医学界新聞

書評

2023.09.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3532号より

《評者》 杏林大教授・病理学

 病理医が慢性的に不足するわが国にあって,多くの病理医はgeneral pathologistとして諸臓器に向き合うことを余儀なくされているが,新規知見が加速度的に蓄積される現代において,各領域の知識を十全に備えることは年々難しくなってきている。特に神経病理は,その複雑な解剖,多彩な組織構築や構成細胞,独特の染色法の数々からして,多くの病理医が苦手とするところであるが,もとより疾患が多様である上に,概念の変遷があり,新規病型の提唱や疾患の細分化が進んでいることが,習得をより困難なものとしている。また,神経病理の特徴の一つは,病理解剖でなければ経験できない疾患が多いことであるが,新型コロナウイルスの流行により解剖の機会の減少に拍車がかかり,経験を積むことが一層困難となりつつあることも,神経病理を学ぶ上での大きな障壁となっている。

 この度改訂された『神経病理インデックス』は,こうした難点を孕む神経病理の学習や診断の実践において大きな手助けとなってくれる1冊であり,定評のあった旧版から実用性がさらに増した印象である。表紙イラストも魅力的な本書をひとたび開けば,美麗な肉眼・組織写真の数々,理解を促進する豊富なイラスト,正常組織や種々の疾患についての簡潔明瞭な解説に夢中となってしまうであろう。私見では現状で最も優れた神経病理の教科書と言っても過言ではなく,母国語でこのような良書に触れられることに幸せを感じずにはいられない。通読可能な分量でありながら,エッセンスは漏れなく盛り込まれているため,病理学や脳神経内科学を研修中の医師や医学生を含む初学者にまずはお薦めしたい。また,経験豊富ながら神経病理は敬遠しがちな一般の病理医にとっても,神経病理の最新を網羅的に知ることができる本書は一読の価値がある。「インデックス」の名が示す通り,辞書的な活用ももちろん可能である。

 著者の新井信隆先生は神経病理分野で数々の業績を残してきた一流の研究者であるとともに,「東京都医学研・脳神経病理データベース」の構築に従事するなど,わが国の神経病理学の教育に多方面から貢献してこられた先生である。現在は自ら設立された唯一無二の神経病理専門の株式会社「神経病理 Kiasma & Consulting」を運営され,文字通り全国を飛び回って神経病理学のコンサルト活動を展開されている。当施設でも病理解剖症例を中心に新井先生にご指導を仰いでおり,深い教養を持ちつつ,ユーモアを兼ね備えた先生のお人柄に魅了されている。本書においても詩的な表現がちりばめられ,ページ右下にはさりげなく海馬発生のパラパラ漫画が配されているなど遊び心が反映されており,新井先生ならではの1冊に仕上がっている。大幅な発展を遂げた本書の次の改訂版を今から期待しつつ,これから数年間は本書を堪能しながら神経病理に向き合っていきたい。


《評者》 大阪公立大教授・作業療法学

 医療において,コミュニケーションは基盤となる知識および技術である。どれだけ確実性の高い医療技術があったとしても,それを施術してその後のサポートを行う医療従事者に対する納得と信頼を得られなければ,対象者はそれらの技術は選ばないかもしれない。また仮に選んだとしても,医療従事者に対する不信は,対象者の心身の予後を悪化させる可能性もある。これらの観点から,医療者がコミュニケーションを学ぶことは,エビデンスや知識・技術を学ぶことと同様,非常に重要なものであると考えている。

 しかしながら,医療者におけるコミュニケーションについては,養成校などでも特化した授業が少なく,また経験的に実施してきた先人も多いため,エビデンスを基盤としたコミュニケーション技術に対する教育はいまだに確立されていない。一方,情報化の時代がさらに加速する昨今,医療事故やミスに関する報道が一気に加熱することで医療に対する対象者の不信感が過去に比べて膨らんだという社会的背景もあり,コミュニケーションや接遇に対する必要性がより一層重視されている。

 そういった背景の中,医療者に対して「コミュニケーションは何なのか」「今自分が取っているコミュニケーションの問題点はどこにあるのか」「そしてそれらを改善するためには何をすべきなのか」を過去の豊富な研究を基盤にわかりやすく丁寧に解説しているのが,『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』である。

 本書の素晴らしいところは,先行研究で調査されたエビデンスを基盤に読者の現在のコミュニケーションを振り返らせて,それらを認めてさらに改善するための方法が論理的に示されている点である。さらに学術用語だけでは理解が困難なニュアンスについては,いくつものシチュエーションと会話というCaseを通して,具体的にどういった発言がどのような問題を孕み,改善の余地があるかなどをわかりやすく解説している点も,理解を促す役割を果たしている。

