因果推論を学びたどり着きたい「ふむふむの境地」
対談・座談会 後藤温,杉山雄大,井上浩輔
2024.04.09 医学界新聞:第3560号より
「『RCTでなければエビデンスではない』という二元論にするのではなく,RCTでなくても因果に近いものを見ていることは十分にあり得ます」。こう語るのは,本紙連載をもとに『医学研究のための因果推論レクチャー』(医学書院)を上梓した後藤氏だ。一般に,エビデンスレベルはランダム化比較試験(RCT)で高く,それに比べ観察研究では低いとの認識がある中で,この発言はどのような考えによるものなのか。書籍を共同執筆した杉山氏,井上氏と共に,医学研究における因果推論の意義を議論した。
後藤 最近では,医療界だけでなく一般社会でも「エビデンス」という言葉が用いられるようになりました。理想的なRCTが実施できれば,質の高いエビデンスが得られ,因果に近づけることは広く知られています。しかし,理想的な試験が組めなかった時にどう考えればいいのか。この時に有効な手段が因果推論です。本日は,書籍『医学研究のための因果推論レクチャー』を執筆したわれわれ3人で,医学研究における因果推論の意義について議論していきたいと思います。
どんな結果に対しても熱くならず,落ち着いて解釈しよう
後藤 まず議論したいのは,なぜ医師にとって因果推論が重要なのかという点です。一般に臨床研究で行う因果推論とは,集団において曝露や治療・介入が健康に及ぼす効果(因果効果)を推測するアプローチを指します。これだけ聞くとあまりピンとこない方もいるでしょう。しかし因果推論に密接に関係する概念にEBMがあると知ったらどうでしょうか。日々の診療では,「目の前の患者さんにとって最適なケアは何か」を数多くの選択肢の中から文献等を吟味しながら選択していると推察しますが,この「吟味し選択する」過程において因果推論を行っていると言い換えられるのです。つまり「因果推論」という言葉を知らずとも,多くの医師がすでに実践していることと言えます。
井上 因果推論の言葉自体は,疫学を学びに米国へ留学した際に初めて知りましたが,特にデータ解析をする,研究をする立場の医師に大切な考え方だと思います。なぜなら,データを解析すれば何らかの相関の有無が明らかになるものの,その相関を吟味せずそのまま因果ととらえてしまうと,研究があらぬ方向に進んでしまう可能性があるからです。この点が因果推論を学ぶ最大の意義と言えるかもしれません。
後藤 研究を始めたばかりの頃は,統計学的に有意な結果が出ると「これで真実が見えた!」と喜んでしまいやすいです。けれども真実はなかなか見えないもので,研究結果は,真実とはかけ離れた位置にある場合があります。その際に反事実的思考(counter-factual thinking)で物事を冷静に見定めていくことが大事です。杉山先生はどう考えますか。
杉山 今回出版した書籍『医学研究のための因果推論レクチャー』でも取り上げた「ふむふむの境地」(図1)に至ることが大切です。この言葉は本書の執筆の中で生まれました。かみ砕いて説明するならば,観察研究から因果はわからないのだと諦めることなく,一方で,どんな結果に対しても熱くならず,落ち着いて,興味を持って解釈する感覚です。最善の医療を提供していくためにも重要なマインドだと思います。因果推論の学習を通じてこの感覚を多くの医師に持ってもらいたいと考えています。
最善のエビデンスを生み出すための最適な手法を
後藤 因果推論の領域は,直近の20年を振り返るだけでも大きな飛躍を遂げています。ここにいる井上先生は若手研究者の中でもトップランナーのお一人でしょう。国内には頼れる先生も増えていて,本領域のさらなる発展を期待させます。
井上 本領域における日本のレベルの高さを私も感じています。世界的に活躍している研究者もいますし,日本全体で見ても因果推論に対する認知度は高まっていると思います。最近では,データサイエンスは避けて通れないことを医学研究に携わる皆さんが理解されていて,耳を傾けてくれる方が多くなってきました。世界的に見ても本領域に追い風が吹いていると言えます。
杉山 トップランナーの方とコミュニケーションがしやすく,共同研究を行うハードルも下がっています。大変心強いです。
井上 ただ,普及に当たっては少し懸念を抱いていることも事実です。
後藤 具体的にどのような点を危惧されているのでしょう。
井上 方法論の本質を理解せずに最新の手法に飛びついてしまう可能性があることです。成書を読まずともフリーの統計ソフトを利用すれば簡単に結果がでてしまい,正しく分析されないままに研究・論文化が進められてしまうケースが国内外問わず増えています。誤った解釈のまま世に広まってしまうと,その後の研究にも大きな影響を及ぼしかねません。
