医学界新聞プラス
[第1回]胆囊全層切除術,胆囊床切除術
『坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]』より
大目祐介,本田五郎
2023.06.30
坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]
安全な腹腔鏡下手術の実施には高度な技術と経験値を必要とするものの,手術手技の実際を体系立てて学べる解説書は数多くありません。「坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]――腹腔鏡下手術が拓く肝胆膵外科のNEWスタンダード」では,腹腔鏡下手術の際に必要な解剖の基礎知識はもちろん,手技の進め方や手術時の留意点などが豊富な写真や動画とともに解説されています。腹腔鏡下手術において確かな技術を持つ本田五郎先生が編者を務める本書を活用して,手技のレベルアップを図ってみてはいかがでしょうか。
「医学界新聞プラス」では本書のうち,「胆囊全層切除術,胆囊床切除術」,「Glisson一括処理の基本手技(肝S3亜区域切除術)」,「膵頭十二指腸切除術(切除手技限定)」の項目をピックアップし,3回に分けて紹介します。
- POINT
- ◆原則としてリンパ節郭清は総肝管周囲の1群リンパ節のみとする.
- ◆胆囊管は三管合流部近傍で切りしろ部分のみを露出して全周確保する.
- ◆Calot三角部の脂肪組織・結合組織は胆管や肝動脈,門脈の表面を露出する層で剝離して胆囊とともにen blocに切除する.
- ◆Calot三角部の脂肪組織・結合組織の剝離は,前区域Glisson茎が肝臓内に進入するところまで行い,そのすぐ腹側で胆囊床基部の肝表面を露出する.
- ◆胆囊全層切除術では,胆囊辺縁部で漿膜を鋭的に切開し,胆囊床に平滑な肝表面が露出したら,同じ層を保ちながら胆囊を牽引して肝臓から剝離する.
- ◆胆囊床切除術では,胆囊から1~2 cm程度の厚さの肝実質を付着させた状態で胆囊を切除する.
はじめに
わが国では胆囊癌,胆囊癌疑診例に対する腹腔鏡下手術は長らく制限されてきた 1).その理由として,術前の深達度診断の精度が高くないことや,癌の不完全切除や腹腔内への胆汁漏出の可能性が挙げられてきたが,これらはおそらく良性疾患に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の手術手技を想定しての懸念,憂慮と思われる.しかし,胆囊癌を腹腔鏡下に切除すると再発率が高くなるという明確な根拠は見当たらない.多くの消化器癌に対する腹腔鏡下手術が標準治療となった今,開腹での標準手術として行われている胆囊全層切除術や胆囊床切除術を腹腔鏡下に行うことのハードルは明らかに下がっており,2022年4月よりようやく腹腔鏡下胆囊悪性腫瘍手術(胆囊床切除を伴うもの)が保険診療として施行可能となった.本項では,胆囊全層切除術と胆囊床切除術について解説する.
適応
腹腔鏡下手術を検討するのは,画像上リンパ節転移がなく,癌が胆囊表面(胆囊床側では肝臓)に達していないT2(深達度が漿膜下層)以下の病変である.ただし,病変がCalot三角部付近(胆囊頸部寄りの体部~胆囊管)にある場合はT1(深達度が粘膜もしくは固有筋層)までを適応とし,T2以上の場合は胆管合併切除・再建術の付加も含めて慎重に検討し,原則として開腹手術を選択する.
胆囊癌疑診例やT1以下と考えられる胆囊癌の場合は,胆囊全層切除術を選択している 2,3).疑診例としては,胆囊床側にあって造影効果を伴う有茎性隆起性病変(単発の1 cm超のポリープなど)やRokitansky-Aschoff洞(RAS)の囊胞様拡張が目立つ胆囊腺筋腫症(上皮内癌の存在を疑う所見と考える)などが挙げられる.術前画像でT2の胆囊癌と診断した場合は,胆囊床でのサージカルマージン確保とともに病理組織学的な深達度診断を確実に行うことを目的として胆囊床切除術を選択している 4).
Discussion 技術的な理由で胆囊全層切除術の適応外となる症例
胆囊炎の既往を有する症例では,胆囊床に平滑な肝実質表面を露出しながら剝離を行うことが困難であり,全層切除を企図して胆囊を牽引すると肝実質の一部が胆囊側に付着した状態で胆囊が剝がれてくるため,はじめから肝実質内を離断する胆囊床切除術を選択する.胆囊癌と黄色肉芽腫性胆囊炎との鑑別が困難な場合なども同様に胆囊床切除術の適応としている.
