指導医からの相談も「遅刻が多いので指導してほしい」や「手術に参加したがらない研修医をどう指導したら良いのか」など多様です。
高村 働き方改革によって従来のような指導ができないことの戸惑いも聞きます。時間的,労働量的にどこまで研修医に求めて良いのかまだつかめていないようです。
松島 私も日々,業務と自己研鑽の区別に悩んでいます。
高村 今までは研修医の個人の努力で研修の到達目標をクリアできていた側面もあるので,働き方改革で実働時間を短くするならば,到達目標を下げるか,研修期間を延ばすか,研修の質を上げるかしか手はありません。そうなると現実的には,研修の質を上げるしかないので,ますます指導医の役割は重要になってきていると思います。
まずは研修医と指導医の信頼関係の構築から
前野 皆さんは各大学で開催されている臨床研修指導医講習会のカリキュラム作成に携わっておられます。そのなかで,指導医に大切にしてほしいと考えていることについて教えてください(表)。
高村 つまるところは指導医と研修医の人間関係だと思います。先ほどのアンガーマネジメントや叱れないという話も,信頼関係があれば叱ることが良い影響を及ぼす場合もあります。大前提は信頼関係をつくることであって,臨床研修指導医講習会では具体的な方法論を伝えていますが,それは信頼関係がなくても効果的に指導できる方法論を伝えているのに過ぎません。
瀬尾 同感です。ローテーションであれば研修医と指導医の関係も3か月ほどで,短いところだと1か月の科もあるので,その短期間だけで信頼関係を築き上げるのは無理があります。だからといって,信頼関係を築くことを怠ってはなりません。
松島 皆さんが言うとおりで,どんな学びも教える側と教えられる側の関係性に尽きると思います。われわれが実施する臨床研修指導医講習会での最初の講義は,研修医を相手と仮定した自己紹介の練習です。研修医の不安な気持ちを受け止め,受け入れる気持ちが指導医側にあると伝わる自己紹介を身につけてもらうことが狙いです。
高村 指導法に関する資料だけに沿って講義してしまうと,信頼関係が大事だといった前提や,文章にすると抜けてしまう行間が伝わらないので,臨床研修指導医講習会で講義をするに当たって,その点は意識しています。
臨床研修指導医講習会のカリキュラムに工夫を凝らす
前野 臨床研修指導医講習会に対して,「こんなの出たくなかった」「上司から出ろと言われたから来ました」とおっしゃる方もいます。せっかく2日間も時間を割いて来てくださるわけなので,最後は出てよかったと充実感を持ってもらいたいと思っています。講習会で意識していることや,受講者に好評な取り組みなどあったら教えてください。
高村 私自身が意識しているのは形成評価の方法論です。今は国際的にも,形成評価の積み重ねが総括評価につながると言われています。臨床現場の指導医たちは,日ごろ合否を判定しているのではなく,この研修医に患者を任せて良いかを考えているはずなので,その思考を上手に言語化してもらいたいと考えています。
その他,日本小児科学会の指導医講習会の話になりますが,「はけ口セッション」という取り組みがあります。腹が立った,問題だった研修医のエピソードを吐き出してもらうのですが,講習会を通して,「全て研修医が悪いと思っていたけれど,自分の指導法を少し変えると研修医も変わるかもしれない」と気づかれる方が多くいます。臨床研修指導医講習会でも,研修医側の目線からも指導法を考えられるようにと意識しています。
松島 長崎大学では研修医指導で困った事例を題材にSEA(Significant Event Analysis,註)に取り組んでもらっています。最初に参加者が研修医の指導で困った事例を共有してもらった上で,さまざまな講義を受けた1日目の最後に指導を改善したバージョンでロールプレイしてもらいます。自分の経験と重ねて学びを実践につなげてもらっています。また以前から取り組んでいるのが,OSCEの指導医版であるOSTE(Objective Structured Teaching Evaluation,客観的指導能力評価)です。模擬的に指導医として研修医への教育を実演してもらい,参加者がフィードバックし合います。ちなみに,研修医役は本物の研修医にお願いしています。研修医にとっても「指導医の先生たちは,こうやって自分たちへの教え方を考えてくれているんだ」と知る機会になっていて,お互いに良い刺激になっていると思います。
瀬尾 私たちも講習会の最後にロールプレイを行っています。ロールプレイで行う研修医へのフィードバックでは,特に良いところを探し,認めることに力点を置いています。どうしても欠点探しになりがちなので,皆さん苦労されています。良いところを探し認めることは信頼関係の構築にもつながるはずです。
前野 臨床研修指導医講習会はカリキュラム・プランニングにかなり多くの時間を割いている講習会が多い印象だったのですが,皆さんのお話を聞くとかなり実践的な内容に時間を割く方向に変わっているのだと思いました。
松島 開催母体によっても目的や内容のニーズが異なると感じます。当院の受講者の多くは卒後7~10年目で,具体的な指導方法を知りたいというニーズが高いです。同じ医療圏内なので顔の見える関係を構築するため対面開催にしています。日本病院会や全国自治体病院協議会のタスクフォースもさせていただいていますが,全国規模のグループで開催される場合であればオンライン開催が有用ですし,同じ目標を持って指導できるようカリキュラム・プランニングが大事になってきます。
高村 一方でタスクフォースとして開催していても,受講者の診療科のバックグランドによって課題意識が若干異なるので悩みどころです。今は,到達目標を作成するセッションでテーマを初期救急,外来研修,病棟,地域の4つにしています。そうすることで診療科関係なく取り組めますし,地域から参加している先生も自分事として取り組めて自施設にそのまま持ち帰れる内容も多くなります。