また,特定の因果推論手法を用いているから研究の質が高いと結論付けているケースも見かけます。どの手法にもそれぞれ必要な仮定がいくつも存在し,適用するだけで研究の質が担保されるわけではありません。真実にたどり着くための選択肢がさまざまに存在する中でどの研究手法を選び,いかに正しく使うかが重要です。
杉山 まさにじっくり時間をかけて抽出するドリップコーヒーのイメージです(図2)。理想的な研究デザインから実現可能な研究デザインに落とし込んでいく過程で,反事実的思考,因果推論が重要な役割を担います。実現可能な研究デザインに落とし込む作業の中で「これだ!」とひらめく時が,私が研究に取り組む中で一番楽しいと感じる瞬間です。その感覚は多くの人にぜひ味わっていただきたいです。
井上 だからこそ,因果推論を正しく啓発して,正確に使える人を増やすことが課題なのかもしれません。
杉山 因果推論を取り扱える人を増やすという意味では,研究者だけでなく,研修医を含めた臨床家や医学生までを広く対象にして,因果推論を紹介していく必要があるのでしょう。こうした知識を踏まえた上で臨床現場に入っていくのか,そうでないかで,物事のとらえ方が変わるはずです。
井上 学生や臨床研修の間に学ぶ機会があるといいですよね。全員が使いこなすレベルまで理解する必要はないと思いますが,問いが出てきたときに,「何とかすれば答えに近付けるかもしれない」との感覚を早めに養っておくことは将来のためになると私も考えます。
因果推論を学ぶ過程で誰もがぶつかる壁
後藤 多くの方に因果推論を学んでほしいと考える一方で,「因果推論は難しい」とよく耳にします。私自身もそう感じている時期がありました。例えば観察研究における比較可能性の問題です。観察研究の場合,交絡因子で調整した上での結果を示している場合が多く,調整後の結果をもって比較可能と果たして言い切れるのか疑問を抱いていました。そもそも観察研究は質の高いエビデンスととらえないほうがいいとの見方もあると思いますが, 先生方はどう考えますか。
井上 研究に用いることができるデータには限りがありますので,おのずと証明可能なことにも限界が出てきます。医学研究では,そうした限られた状況の中でいかに真実に近づけるかを考えベストを尽くすかが求められます。と同時に,自身の研究はどの位置から真実を見ているのかを常に自覚することが大切だと思います。
杉山 同感です。交絡調整したから「これは因果だ」と過度に主張するのではなく,かといって価値を過小評価したり諦めたりする必要もないと思います。研究は積み重ねであり,真実へ向かうための一歩だと認識することが重要です。あとは,その研究を糧に「次どうしたいか」を考えること。因果関係との隔たりが明確になっていれば,例えば次の研究計画書を書くとなった時に「ここまで明らかになっているものの,この点が明らかでないから,こういう研究を私はしたい」というストーリー作りの根拠にもなります。そのためにも,論文の限界点をしっかりと書くことが重要だと考えています。
井上 その点で言えば,因果推論を勉強する過程で,自身の研究に対して謙虚な姿勢を持つことができるようになったと同時に,研究の限界点しか書けなくなるフェーズに陥ったことがあります。この壁にぶつかった当時,どう研究を行えばよいか悩んで後藤先生に相談したことを思い出しました。
後藤 懐かしいですね。
井上 後藤先生には親身になって悩みを聞いていただき,「僕もその時期があったよ」とお返事いただいたことをよく覚えています。因果推論を学ぶと誰もが通る道なのかもしれません。自分の研究全てが間違いかのように見えてくる。限界がわかってしまうからこそのジレンマです。
後藤 その通りですね。「私にできることは何があるのだろうか」と絶望的な感覚に襲われることが私もありました。そんな時に奮い立たせられたのは,理論疫学者の第一人者として活躍する恩師のSander Greenland先生(UCLA)の存在です。彼が疫学の世界に導入したバイアス解析や操作変数法といった手法を用いることで,微力ながらも真実に迫るための努力はできるのではないかと希望を持つようになりました。
真実に必ずたどり着かなければならないと思うのではなく,限界を受け入れることも必要です。「完璧な研究は一つもない」。これは,植田真一郎先生(琉球大/横市大)が私によく教えてくれた言葉です。RCTであっても観察研究であっても,どんな研究にも百点満点はないのだから,最善を尽くして,最善のエビデンスを出す努力を常にし続けなければなりません。もしそれで不十分な点が出てくるようであれば,次の研究の時に改善して真実に近い結果を出そうとする努力をまたすればいい。そういうマインドが研究に携わる際には大事だと考えています。
