医学界新聞

サイエンスイラストで「伝わる」科学

連載 大内田美沙紀

2024.03.18 週刊医学界新聞(通常号):第3558号より

 いよいよ終盤となった本連載。今回と次回(最終回)では最後の項目である“Prospect(展望)”について述べたい。

 サイエンスイラストレーションを含むあらゆる創作物の将来について考える上で,この2~3年で飛躍的な進化を遂げている生成AIの存在は無視できない。生成AIがどこまでできるのか,そしてクリエイターに残された仕事は何かについて真剣に考えてみた。

 ほんの数年前まで,AIがイラスト制作などの芸術の分野に参戦するのはまだ先の話だと言われていた。しかし,2022年ごろからStable DiffusionMidjourneyDALL-E 3など,画像を生成するAIが次々に登場し,震撼したクリエイターは少なくないのではないだろうか。かくいう私もその1人で,2022年9月に生成AIによる作品が賞をとったというニュース1)を目にして以来,イラスト制作をAIが代替していく未来を感じて恐ろしくなり,AIを使ってみるどころか,AIに関するニュースから目を逸らし続けていた。しかし,電気,自動車,インターネットがそうだったように,登場した技術はどうしたって人間社会に浸透していく。使わなければ取り残されるだけだ。思考停止をやめ,今年度から生成AIと向き合うことにした。

 まずは試しに生成AIを使ってみた。「~のようなイラストを生成して」と命令文(プロンプト)を打ち込むだけで後は数十秒待つだけだ。例えばメディカルイラストレーションのような正確性が問われるものなら,きっとでたらめな臓器のイラストなどが生成されるのではと期待して(?),「医学的に正しい人体」「臓器を透かす」「バストアップ」と命令すると,図1のイラストが数十秒で生成された。全然悪くない。肋骨の数など細かい部分の修正は必要だが,見た目も美しいし,もうほとんどこれで良いのではないかと思い,呆然とした。おそらく同じスタイルのイラストを私が描こうとすると,数時間はかかってしまうだろう。人間のクリエイターはコスパが悪すぎるのでは? こうなると予想はしていたが,やはり頭を抱えてしまった。

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図1 「医学的に正しい人体」「臓器を透かす」「バストアップ」とプロンプトを打ち込みDALL-E 3で生成したメディカルイラストレーション

 人間のクリエイターに残された価値とは果たして何だろうか。ずっと思い悩んでいた矢先,知人から先のコラム(本紙第3546号,連載第8回)で紹介した擬人化した細胞のイラストの依頼を受けた(図2)。

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図2 イメージを伝えるため依頼者が生成AIで作成したイラスト(左)と,それを元に筆者が作成したイラスト(右:本紙第3546号,連載第8回コラムと同じ)

 その知人は米国にいるので主にメールによってやりとりを進めていた。何回目かのメールで知人は,「こうしたイメージのイラストが欲しい」と言って生成AIで作った画像をメールに添付して送ってきた(図2左)。おかげでイメージがわかったのは良かったが,「ひょっとしてAIだけでも良かったのでは?」とモヤモヤしながら制作したのを覚えている。いったい知人はなぜAIではなく人間の私に頼んだろうか? 後日,正直にそう聞くと,下記のような回答を得た。

 当時使用していた生成AIは,0から10を作成する速度においては人間をはるかに上回っていましたが,既存の10を20に拡大する要求や,10にわずかな修正を加えて10改を作成するよう求めた場合,(自分の指示の問題かもしれませんが)それに応えることは難しく,結局は新たに0から10を作成してしまうことになりました。このため,0から10まではAIに任せ,それ以降の作業を人間が手掛けるのが最適ではないかと考えて依頼しました。

 なるほど,つまりAIだけでは「痒いところに手が届かなかった」わけだ。こうした軌道修正にはまだ人間の力が必要であり,司令塔としての価値は残されているように思う。

 まだまだ人間がAIを監督する必要があり,100%仕事が代替されることはないかもしれない。生成AIを触るようになってそう希望を持ち始め,今度はAI研究者に直接話を聞く機会を設けた。

 2023年12月,生成AIに関する一般向けのサイエンス・カフェ2)を企画し,AI研究者の川村秀憲先生(北海道大学大学院情報科学研究院 教授)をゲストに迎え,私は聞き手役として生成AIの歴史,しくみ,そしてこれからの未来まで遍く聞いてみた(写真)。「人間に残される価値は何か」。イベント参加者からも多く挙がったこの質問。改めて川村先生に聞くと,下記の回答を得た。

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写真 サイエンス・カフェで生成AIについて話す川村秀憲氏(右)と筆者(左)

 ニッチな技術や独特の感性など,わずかな人にしかできないことは,技術的にAIで代替できる可能性があってもそれを開発する経済的合理性は低い。「自分しかやっていないこと」を追求することに価値がある。

 科学イラストはニッチな分野の一つ。自分の好きな科学とイラストを掛け合わせて始めたことだが,どの分野でも自分が好きなことを追求すること,そしてそれら複数の要素を掛け合わせることは希少性を高め,これからのAI時代を生き抜く強みとなるのかもしれない。そう信じ,生成AIを「助手」として使いつつもこれからも手を動かすことをやめないことにする 。

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1)Kevin Roose. An A.I.-Generate Picture Won an Art Prize. Artists Aren't Happy.2022.
2)北海道大学CoSTEP.「第133回サイエンス・カフェ札幌『ChatGPTの先にある世界――AIがもたらす転換期に立って』を開催しました」.2024.

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