Discussion T1なら普通のラパコレでいいんじゃない?
ガイドラインなどでは,通常の胆囊摘出術後の病理組織学的診断によって判明したT1胆囊癌に対しては,追加手術が不要であることが示されている.すなわち,T1であれば全層切除でなく通常の胆囊摘出術で十分ということになるが,実際には固有筋層と漿膜下層内層(SS-inner層)の境界を画像で認識することが難しいこともあり,深達度がT1であることを正確に診断することは容易ではない.また,胆囊腺筋腫症を伴う症例では,漿膜下層へ進入したRAS内に上皮内癌が広がっていることがあり,その場合,通常の胆囊摘出術では病変の一部が遺残する可能性がある.
Discussion 術後にT2と診断された場合
疑診もしくはT1の診断で胆囊全層切除術を行った症例が病理組織学的にT2と診断された場合,胆囊全層切除術が適切に行われていればサージカルマージンは陰性なのでリンパ節郭清も含めて追加切除は行っていない.
体位・ポート配置
体位は仰臥位とする.肝十二指腸間膜の郭清や肝実質離断は術者が患者右側に立つほうが操作しやすいため,術者が患者右側,助手とスコピストが患者左側に立つ.臍窩に1stポートを挿入後,頭高位,右側高位に傾斜させる.典型的なポート配置は通常の胆囊摘出術の際と同様であるが,臍の右側に5 mmポートを留置すると肝十二指腸間膜の郭清が行いやすい(図1).
胆囊床切除術の際には,左肋弓下鎖骨中線上に助手用の5 mmポートを追加し,Pringle法を行うためのターニケットを設置する〔Ⅱ-1「肝切除の基礎」(「坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]」105頁)を参照〕.抜去した5 mmポートは助手用として心窩部のやや左側尾側に改めて留置する.
病変の観察
胆囊周囲を中心に腹腔内を十分に観察し,腫瘍が明らかな漿膜外浸潤や肝浸潤を伴わないことを確認する.さらに,肝転移や腹水,播種結節がないことを確認する.腹水があれば腹水を採取し,なければ骨盤腔内で腹腔内洗浄細胞診を施行する.腹腔内洗浄細胞診は,頭低位にして骨盤腔から小腸を可及的に引き出してから行う.その後,体位を頭高位にして術中超音波検査を行い病変の広がりや深達度を評価する.
術野展開
肝門部周囲の術野展開のために,留置した心窩部のポート孔に向かって肝円索を引き上げる.心窩部のポートから牽引用の糸を挿入し,肝円索根部近くの鎌状間膜に開けた小孔を通して肝円索に糸をかけ,再び心窩部のポートから体外に引き出す.次に,ポートをいったん抜去して牽引糸の両端がポート孔から直接体外に出た状態にして,同じ孔からポートを再挿入する.ポートと腹壁の間を通過する牽引糸で肝円索を腹壁側に吊り上げ,牽引糸は体外に出てきたところを鉗子で掴んで固定する(図2a).
さらに助手が胆囊を肝臓とともに頭側に押し上げることで肝門部の術野を展開する.胆囊は把持せずに,ガーゼを用いて胆囊体部付近を圧排する(図2b).
Knack 展開が不十分な場合
Pitfall 胆囊の扱いは愛護的に
胆囊を鉗子で把持すると穿孔して胆汁を散布するリスクがあるため,胆囊は常に愛護的に扱うように心掛ける.
肝十二指腸間膜の郭清(動画)
十二指腸上縁のすぐ肝臓側で肝十二指腸間膜右寄りの漿膜を切開して胆管の腹側面を露出する(図3a).1群リンパ節郭清(#12b,cの切除)の左縁は固有肝動脈(PHA)が露出するラインとし(図3),右側(背側)縁は門脈右側面を露出するラインを目安とする(図4).
Pitfall 線維化のある症例は危険
胆管炎や胆囊炎により肝十二指腸間膜や肝門部に線維化をきたした症例では,胆管や肝動脈,門脈を損傷するリスクが高いため,無理をせず開腹手術に移行する.
腹側では胆管のSS-inner層(SS-I)〔Ⅰ-5「総胆管拡張症手術」(「坂の上のラパ肝・胆・膵[Web動画付]」74~76頁)を参照〕とPHAを露出しながら肝門に向かって胆管周囲の脂肪組織(リンパ節を含む)を剝離して,総胆管および総肝管の腹側面を露出する.右肝動脈(RHA)が総肝管の腹側を走行している場合は全周を剝離して露出する(図3d).
