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『坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]』より

大目祐介,本田五郎

2023.07.07

 安全な腹腔鏡下手術の実施には高度な技術と経験値を必要とするものの,手術手技の実際を体系立てて学べる解説書は数多くありません。「坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]――腹腔鏡下手術が拓く肝胆膵外科のNEWスタンダード」では,腹腔鏡下手術の際に必要な解剖の基礎知識はもちろん,手技の進め方や手術時の留意点などが豊富な写真や動画とともに解説されています。腹腔鏡下手術において確かな技術を持つ本田五郎先生が編者を務める本書を活用して,手技のレベルアップを図ってみてはいかがでしょうか。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「胆囊全層切除術,胆囊床切除術」,「Glisson一括処理の基本手技(肝S3亜区域切除術)」,「膵頭十二指腸切除術(切除手技限定)」の項目をピックアップし,3回に分けて紹介します。


 

  • POINT
  • 流入血管の処理はGlisson一括処理を基本とする.
  • Glisson一括処理の際には肝外アプローチに固執せず,Glisson枝根部周囲の肝実質を離断したり破砕して削除したりして手術時間を節約する.
  • Glisson枝根部周囲は細いGlisson枝が複数分枝している場合が多く,丁寧に処理する.
  • 処理したGlisson枝の根部,亜区域間を走行する主肝静脈あるいはその分枝,肝表に出現するdemarcation lineをランドマークとして,正しい切離面を形成するよう心掛ける.

はじめに

 Healey & Schroyは門脈の血流分布に従って肝臓を左葉(左肝)と右葉(右肝)(1st-order division),さらに外側,内側,前,後区域(2nd-order division)に区分けした 1).そしてCouinaudは内側区域(S4)以外の外側,前,後区域をそれぞれ2分割(S2/3,S5/8,S6/7)し,これらを亜区域(3rd-order division)とすることを提唱した 2).しかし,亜区域は肝臓を表面から見て大まかに頭側と尾側に区分けしたものであり,必ずしも門脈の血流分布に従ったものではない.実際に,右肝では門脈前・後区域枝から分岐する分枝(しばしば門脈3次分枝と呼ばれる)が頭側と尾側に1本ずつであることは稀であり,その数や方向は様々である.そのため,わが国で一般的に使用されている亜区域の定義はいまだに曖昧なままであり,門脈3次分枝についても,左肝では2次分枝としての内側区域枝・外側区域枝が存在しないため,その定義は曖昧なままである.

 解剖学においてterminologyは重要である.しかし,肝臓外科医にとって最も重要なことは,安全かつ合理的な手術を行うための普遍的な脈管構造の理解と手技の習得である.われわれは区域未満の小範囲の解剖学的肝切除術の際には,亜区域の概念よりも,高崎ら 注)が提唱したcone unit theory 3)とGlisson一括処理 4)の概念のほうが有用と考えており,腹腔鏡下肝切除術を開始するかなり以前から,積極的に取り入れて肝切除術を行ってきた 5).本項では,腹腔鏡下に区域未満の小範囲の解剖学的肝切除術を行う際に必須となるGlisson一括処理の基本手技を,難度の低い肝S3亜区域切除術を題材にして詳細に解説する.

 

  • 注)高崎らは,前区域Glisson枝,後区域Glisson枝,左Glisson枝(臍静脈部を含む)の3本を2次分枝,そしてこれらから分岐するGlisson枝を3次分枝(tertiary branch)と定義し,各3次分枝の支配領域をcone unitと定義した.

 

体位・ポート配置

 体位は仰臥位とし,術者は患者右側に,助手・スコピストは患者左側に立つ.ポートは外側区域切除に準じて配置するが,S3亜区域切除では頭側までアプローチする必要が少ないため,CUSAを使用するメインポートはやや尾側に留置することが多い.いずれにせよメインポートの位置は,肋骨弓と肝臓の位置関係や臍静脈板と正中線の位置関係によって微調整する必要がある.外側区域が肋骨弓の頭側の横隔膜窩に納まっていて,臍静脈板が正中よりやや右側に位置する典型的な症例でのポート配置の例を図1に示す.

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図1 ポート配置

肝切除の準備

 通常,S3亜区域切除では外側区域を横隔膜から授動する必要はなく,むしろ授動せずに背側に固定しておくほうが肝実質離断時の術野展開に有利なことが多い.肝円索や肝鎌状間膜は切離せずに温存することも可能だが,切離すると臍静脈板の可動性がよくなるためS3亜区域のGlisson分枝(G3)根部へのアプローチが容易になる(図2).

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図2 肝円索・肝鎌状間膜切離

 切離開始前に超音波を用い,腫瘍の位置とG3,左肝静脈(LHV)の位置関係を確認する.臍静脈板の背側に内側区域と外側区域を繫ぐ肝実質(bridge)がある場合にはこの部分の肝実質を離断し,臍静脈板が十分に見えるようにしておく(図3).

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図3 臍静脈板背側のbridgeの切離

Glisson一括確保

 Glisson一括確保の手技は肝外アプローチ法と肝内アプローチ法の2つに大別される。肝門近辺のGlisson茎周囲を適切な層で剝離すると,周囲の肝実質を破壊することなく剝離することが可能であり,肝臓側には光沢のある膜様の面(Laennec被膜 6)と呼ばれているもの)を観察することができる.しかし,腹腔鏡下にその手技を用いて半周以上が肝実質に埋もれた状態のGlisson茎の全周を剝離しようとするとしばしば時間がかかる.

肝外アプローチ法
 肝実質を離断する前にG3を肝外で確保する“肝外アプローチ法”は,G3根部の半周以上が露出している場合などに選択する.
 肝円索を腹側に牽引し,G3根部の位置を確認する(図4).肝円索をやや尾側右側に牽引しながら臍静脈板の肝円索付着部左側と肝実質を鈍的に剝離して,G3の腹側,頭側縁を露出する(図5a).

