多様化するがん患者の皮膚障害
宇原 久氏に聞く
インタビュー 宇原久
2024.02.19 週刊医学界新聞(通常号):第3554より
分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬の登場により,がん薬物療法は大きく進歩した一方で,薬剤の作用機序の違いから,患者に見られる皮膚障害は複雑化している。さらに担がん状態では薬剤と関連しないさまざまな皮膚障害も発症する。がん患者に皮膚障害が見られた際,医療者はどのように見極め行動すべきか。『がん患者の皮膚障害アトラス』(医学書院)を上梓した宇原氏に,がん患者に現れる皮膚障害への対応を聞いた。
――2014年の抗PD-1抗体ニボルマブの登場を機に,がん薬物療法は加速度的に進歩しています。ニボルマブの治験段階から携わり,皮膚腫瘍を専門とされてきた宇原先生はこの進歩をどう見ていますか。
宇原 私が医師になった1986年からニボルマブが登場するまでのおよそ30年間,皮膚腫瘍に対して保険収載されている薬剤は種類も治療効果も限られていました。特に悪性黒色腫は薬物療法が効きにくく,転移すると3年生存率が数%以下でしたので,ニボルマブが承認された時は,長いトンネルを抜けた感じがしました。
個別の対応が必要になったがん薬物療法による皮膚障害
――皮膚腫瘍に限らず,がん薬物療法は殺細胞性抗がん薬に加えて,低分子分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬が重要な役割を占めるようになりました。皮膚科の観点から変化はありましたか。
宇原 薬剤性皮膚障害への対応が複雑化しています。殺細胞性抗がん薬にアレルギー性の皮膚障害が出た場合は,中止せざるを得ないことが少なくなかったのですが,低分子分子標的薬の登場以降は,薬剤ごとに皮膚障害の特性を理解し,なるべく治療を続けられるような個別の対応が必須となってきました。例えばEGFR阻害薬に伴うざ瘡様皮疹など,薬剤の主作用による皮膚障害が出現するようになりました。一般に顔面の皮疹にステロイド外用剤を長期に使用することは避けるべきですが,ざ瘡様皮疹では治療継続のため積極的に使用するようになりました。アレルギー性の薬疹は投与を繰り返すと重症化しますが,低分子分子標的薬の中には再投与しても皮疹が再発しない薬剤があります。
加えて,低分子分子標的薬では二次感染にも注意が必要です。ざ瘡様皮疹を含め,膿疱があれば細菌培養は必須です。内服中のミノサイクリンに耐性ブドウ球菌が検出できる症例が少なくありません。また,EGFR阻害薬による爪囲炎を含めた皮膚障害には外的な刺激が影響します。洗髪,洗顔,靴の選び方と履き方の指導が必須であり,予防を含めた総合的な対応ががん治療継続のために重要になってきました。
――免疫チェックポイント阻害薬による皮膚障害にはどのような特徴がありますか。
宇原 免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連副作用(irAE)は,発現時期,発現臓器,重症度を含めた経過が予測できず,重症筋無力症や心筋炎に代表されるように,従来のタイプと対応が異なる場合も少なくないです。皮膚障害はirAEの中で最も高頻度に認められますが,重篤なものは少なく,多くはかゆみに対するステロイドの外用や少量の内服でコントロール可能です。まれですが,乾癬,扁平苔癬,自己免疫性水疱症など多彩な皮膚疾患が出現するものの,通常のタイプよりコントロールしやすい印象があります。
特に注意すべきは,常用薬との関連です。免疫チェックポイント阻害薬投与中や場合によっては投与後も免疫状態が亢進しているため,以前から問題なく飲んでいた常用薬が薬疹の原因になり得ます。
――がん薬物療法による皮膚障害との付き合い方も変化しているのですね。
宇原 ええ。皮膚障害に過度に怯えて治療を中止してしまうことは患者に不利益をもたらします。がん患者の多くの皮膚障害は適切なコントロールと患者への丁寧な説明によって,治療継続への道が開ける場合があります。
がん患者にかかわる全ての医療者と共に対応する