Pitfall 胆管の剝きすぎに注意
胆管虚血を回避するために,胆管は全周性に剝離せず流入する細い血管をできるだけ温存する.胆管表面からの出血を焼灼止血する場合は,しばらく圧迫してから出血点を見極めて,できる限りピンポイントで焼灼止血する.
右側背側では,門脈右側の結合組織を肝臓側に向かって切開し,Rouvière溝まで連続して門脈右側面を露出する(図4a,b).Rouvière溝で門脈腹側の結合組織を剝離してRHAあるいは肝動脈後区域枝(A post)を露出しておく(図4c,d).
Calot三角部で総肝管右側の露出面を背側に向かって広げて,背側からすでに一部が露出されたRHAの全周を露出する(図5).RHAが総肝管腹側を走行する場合は,総肝管の露出とともに末梢側に向かって露出する(図3d).Calot三角が開いたら,総肝管の露出面を胆囊管側にも広げて胆囊管を三管合流部近傍の切りしろ部分のみを露出して全周を確保する.
胆囊管は胆囊側のみを先にクリップしておく.胆管側はしばらく時間をおいてから可能な限り胆管寄りで二重にクリップして切離する(図6).胆囊管断端を迅速病理診断に提出して,断端が陰性であることを確認する.断端が陽性であった場合には肝外胆管切除・再建術を付加する.これらの手技は,技術的には腹腔鏡下に施行可能であるが,保険適用外の術式である.
Knack 胆汁で洗い流す
胆囊管を切離して得られた良好な視野の中で,RHAを末梢に向かってさらに露出し,前・後区域枝を肝内に流入する部位まで露出する.途中で胆囊に向かって分岐する胆囊動脈を根部でクリップして切離する(図7).この間もCalot三角部の脂肪組織・結合組織をできる限り破壊せず胆囊とともにen blocに切除できるように脈管処理を進める.
Pitfall 切離する胆囊動脈は1本とは限らない
RHAから分岐する胆囊動脈は1本のみの場合もあるが,表在枝と深部枝が個別に分岐する場合もある.深部枝は胆囊床近くから分岐していることもある.その場合は,胆囊床下端(基部)の肝表面を露出して,肝動脈の分枝でないことを確認してから切離する.
総肝管~右肝管,RHA~肝動脈前区域枝の露出を胆囊床下端(基部)直下まで進めたら,前区域Glisson茎腹側の脂肪組織・結合組織を離断し,胆囊床下端(基部)の肝表面を露出しておく(図8).
この肝実質表面の露出部が胆囊全層切除ならびに胆囊床切除を行ううえでの切除範囲の下端となる(図9).
Discussion 低侵襲外科医の本分とD2郭清
わが国ではT2以深の胆囊癌に対しては予防的D2郭清が標準手技と考えられているが,予防的リンパ節郭清が予後を改善する明確なエビデンスはない.腹腔鏡下に膵頭後上部領域(#13a)や膵上縁(#8),腹腔動脈周囲(#9)リンパ節を郭清することは技術的には可能である(図10).しかし,低侵襲手術の本分は腹壁の傷だけを小さくすることではなく,臓器や組織の損傷と合併症を最小限にすることであることも忘れてはならない.
Pitfall 胆管は熱に弱い
われわれは以前,超音波凝固切開装置やvessel sealing systemなどのエネルギーデバイスを使用して肝十二指腸間膜の郭清を行っていたことがあり,デバイス側面での熱損傷が原因と思われる遅発性の胆道損傷,胆管狭窄を経験した.エネルギーデバイスの側面は高熱になるため,特に胆管周囲で用いる際には注意を払う必要がある.現在はおもにモノポーラー電気メスを用いて郭清を行っている.
- ■文献
- 1)日本肝胆膵外科学会,胆道癌診療ガイドライン作成委員会(編):胆道癌診療ガイドライン(改訂第3 版).医学図書出版,2019
- 2)本田五郎,倉田昌直,奥田雄紀浩,他:早期胆囊癌に対する腹腔鏡下胆囊全層切除のコツとその剝離層の組織学的検討.胆道 27:705-711,2013
- 3)本田五郎,倉田昌直,小林 信,他:胆囊癌に対する腹腔鏡下胆囊全層切除―剝離層の組織学的検討.胆と膵 36:47-50,2015
- 4)大目祐介,本田五郎,武田裕:胆管切除・再建を伴う肝切除における腹腔鏡の役割.外科 81:1232-1236,2019
※書籍では下記の項目も画像や動画とともに解説しています。
・胆囊全層切除
・胆囊床切除
・標本摘出
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