松島 長崎大学では2日目の講習会で個人作業となってしまいますが,各自でカリキュラムを設計してもらっています。
高村 自分のバックグラウンドで取り組めるので,それもいいですね。
瀬尾 グループ作業でカリキュラム作成をしてもらっていても,難しいと感想をいただくことが多いです。受講者が一人で作れるものなのでしょうか。
松島 迷ったらすぐにタスクフォースへ相談できるようにしています。ハードルは高くせず,まずはカリキュラムの概要を理解し,作ってみる体験を大事にしています。卒後10年目くらいは診療科の責任者を任せられる年代で,カリキュラム・プランニングはより重要になってくるので,院内では追加の講習実施を検討しています。
指導医育成のノウハウを共有してブラッシュアップへ
前野 臨床研修指導医講習会の内容も施設ごとにさまざまな工夫がされていると思うのですが,そのノウハウを共有する機会はほとんどありませんよね。
高村 そうですね。他施設で開催される臨床研修指導医講習会に呼んでいただき見学すると,基本的には厚労省の開催指針に則っているけれども,企画者の教育に対するこだわりが見え隠れしていて面白いです。お互いの講習会の売りを紹介し合う場があると,自施設での取り組みを見直すきっかけにもなりますし,相乗効果があるかもしれませんね。
瀬尾 私も他施設の取り組みをもっと知りたいです。先ほど松島先生がおっしゃった個人で取り組むカリキュラム・プランニングはとても気になります。また,臨床研修指導医講習会の構成としても筑波大学は初日にカリキュラム・プランニングをして,2日目に指導法について触れていくため長崎大学とは逆です。プログラムの構成によってどのような違いがあるのか気になります。
高村 OSTEにも興味があります。
前野 今年の日本医学教育学会でOSTEの体験をしました。面白かったです。
松島 ありがとうございます。
前野 お互いの取り組みの共有や交流を促進することも指導医の育成には大切かもしれません。指導医も教育の対象として,丁寧に教えてフォローアップしていくことが,若く未来ある医師の養成とひいては組織としての底上げにもつながっていくはずです。時代が変わっても教育の本質は変えずに大事にしつつ,研修医の特性や,医療を取り巻く環境に適応しながら工夫を凝らしていくのが大切なのだと思います。
(了)
註:重大な出来事,特に「心」を揺さぶられた出来事を選択して振り返るリフレクションの学習方法の一つ。
前野 哲博(まえの・てつひろ)氏 筑波大学医学医療系 / 同附属病院総合診療科 教授・副病院長
1991年筑波大卒。河北総合病院で初期研修の後,筑波大病院総合医コース修了。川崎医大,筑波メディカルセンター病院などを経て,2000年筑波大講師,09年より現職,18年4月に同大病院副病院長。総合診療科で診療・教育に従事する傍ら,地域医療教育学分野の研究にも取り組む。編著書に『帰してはいけない外来患者 第2版』『医療職のための症状聞き方ガイド』(ともに医学書院)など。
高村 昭輝(たかむら・あきてる)氏 富山大学医学教育学講座 教授 / 医師キャリアパス創造センター長
1998年富山医薬大(当時)卒業後,同年石川勤労者医療協会城北病院総合内科。2000年より同院小児科。08年豪フリンダース大教育学修士(臨床医学教育)修了。09年より同大のRural Clinical Schoolに教員として勤務後,名張市立病院総合診療科,金沢医科大を経て21年より現職。専門は小児科,総合診療科。
松島 加代子(まつしま・かよこ)氏 長崎大学医科卒後研修部門長 / 医師育成キャリア支援室長
2003年長崎大卒業後,同大附属病院第二内科を経て消化器内科に所属する。医療教育開発センターには11年から所属し,21年より現職。日本医学教育学会や消化器領域の学会にて,臨床研修や専門研修,キャリア支援などの委員会活動を行う。卒後医師臨床研修プログラム責任者養成講習会や日本病院会,全国自治体病院協議会の指導医講習会タスクフォースを務める。専門は消化器内科と漢方。
瀬尾 恵美子(せお・えみこ)氏 筑波大学附属病院 総合臨床教育センター部長
1995年筑波大卒業後,同大病院内科,消化器内科で研修する。筑波大総合臨床教育センターには2004年から所属し,18年より現職。肝臓外来や腹部エコーなど消化器診療だけでなく,茨城県地域医療支援センターキャリアコーディネーター,茨城県医師会女性医師アドバイザーも担う。
いま話題の記事
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
国民に最新の医薬品を届けるために対談・座談会 2025.01.14
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説
創薬における日本の現状と国際動向寄稿 2025.01.14
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第22回] 高カリウム血症を制するための4つのMission連載 2024.03.11
最新の記事
-
2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する カラー解説
創薬における日本の現状と国際動向寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
国民に最新の医薬品を届けるために対談・座談会 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
医薬品開発の未来を担うスタートアップ・エコシステム/米国バイオテク市場の近況寄稿 2025.01.14
-
新年号特集 医薬品開発の未来を展望する
患者当事者に聞く,薬のことインタビュー 2025.01.14
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。