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『坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]』より

大目祐介,本田五郎

2023.07.14

 安全な腹腔鏡下手術の実施には高度な技術と経験値を必要とするものの,手術手技の実際を体系立てて学べる解説書は数多くありません。「坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]――腹腔鏡下手術が拓く肝胆膵外科のNEWスタンダード」では,腹腔鏡下手術の際に必要な解剖の基礎知識はもちろん,手技の進め方や手術時の留意点などが豊富な写真や動画とともに解説されています。腹腔鏡下手術において確かな技術を持つ本田五郎先生が編者を務める本書を活用して,手技のレベルアップを図ってみてはいかがでしょうか。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「胆囊全層切除術,胆囊床切除術」,「Glisson一括処理の基本手技(肝S3亜区域切除術)」,「膵頭十二指腸切除術(切除手技限定)」の項目をピックアップし,3回に分けて紹介します。


 

  • POINT
  • 肝十二指腸間膜や総肝動脈(CHA)周囲のリンパ節郭清は行わず,胃十二指腸動脈(GDA)を切離してその背側で門脈を露出したら,総胆管(CBD)はそのすぐ頭側のレベルで確保する.胆囊は胆管空腸吻合後に個別に摘出する.
  • はじめにKocherの授動をして,切除の最終段階まで膵の切離を行わずに膵頸部をhangingし,腹腔鏡によるcaudal viewを活かすことで,上腸間膜動静脈(SMA/SMV)の右側・背側に良好な視野を確保する.
  • SMA/SMVの周囲では,先に右側からのアプローチでSMVおよび空腸静脈(JV)と膵鉤部との間を剝離して下膵十二指腸静脈や細かい膵鉤部からの分枝を切離し,その後,左側からのアプローチでSMAと膵鉤部との間を切離する.
  • SMAとSMVの周囲では,背側から腹側,足側から頭側に向かって,SMA/SMVから膵頭部を剝き上げるように切離を進める.

はじめに

 ロボット支援下手術も含めて,腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(腹腔鏡下PD:以下LPDとする)に関する報告が世界的に増加している.わが国では,2016年の診療報酬改定によって,LPDが保険診療として施行可能になり,2020年には悪性疾患に対しても適応が拡大された.しかし,手術時間や合併症率,術後在院日数などの短期成績でさえ,いまだ満足のいく結果は得られておらず 1~3),悪性疾患に対する根治性や長期予後に関する成績に至っては,混沌としたままというのが実情である.

 われわれは,2010年にLPDを導入し,早くから手技の標準化を進めて70例超を経験したが,正直なところ,他の術式と同じように自信をもって患者に勧められる術式とは考えていない.そのおもな理由は,症例をかなり限定して経験数を重ねても平均手術時間は8時間超(われわれの開腹PDのほぼ2倍)であり,さらに短縮するには安全性・根治性よりスピードを重視した手技を選択せざるを得ないことと,短期成績だけでなく長期成績にも影響を及ぼす膵腸吻合の安全性が,われわれの開腹PDのレベル(膵液瘻発生率5%以下)に至らないことである.

 しかしながら,腹腔鏡による背側からの拡大視野によって得られた知見は,われわれの現行の開腹PDの手技に活かされており,本項ではそういった観点から,再建をのぞく切除の手技に限定して解説する.

適応

 2群以上,すなわち膵頭部の腹側・背側のリンパ節(No. 13とNo. 17)以外のリンパ節の郭清を必要としない症例(膵神経内分泌腫瘍,膵管内乳頭粘液性腫瘍,膵粘液囊胞腺腫,深達度が筋層に及ばない十二指腸乳頭部癌,転移性膵癌など)を対象とする.

Discussion リンパ節郭清のエビデンス

 学会のビデオセッションなどで見かける上腸間膜動脈(SMA)周囲のリンパ節郭清の範囲・程度は,施設や外科医によって様々である.そのような現状でたとえ多施設共同で大規模な比較試験を行ったとしても,膵頭領域の悪性疾患に対する2群以上のリンパ節郭清の有効性を支持するエビデンスなど得られるのだろうか.

体位・ポート配置

 体位は仰臥位開脚または砕石位とする.ポート配置を図1に示す.術者,助手,スコピストは場面に応じて立ち位置を変える.

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図1 ポート配置
3 mmポートは再建時に追加.……小開腹創

Knack ポートの追加

 LPDは切除,再建ともに難度が高いため,通常のポートだけで操作性が悪い場合には,躊躇せずポートを追加する.