――皮膚科医にコンサルトすべき薬疹について教えてください。
宇原 速やかにコンサルトしてもらいたい症状は以下の通りです。
● 皮膚や粘膜を痛がる(皮疹が軽微にみえても今後悪化するかもしれない重要なサイン)。
● 喉が痛い(固形物や水を飲み込むとき)。
● 38℃以上の発熱がある。
● 非常にだるそうにみえる。
● 1 cm以上の大型の赤い皮疹で中心の色が濃い。
● 全身が真っ赤である。
● 結膜が充血し,目ヤニがたくさん付いている(偽膜形成がある)。
● 唇や陰部が腫れて,ただれて,出血や血痂皮が付着している。
● 背部,テープを貼った部位やオムツ部の皮膚がむけてびらんになっている。
● 体位交換時,簡単に皮膚がむけてしまう。
最も重症の薬疹は中毒性表皮壊死症(TEN)とスティーブンス・ジョンソン症候群です。TENの致死リスクを予測するスコアは複数ありますが,担がん状態は致死に関連する独立した因子として採用されており,オッズ比は4.5前後です(表)。重症化を疑うサインとして重要なポイントは,発熱や倦怠感,咽頭・口腔・口唇・陰部の痛み,皮膚のピリピリ感といった自覚症状です。次に皮疹について,10 mm以上の大型の皮疹が目立つ場合は特に48時間以内の悪化の有無を観察します。皮疹の中央の色が濃くなってきたり,結膜や口唇にびらんや偽膜が認められたりしたら速やかに皮膚科と眼科に紹介してください。上背部などのすれやすい部位はびらんや水疱が先行しますので,必ず確認が必要です。
一方,薬疹は発症早期は軽微なことが多く,皮膚科医であっても重症化の予測は困難な場合が少なくありません。重症化のサインがなくても早期に皮膚科に紹介していただくと悪化時に速やかな対応が可能になります。
――がん患者に起こり得る皮疹で薬剤の副作用以外に注意すべきものはありますか。
宇原 帯状疱疹や細菌による感染症です。がん患者は抗がん薬治療などによって免疫が低下しているため重症化するリスクがあります。特に水疱,血疱に注意してください。
皮膚科に紹介していただくことで,薬剤と関連のない皮膚疾患であることが判明する場合は少なくありません。この場合はがん治療を継続できます。がん患者は薬剤や低栄養などを背景に皮膚の乾燥や萎縮,亀裂を起こしやすいので,保湿剤の選択や洗顔や洗髪に関するスキンケア,亜鉛補充の必要性,白癬や疥癬の鑑別でもサポートできます。その他,がん性の皮膚潰瘍による滲出や出血,悪臭に対する治療も可能です。髪の毛や爪の障害,皮膚の乾燥・亀裂に伴うかゆみは,強い苦痛を伴うので皮膚科を積極的に利用していただければと思います。
抗がん薬治療に伴う脱毛に関しても,毛髪の状態を拡大して観察するトリコスコピー検査によって,円形脱毛症など他の脱毛疾患との鑑別と,脱毛時のケアについても皮膚科医は相談に乗れます。
――最後にがん治療に携わる医療者へのメッセージをお願いします。
宇原 「何かおかしい」といった気づきをがん患者の診療にかかわる全ての医療従事者が共有して,患者さんの苦痛を早期に発見できれば,がん治療の継続のために適切な対応ができます。このたび上梓した『がん患者の皮膚障害アトラス』では薬剤関連の皮疹に限定せず,がん治療の現場で遭遇する皮膚疾患を網羅することをめざしました。症例写真を多数掲載したアトラス本という側面だけでなく,重症度の評価法,診察すべきポイント,緊急度,皮膚科医への紹介のタイミング,主科や患者自身で対応が可能な処置方法なども解説しています。皮膚科医に限らず,がん患者の診療にかかわる全ての医療従事者の皆さまに,本書を参考にしていただけるとうれしいです。
(了)
参考文献
1)J Invest Dermatol. 2000[PMID:10951229]
宇原 久氏(うはら・ひさし)氏 札幌医科大学医学部皮膚科学講座 教授
1986年北大医学部を卒業後,信州大病院で研修し,88年より国立がんセンター研究所(当時)病理部と皮膚科で皮膚腫瘍の研修を行う。90年より諏訪赤十字病院。信州大病院を経て,2017年より現職。『がん患者の皮膚障害アトラス』(医学書院)など編著多数。
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