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医学界新聞

めざせ「ソーシャルナース」! 社会的入院を看護する

連載 石上雄一郎

2023.09.25 週刊医学界新聞(看護号):第3534号より

75歳男性。慢性心不全の急性増悪により入院を繰り返していた。心不全による入院は今回で3回目で,前回は2週間前に退院したばかりだった。独居で食事管理はあまりできていない。「早く治療して退院させてほしい」と本人は訴えていた。強心薬の点滴を継続しているが,なかなか減らせない状況である。「本人や家族は病気のことを理解しているのか」と看護師は悩んでいた。

 「患者本人は病気のことを本当にわかっているのか」。そう思うことは日常茶飯事だ。そうした場合にはまず患者のアセスメントを行うことが重要だ。医学的にはせん妄や認知症,適応反応症,うつ病,自閉スペクトラム症,境界知能などを考慮した上で対策を考える。患者が精神疾患を抱えるかは本人との対話や行動,性格から推察する必要がある。対応に難しさを感じる場合は精神科医や臨床心理士・公認心理師などの専門家に相談したほうが良いだろう。

 医療者からの見え方と患者家族からの見え方は大きく異なることがある。病状説明のファーストステップは,患者家族の病状認識を聞くことである。コミュニケーションがうまくいっているかの判断は,相手に何を説明したかではなく,相手がどう説明を受けとめているかによって決まるからだ。「これまで主治医の先生とは病気についてどのようなお話をされてきましたか」「話がうまく伝わってないこともあるのでお聞きしますが,病気のことをどのように聞いていますか」「主治医の先生に『どれくらい頑張れそうか? 残された時間がどれくらいありそうか?』と尋ねたことはありますか」「ご家族からみて本人はどうですか」。このような質問をすることで,患者家族が病状をどう認識しているかがわかる。

 病気の進み方にもパターンがあり,これを示した1)をトラジェクトリーと言う。前回(3530号),予後には時間的予後(どのくらいの時間が残されているか)と機能的予後(今後どんな生活になるか)の2種類があることを説明した。それが視覚的にわかりやすく示されているのが特徴である。予後は死を意識することにつながる取り扱いに注意が必要な情報だ。詳しく知りたくない人もいる一方で,今後の治療方針や生活にも大きくかかわるため,知りたい人もいる。大まかなことは知っておきたいという方も多く,病気の一般的な全体像を示すことは本人や家族の心の準備のためにも重要だ。

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 時間的予後と機能的予後を示したトラジェクトリー(文献1より作成)

 図のように,病気の進み方は大まかに悪性腫瘍,心不全などの臓器不全,認知症や加齢による衰弱に分かれる2)

 悪性腫瘍の患者は,全身機能が比較的保たれている期間は続くものの,死亡1~2か月前で食事が取れなくなり,ADLの低下が急激にみられる。患者家族は「急な変化でびっくりして気持ちが付いていかない」ことが多い。

 臓器不全の患者は,例えば肺炎といった感染症により急激な悪化と改善を繰り返しながら穏やかに悪化していく。急激な悪化が起こった時にそれが改善可能かの判断が難しい。徐々に入院の頻度が上がっていき,死亡前は急速に変化することが多く,亡くなる直前までADLは保たれる。患者家族は多くの場合,「入院したら良くなるしまだ大丈夫(末期とは思っていない)」ととらえている。

 認知症や加齢により衰弱している患者は緩やかに機能が低下していき,いつからが終末期かが不明確となりやすい。認知症は単なる物忘れの病気ではなく,ADLが低下し死に至る病気である。患者家族においては「覚悟はしている」「ずっと前から今の寝たきりの状態だけど治療さえすれば大丈夫」とさまざまなとらえ方をする。これは具体的な治療のイメージ(現実味)ができていないからだろう。

 疾患が多数併存している場合は,どの病気が患者にとって最も命取りになるかを考えると良いだろう。

 病気の進み方を知っておくことで,眼前の患者がカーブのどこにいて予後がどの程度残されているか,体力がどのように落ちていくかを家族と共有しやすい。筆者はこのカーブを書いた上で患者が該当しそうなところに丸をして,「この手前のほうなら良いのですが,もうここまで来ているのではないかと心配しています」と病気の今後の進み方や全体像を示すようにしている。

 情報共有で忘れてはならないのが機能予後である。患者が今どんな生活をしているか,今後どのような生活になっていくかといった以下の質問は,看護師が患者家族からよく受けるだろう。

・どの程度動けるのか。リハビリはできているか。

・会話はできているか。混乱したり認知症が進んだりしていないか。

・食事は取れているか。どんな食事を取っているか。

・トイレは一人でできるか。シャワーや入浴を済ませ,身体は綺麗か。

・症状はどうか。もう痛みや息苦しさはないのか。

・支援はどれくらい必要か。吸痰はしているか。酸素が必要か。

・いつまで入院できるのか。元通りの生活に戻れるのか。

 病状説明の前に,こうした生活状況を十分に確認して家族に伝えることが重要だ。入院すれば元気になると考えるほうが一般的であり,認識の齟齬が生まれやすい場面だからである。入院すれば必ず体力が落ちることはあらかじめ伝えておくと良い。

 また,細かいコミュニケーションのすれ違いが積み重なり,医療不信になっている家族も多い。医学的な質問が家族から来た際に正確に答えるのが難しいことから,患者の病状について看護師が家族に電話では伝えない医療機関もあるかもしれない。特にコロナ禍だと“便りがないのは良い便り”と考え,話がない=経過は良いととらえている家族もいる。しかし,家族が知りたいのはもちろん“病気が良くなるのか”と同時に,“どんな生活をしているか”なのだ。「今日,温タオルで顔を拭いたら少し笑顔がありましたよ」のように,生活状況はストーリーで伝えることを心掛けたい。患者の病態に関して不明確な点はその場で返答する必要は必ずしもなく,「ご心配だと思います。とても大事な話なので,病状の詳細や今後の経過は,主治医に確認してまたご連絡します」と伝えれば良い。

 看護師が病状の認識を患者に聞くと,「心臓の先生に毎月見てもらっていたから特段悪いなんて話は聞いていない。塩分を控えろと言われるが,一人暮らしでそんなことはできない」と話された。アセスメントの結果,軽度認知症であること,心不全がどの程度進行しており,セルフケアがどれくらい必要かなど,病状を十分に認識していないことがわかった。

 その後,患者の病状に対する認識の度合いを主治医に報告し,本人家族と面談を行うことになった。また,看護師は心不全手帳3)を患者へ渡し,病気の軌跡・再発予防の説明に努めた。塩分制限は現実的に着手できる点を管理栄養士からも説明してもらった。

・適切な情報共有のために,病状説明の前に現時点の病状認識を確認しよう。

・患者家族との面談時には,トラジェクトリーを用いると今後の経過に関して共有しやすい。

・病状説明では機能予後が重要であり,患者本人の生活状況をストーリーで伝えよう。


1)Ann Emerg Med. 2019[PMID:30770207]
2)J Palliat Med. 2017[PMID:28151051]
3)日本心不全学会.心不全手帳 第3版.2022.

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