肝十二指腸間膜付近の術野展開

 心窩部最頭側(剣状突起部右横)から腹腔内に牽引糸を挿入し,肝円索の根元を腹壁に向かって吊り上げる(図2a).さらに,右肋弓下あるいは肋間から3-0ナイロン直針を刺入し,胆囊体部の胆囊壁を腹壁頭側に向かって吊り上げる(図2b).この術野展開により肝十二指腸間膜が伸展され,同部の剝離操作や胆管空腸吻合(図2c)が良好な視野で施行可能となる.

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図2 肝十二指腸間膜周囲の術野展開
a:肝の挙上
b:胆囊の挙上
c:胆管空腸吻合時の術野(胆囊管のみ切離された胆囊が残っている)
CBD:総胆管
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図3 胆囊管の剝離

Knack 胆囊摘出は後回し
 胆囊の吊り上げによる術野展開は,肝十二指腸間膜の剝離時だけでなく,再建時にも有効なので,胆囊は胆管空腸吻合後に摘出する.ただし,総胆管(CBD)切離後は胆囊管の位置を見誤りやすいため,CBD切離前にcritical view of safetyを確認して胆囊管を切離しておく(図3).

膵頭部の授動(動画

 術者は患者左側,助手は右側に立つ.結腸肝彎曲部をGerota筋膜から剝離し,上行結腸の外側を盲腸の近くまで切離して右側結腸を下方に授動する(図4a).横行結腸を内側に向けて授動すると,十二指腸下行脚が露出される(図4b).

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図4 横行結腸の授動
a:結腸肝彎曲部の授動
b:十二指腸下行脚の露出

 膵頭部の授動は,横行結腸間膜の頭側から行うアプローチ法と足側から行うアプローチ法の2つに分けて解説する.

横行結腸間膜頭側からのアプローチ
 結腸間膜と十二指腸の間の生理的癒着を剝離して,十二指腸を水平脚まで露出する(図5a).さらに,深部の術野が良好に得られてデバイスの操作性が良好な場合は,十二指腸外側の結合組織を切開し,十二指腸と下大静脈(IVC)との間を剝離する(いわゆるKocherの授動)(図5b).さらに大動脈との間を剝離して空腸起始部周囲の漿膜を切開する(図5c).操作性がよくない場合は,術者が患者右側に移動する.

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図5 横行結腸間膜頭側からのアプローチ
a:結腸間膜と十二指腸の間の剝離
b:Kocherの授動
c:空腸起始部側まで漿膜が切開されている(赤破線)
Ao:大動脈

横行結腸間膜足側からのアプローチ
 助手が横行結腸間膜を把持して頭側に挙上し,上部空腸を右側に寄せて空腸起始部周囲の術野を確保する(図6a).その際,体位はやや頭低位,左側高位にする.空腸起始部左側の漿膜を切開し,十二指腸水平脚の背側を剝離すると,同じ層で膵頭部背側面も鈍的に剝離することができる(図6b).脂肪の少ない患者では,背側に大動脈,IVCが透見できる(図6c).

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図6 横行結腸間膜足側からのアプローチ①
a:術野展開
b:空腸起始部と後腹膜の癒合を剝離
c:膵頭十二指腸の授動
IMV:下腸間膜静脈

 十二指腸下行脚外側まで剝離を進めると,膵頭十二指腸が完全に授動される(図7a).左腎静脈(LRV)のすぐ頭側に存在するSMA根部は,周囲の脂肪組織やリンパ組織を除去すると神経組織に包まれた状態で露出することができる(図7b).

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図7 横行結腸間膜足側からのアプローチ②
a:十二指腸外側の剝離
b:SMA根部周囲の露出
LRV:左腎静脈,SMA:上腸間膜動脈
  • 文献
  • 1)Nickel F, Haney CM, Kowalewski KF, et al:Laparoscopic Versus Open Pancreaticoduodenectomy:A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Controlled Trials. Ann Surg 271:54-66, 2020
  • 2)Kamarajah SK, Bundred J, Marc OS, et al:Robotic versus conventional laparoscopic pancreaticoduodenectomy a systematic review and meta-analysis. Eur J Surg Oncol 46:6-14, 2020
  • 3)Klompmaker S, van Hilst J, Wellner UF, et al:European consortium on Minimally Invasive Pancreatic Surgery(E-MIPS). Outcomes After Minimally-invasive Versus Open Pancreatoduodenectomy:A Pan-European Propensity Score Matched Study. Ann Surg 271:356-363, 2020
  •  

※書籍では下記の項目も画像や動画とともに解説しています。

・肝十二指腸間膜・膵上縁の剝離
・胃結腸間膜と十二指腸の切離
・膵頸部のトンネリング
・上腸間膜静脈(SMV)の露出
・空腸静脈(JV)と膵鉤部の間の剝離
・空腸と空腸間膜の切離
・SMA,SMV からの膵頭部の剝離・切離
・CBD の切離
・膵切離,標本摘出


 

 

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