サイエンスイラストで「伝わる」科学
[第12回] これからのサイエンスイラスト
連載 大内田 美沙紀
2024.04.09 医学界新聞:第3560号より
「サイエンスイラストで『伝わる』科学」というタイトルで始めた本連載も今回で最終回となる。一年を通して,なぜイラストなのか,何に使われるのか,誰に向けたものなのか,そして人を惹きつける理論からテクニックまで,サイエンスイラストについての自分なりの考えを一通りご紹介した。最後に,これからのサイエンスイラストについて意見を述べたい。
誰でもサイエンスイラストを作成できる時代
第7回(本紙第3542号)で少し触れたが,これまではイラスト制作といえばAdobeソフトウェアなどのプロフェッショナルツールを駆使するのが一般的であり,それゆえ制作に対するハードルが高かった。しかし,昨今は初心者でも感覚的に扱えるデザインツールが充実してきており,前回(本紙第3558号)お話しした生成AIの発展も加わって,イラスト制作のハードルがグッと下がったように思う。
サイエンスイラストを手に入れるには,「自分でゼロから全て作る」「自分で描写ツールを活用して作る」「プロに依頼する」の3通りあるかと思うが,それぞれのメリットとデメリットを図1に載せた。今後は誰もが低くなった制作ハードルを軽々飛び越え,「自分で描写ツールを活用して作る」ことが主流になるだろう。さらにオンライン学習や動画配信サービスが身近になった今,イラスト制作のTipsも簡単に学べるため,ますます自分で制作する人が増えていくように思う。
誰もがサイエンスイラストを作成できるようになると,一般的なイラストのクオリティも「底上げ」されていく。これからのプロの役割としては,そうしたレベルの上がったイラストの目利き役,そしてさらなるスキルアップに向けた指導役が求められるだろう。
インハウスサイエンスイラストレーターの受け皿はあるか
他のクリエイターにも共通することだと思うが,サイエンスイラストレーターにはフリーランスとインハウス(雇われ型)の形態がある(図2)。私は駆け出しのころ,米コーネル大学鳥類学研究所等でインハウスのサイエンスイラストレーターとして,内部の研究者と二人三脚でのイラスト制作の経験を積めた。インハウスの最大のメリットは機関内部に入り込めることで,公表前の研究内容をビジュアル化する依頼が多いサイエンスイラストレーターにとっては非常に重要なことである。また,機関側においても,インハウスサイエンスイラストレーターを雇うことで,外注の際の煩雑な手続きやコミュニケーションを経ずとも必要なサイエンスイラストが短期間で得ることができる。
私自身の個人的な経験によると,日本では大学や研究機関の「インハウス」サイエンスイラストレーターの採用募集を探すのが極めて難しい。まだ認知度が低いということもあるが,インハウスデザイナーの採用の難しさとフリーランスデザイナーの増加傾向2)を見ると,「職に人をつける」より「人に職をつける」慣習が根強い組織では,特殊で専門的なポジションを設けてスペシャリストを育てるよりも,何でもできるジェネラリストを育てる傾向が強いのかもしれない。
よって,残念ながら現状インハウスサイエンスイラストレーターとしての受け皿はほとんどない状態なのだが,2005年より科学と社会の橋渡し役が必要である認識が強まってきた3)ことを受け,現在多くの大学や科学館などには科学技術コミュニケーター(SC)が存在する。サイエンスイラストがサイエンスコミュニケーションにおける重要な媒体であることはこれまでに何度も述べた。SCを切り口にサイエンスイラストレーターとして活躍することは実現可能で,実際私はそうして開拓してきている。
メディカルイラストレーション学会に参加して
本連載では医学に関するイラスト(メディカルイラストレーション)をサイエンスイラストに含めて話してきたが,メディカルイラストレーションはその歴史の深さと需要の高さから本メディカルイラストレーション学会という独立した学会も存在する。その学術集会に先日登壇させていただいたのだが,そこは医師とイラストレーターが一堂に会する非常に刺激的な場となっており圧倒された。驚いたのは,多くの医師がメスをペンに持ち替え,イラスト技術を磨こうと日々努力されていることだった。
第1回(本紙第3518号)で,私は患者として医師によるイラストを使ったコミュニケーションに感銘を受けた旨を述べた。医療の現場においては,そうした患者に対するコミュニケーション以外にも,オペレコ(手術記録作成),術前の会議,手術見学生への教育,後輩指導でもイラストを活用する機会が多くあるそうだ。どれだけ技術が進化しようと,人間同士のコミュニケーションは残り続ける。そうしたコミュニケーションの媒体として,イラストを用いることは古典的だが最も有効な手段の一つであると改めて確信した。
*
思えば私が自分を「サイエンスイラストレーター」と名乗るようになったのは2014年ごろからで,今年が10年目の節目となる。たった10年であるが,前半の5年,後半の5年でサイエンスイラストを取り巻く環境と求める需要は大きく変化したように思う。この先の5年,10年,いったいどのようになるのか。予想はつかないが,残り続けるのは先に述べた人間同士のコミュニケーションである。何かを「伝える」ため,これからもイラストを描き続けていこう。長い間ご覧いただきありがとうございました!
参考文献・URL
1)京都大学国際広報室,他. プロに依頼する科学イラストのススメ. 2024.
2)経産省. デザイン政策ハンドブック2020. 2020.
3)小林傅司.研究成果を報じる「喜び」と「苦しみ」.科学教育研究.2007;31(4):310-8
この記事の連載
サイエンスイラストで「伝わる」科学(終了)
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