医学界新聞

連載

2015.02.23


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第122回〉
キャリアははしご(ラダー)ではなくジャングルジム?!

井部俊子
聖路加国際大学学長


前回よりつづく

 年度末は多かれ少なかれ自分のキャリアを考える節目のひとつとなる。日本の「働く女性」は2406万人で,雇用者総数の43.3%を占める(2013年)。年齢階級別労働力をグラフ化した際に描かれる“M字カーブ”は年々緩やかになっているが,欧米諸国に比べると,就業率自体の低さ,カーブのへこみ度合いが目立つとされる(総務省統計局「労働力調査」)。

決断のときが来るまでアクセルを踏み続けよう

 フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグは,キャリアをマラソンに例えている(村井章子訳『LEAN IN』日本経済新聞出版社,2013年)。マラソンは「長い距離を苦労しながら走りつづけ,ようやく最後に努力が報われる」のであるが,マラソンのスタートラインにつく男性ランナーと女性ランナーの道程を次のように表現している。「どちらも同じだけ練習を積み,能力も甲乙つけがたい。二人はヨーイドンで走り出し,並走を続ける。沿道の観衆は,男性ランナーに“がんばれー”と声援を送りつづける。ところが女性ランナーには“そんなに無理するな”とか“もう十分。最後まで走らなくていいよ”と声をかける」。そして距離が伸びるほど,この声はうるさくなる。「女性ランナーが喘ぎながらもなんとかゴールをめざそうとすると,見物人はこう叫ぶのだ――“どうして走りつづけるんだ。子供が家で待っているのに”」と。

 サンドバーグはこう続ける。子供を預けて仕事に復帰することは誰にとっても厳しい選択であるとした上で,「自分が夢中になれる仕事,やり甲斐のある実り多い仕事に打ち込むことだけが,その選択の正しさを自分に納得させてくれる」。それゆえ,「仕事を始めるときから出口を探さないでほしい。ブレーキに足を載せてはいけない,アクセルを踏もう。どうしても決断しなければならないときまで,アクセルを踏みつづけよう」と(この件を書きながら,私は今年届いた年賀状の一枚を思い出した。4人の子育てをした内科病棟時代のスタッフから,末っ子が就職してようやく全員が巣立ちしたという報告とともに,「長女を妊娠したときに,やってみたら?(仕事を辞めずに続けるとよい,の意)と背中を押していただいたことを思い出します」とあった。つわりがひどく休みがちとなる彼女への同僚からの批判に,婦長として対処したことが間違っていなかったことを,30年近くたって確信した)。

キャリアに一本のはしご(ラダー)は適さない

 ここに,「いいキャリアを歩むとはどういうことか」を考えるヒントがある(金井壽宏著『キャリア・デザイン・ガイド』白桃書房,2003年)。

1)節目がしっかりデザインされているキャリア
2)キャリアを長く歩めば歩むほど,より自分らしく生きていると実感できるようなキャリア
3)〈わたしが選んだ道だ〉という自己決定の感覚と,〈皆とともに生きている,生かされている〉というネットワーク感覚を感じさせてくれるキャリア
4)自分より若い人にキャリアについて聞かれたときに話せる物語の多いキャリア
5)知識創造や知恵につながるキャリア
6)自分のキャリアから若い世代がいい影響を受け,自分もそれを自己肯定しているキャリア
7)個人のニーズと組織のニーズが今の時点でうまくマッチングされたキャリア
8)流されること(ドリフト)さえも楽しめる余裕を持ったキャリア
9)選んだ後,これでよかったかとくよくよせずに,次の節目まではしっかりと歩み始めることができるキャリア
10)緊張とリラクゼーションが絶妙に入り混じったキャリア
11)よいガマン(仕事がおもしろくなるまでに必要な最低限以上の努力)はしているが,わるいガマン(他の仕事を試してもいいタイミングなのに現状に辛抱)は排しているキャリア
12)ちょっとのずれや背伸びするような課題が今の仕事環境にあるキャリア
13)いくつになっても一皮むけて発達を続けるキャリア

 サンドバーグも指摘しているが,「一つの企業なり組織なりに就職し,そこで一本の梯子を上っていく時代はとうの昔に過ぎ去った」と考えることができよう。看護界でも転職(場)をする看護職が一般化している。一般大卒社会人経験者の看護界への参入も増加している。つまり多彩な人材が多様なキャリアを歩む時代となっている。そうなると,「一本のはしご(ラダー)」(キャリア・ラダー)は適さないということになる。つまり,はしごには「広がりがない。上るか下りるか,とどまるか出て行くかどちらかしかない」のである。しかし「ジャングルジムにはもっと自由な回り道の余地がある」という。「これなら,就職,転職は言うまでもなく,外的な要因で行く手を阻まれたときも,しばらく仕事を離れてから復帰するときも,さまざまな道を探すことができる。ときに下がったり,迂回したり,行き詰まったりしながら自分なりの道を進んでいけるなら,最終目的地に到達する確率は高まるにちがいない」のである。しかも,「ジャングルジムなら,てっぺんにいる人だけでなく,大勢がすてきな眺望を手に入れられる。はしごだと,ほとんどの人は上の人のお尻しか見られないだろう」という(最後のフレーズは私のお気に入りである)。

 昨今,看護界における転職ナースの働きにくさは,キャリア・ラダー神話に固執している既得権益者たちの価値観にあるのかもしれない。今や時代は,キャリア・ラダーからキャリア・ジャングルジムへと,発想の転換を必要としている。

つづく

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