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図4 G3根部の視認
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図5 肝外でのG3一括確保①
a:G3腹側縁の剝離.肝側に光沢のある膜様の面()が温存されている.
b:G3背側縁の剝離
c:G3の確保

 次いで,肝円索を腹側に牽引し,G3とG2の間で臍静脈板の左側縁から肝実質を鈍的に剝離し,そこから連続させてG3根部の背側縁を露出する(図5b).腹側縁,背側縁を十分に剝離した後,G3表面に沿わせて鉗子を挿入し,G3を確保する(図5c).

 Glisson鞘と肝実質の間の適切な剝離層が見出せない場合は早々に諦めて,G3根部周囲の肝実質を削りとるように除去する.これにより,肝実質に接する側のGlisson鞘表面を安全かつ迅速に露出してG3を確保することができる(図6).

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図6 肝外でのG3一括確保②
G3に沿って肝実質を除去してG3を確保する.

Pitfall 殻がきれいに剝けない茹で卵みたいに

 脂肪肝症例では,容易に肝臓側の被膜様構造が破れて軟らかい肝実質が破壊される.肝硬変症例や胆管炎の既往のある症例では,線維化のためにGlisson鞘と肝実質の間の剝離が困難で,誤って肝実質内やGlisson鞘内に迷入することがある.

Knack いずれ切るものはさっさと切る

 系統的肝切除術では,切除予定領域を支配するGlisson茎の周囲を取り囲む肝実質はいずれ離断され,そこは最終的に離断面の一部となるため,先に離断してしまうほうが合理的な場合が多い.膜構造に沿った鈍的剝離は外科解剖に則った合理的な手技ではあるが,これに固執すると手術手順の合理性が損なわれる.

肝内アプローチ法(動画
 “肝内アプローチ法”では,G3根部から腹側に広がるS3/S4境界(見込み)面の肝実質を先行して離断し,G3根部の腹側面を広く露出してからG3根部を一括確保する.先述した“肝外アプローチ法”でG3根部周囲の肝実質の一部を除去してG3を確保する手技の延長線上にある方法ともいえる.

 臍静脈板左縁付近のG3根部と思われる位置と肝鎌状間膜の付着部の間をS3/S4境界と見立てて,肝臓の腹側で,肝鎌状間膜の付着部に沿って肝表側の離断ラインを設定する(図7a).肝前縁(尾側縁)から離断を開始し,G3根部の腹側に向けて離断を進める(図7b).

 umbilical fissure vein(UFV)が離断面に露出した場合には,S4側の切離面に露出しながら肝実質離断を行い,流入する分枝を切離する.肝外アプローチ法と異なり,臍静脈板からS3/S4境界領域に向かってほぼ垂直に分岐するGlisson枝に遭遇することがあるが,これらは細い分枝なので,阻血域ができることはあまり気にせず残肝側のみクリップして切離する(図7c).臍静脈板とG3根部の腹側面を広く露出したら,G3根部の頭側(向かって奥側)の肝実質を除去して,G3根部辺縁の輪郭を露出する(図7d).次いで,肝円索を腹側に牽引・挙上し,臍静脈板左側の肝実質をG3根部から末梢に向かって剝離する(図7e).この際も,可能な限り適切な層を保ちながら鈍的な剝離を行うが,困難な場合は肝実質を必要に応じて除去する.腹側と同様にG3根部の頭側で辺縁の輪郭が露出できると,G3根部の奥側で腹側と背側が交通する.

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図7 肝実質先行離断によるG3一括確保
a:離断ラインの設定
b:臍静脈板腹側に向けて肝実質離断
c:S3/S4境界領域に分枝するGlisson枝の切離
d:G3腹側,頭側縁の露出
e:G3背側縁の剝離

Pitfall G3根部近傍から分岐するGlisson分枝

 G3根部近傍で肝実質を除去していると,しばしばS3やS4境界領域に分枝する細いGlisson分枝に遭遇する.これらを切離するとG3根部の露出は容易になり,G3切離に際して十分な切りしろを確保することができる.

  • 文献
  • 1)Healey JE Jr, Schroy PC:Anatomy of the biliary ducts within the human liver. Analysis of the prevailing pattern of branchings and the major variations of the biliary ducts. Arch Surg 66:599-616, 1953
  • 2)Couinaud C:Lobes et segments hépatiques:notes sur l’architecture anatomiques et chirurgicale du foie. Presse Med 62:709-712, 1954
  • 3)Takasaki K:Glissonean pedicle transection method for hepatic resection:a new concept of liver segmentation. J Hepatobiliary Pancreat Surg 5:286-291, 1998
  • 4)Yamamoto M, Katagiri S, Ariizumi S, et al:Glissonean pedicle transection method for liver surgery(with video). J Hepatobiliary Pancreat Sci 19:3-8, 2012
  • 5)Honda G, Kurata M, Tsuruta K:Approach for systematic resection of the liver anterosuperior area:exposing Glissonean pedicles by prior dissection of the major hepatic fissure. J Am Coll Surg 207:e1-e4, 2008
  • 6)Sugioka A, Kato Y, Tanahashi Y:Systematic extrahepatic Glissonean pedicle isolation for anatomical liver resection based on Laennec’s capsule:proposal of a novel comprehensive surgical anatomy of the liver. J Hepatobiliary Pancreat Sci 24:17-23, 2017
     

※書籍では下記の項目も豊富な画像とともに解説しています。

・肝実質離断とG3 の切離
・標本摘出,ドレーン留置

 


 

 

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