自身の研究の立ち位置を常に把握し,一歩ずつ進んでいく
後藤 因果推論を用いた研究にこれから取り組みたいと考えている人は,まず何から始めればいいのでしょう。
井上 普遍的な答えはないですが,最近は因果推論に関する成書が洋書,和書問わずいくつか出版されていますので,その中から一冊を丹念に読み込み,基本を押さえてから実際に活用してみることをお勧めします。その際に一人では行わず,適用したい手法を熟知している人や応用実績のある人に入ってもらえるといいと思います。
後藤 手前味噌ですが,研究を始める時に最初に手に取っていただく書籍として,今回出版した『医学研究のための因果推論レクチャー』も,研究のイロハを学ぶために購入する統計学の書籍と併せて手に取っていただけるとうれしいですね。本書を通じて疫学の考え方,その中でも反事実的思考を涵養してもらえればと思っています。
杉山 本日の議論で登場し,書籍でも度々紹介した「ふむふむの境地」は,これからの世の中に必要なスタンスだと思います。丁寧に測定し記述疫学をまとめる研究者,観察研究から因果推論を行う研究者,介入研究で検証を行う研究者,エビデンスを実践する臨床家,医療政策に落とし込む政策立案者などが協力していくことができれば,研究と実践の双方が良い形で発展していくのだと思います。
井上 たった一本の論文で定説とされてきた物事がガラリと変わることはほとんどありません。明らかになった結果をもとにさらに一つずつ積み上げていくのか,別の角度から見て結果を統合していくのかなど,真実への近づき方はたくさんあります。そうした数々のエビデンスが集まって社会が動いていくのだと思います。だからこそ,自身の研究の立ち位置が把握できていれば,どんな研究であっても価値は創出されるのだと考えています。
後藤 まさにその通りです。「RCTでなければエビデンスではない」という二元論にするのではなく,RCTでなくても因果に近いものを見ていることは十分にあり得ます。冒頭に問題提起した「理想的な試験が組めなかった時にどうするか」を常に考え,目の前の研究を正当に評価しながら一歩ずつ進んでいきましょう。
(了)
後藤 温(ごとう・あつし)氏 横浜市立大学医学部 公衆衛生学教室 主任教授
2004年横市大医学部卒。臨床研修中に「医学的エビデンスとは何か」との疑問を抱き,米国へ疫学を学びに留学。12年カリフォルニア大ロサンゼルス校(疫学)博士課程修了。国立国際医療研究センター上級研究員,国立がん研究センター室長などを経て,20年より横市大大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻教授,22年より現職。専門は疫学,公衆衛生学,糖尿病。著書に『医学研究のための因果推論レクチャー』(医学書院)。
杉山 雄大(すぎやま・たけひろ)氏 国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター医療政策研究室長/筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野 教授
2006年東大医学部卒。国立国際医療研究センター病院にて後期研修に励む傍ら,東大大学院医学系研究科公衆衛生学分野に進学。12年米カリフォルニア大ロサンゼルス校(ヘルスサービス)修士課程,14年東大大学院医学系研究科博士課程修了。17年国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター医療政策研究室長,18年より筑波大医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野准教授を兼務。22年より同大教授。専門はヘルスサービスリサーチ,医療政策,糖尿病。著書に『医学研究のための因果推論レクチャー』(医学書院)。
井上 浩輔(いのうえ・こうすけ)氏 京都大学白眉センター・大学院医学研究科 社会疫学分野 特定准教授
2013年東大医学部卒。国立国際医療研究センター,横浜労災病院内分泌・糖尿病センターの勤務を経て,21年米カリフォルニア大ロサンゼルス校(疫学)博士課程修了。同年より京大大学院医学研究科社会疫学分野助教。23年より現職。専門は臨床疫学,内分泌代謝学。International Journal of Epidemiology編集委員,伊藤病院疫学顧問。2023年,MITテクノロジーレビューが選出した,未来を創る35歳未満のイノベーター10人の1人。著書に『医学研究のための因果推論レクチャー』(医学書院)。
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