 卒前・卒後のコミュニケーションを見直す際に,これほど系統立てて,論理的にコミュニケーションについて論述された書籍は少ないと思われる。学生・新人からベテランまで,自身のコミュニケーションに迷いがある方は手に取ってほしい1冊である。


《評者》 北大大学院教授・精神医学

 最近の精神科診療は,発達障害概念を一つの軸に置いて診断や治療に当たらなければ成り立たないと言っても過言ではない。一般精神科診療においても,他の精神疾患に併存する形で発達障害が潜在していることが少なくなく,その知識や適切な対応がいや応なく求められる時代となっている。そんな時に『精神医学』2023年増大号で組まれた特集「いま,知っておきたい発達障害Q&A 98」はまさに時宜にかなった大変有意義で実践的な内容の企画である。

 本特集は,98項目のクリニカル・クエスチョン(CQ)から成っているが,実際に,臨床の現場から質問を募集しただけあって,日常臨床でしばしば遭遇する問題が概念(7項目),疫学(2項目),病態(8項目),診断(24項目),鑑別と併存(19項目),治療(38項目)に分類されて並べられている。いくつか実際のCQを例に挙げると,「大人になって発達障害が発症することはありますか?」「発達障害はなぜ増えているのですか?」「発達障害を疑った時,どんな心理検査を実施するのがよいでしょうか?」「日常臨床の発達障害の診断に使いやすいツールを教えてください」「クリニックでの発達障害を疑われる患者さんへの対応のコツを教えてください」「患者さんに発達障害についてどう伝えるとよいでしょうか?」「発達障害の特性はあるものの診断閾値下(いわゆるグレーゾーン)である場合,今後,どのような対応が考えられますか?」「単身で受診した大人で情報がない場合に発達障害と診断するポイントを教えてください」「発達障害に併存症がある場合の治療の考え方を教えてください」「発達障害の感覚過敏について,どのような対応がありますか?」「比較的短い時間で発達障害の患者さんに対応する工夫はありますか?」などであり,一般精神科医にとって非常に参考になる項目が満載となっている。

 各CQには,エキスパートにより簡潔にまとめられた回答の要約がまず提示され,その後に解説が配置されている。解説は,分量が長からず短かからず,ちょうど手ごろな長さであり,臨床実践に即した形でまとめられているので,とても読みやすい。また,CQごとにタグがつけられていて,解説内容の対象が主に子どもか,大人かが一目瞭然でわかるようになっており,使いやすい。本書を外来に置いて,診察の合間に参考にするのも良いし,時間のあるときに気になるCQからどんどん読み進めて自習するも良いであろう。手元に置いておくと非常に有用な,お薦めの一冊である。


《評者》 福岡大薬学部教授・腫瘍・感染症薬学

 病態による食欲不振や下痢症状の持続などから,経口摂取が困難な状況に陥る場面がある。このような患者に対して適切な栄養管理を怠ると,各種の栄養素やミネラル,ビタミンの欠乏症,さらにそれらを原因とした免疫力の低下や術後の創傷治癒の遷延などの深刻な症状を招きかねない。このような状況では,治療に対する効果が十分に発揮されないだけでなく,他の疾患を併発して追加の治療が必要となる場合すらある。つまり,医療の現場では日ごろから適切な栄養療法を心掛けて実施することが,各種の疾患の治療や合併症の予防となり,結果として患者の予後や全身状態,生活の質(QOL)の改善につながるのである。

 栄養サポートは,医療と療養の基本である。栄養不良の早期発見と適切な栄養サポートが合併症の予防や早期回復につながるという考え方が浸透し,現在は多くの施設で栄養サポート体制が構築されるようになった。また栄養サポートに関するチーム医療の有効性が証明されてからは,診療報酬においても保険加算が認められ,各医療機関において多種職による管理体制が浸透した。このチームでは,医師,薬剤師,管理栄養士,看護師,言語聴覚士,臨床検査技師などの多職種が連携し,各職種の職能を発揮しながら多方面からアプローチする医療が成果を上げている。

 このような状況において,薬剤師に求められる栄養療法の知識は,飛躍的に高度化しかつ多様化しているが,意外なことにこれまで薬剤師に特化した栄養療法の書籍は存在しなかった。本書は,薬剤師が知っておくべき栄養療法の知識を網羅しながらもコンパクトにまとめられ,実践的な知識を得られるマニュアルとしてその有用性は非常に高い。具体的な内容としては,前半の総論において,経腸・末梢静注,中心静脈栄養についての「投与法」「薬剤との相互作用・配合変化」「アセスメント」のポイントが的確に解説されている。また栄養療法を考える上での臨床検査値や水分・電解質の項も有用である。その後に続く各論では,食欲不振,下痢,便秘,肝疾患,悪性腫瘍などの全22の症状や疾患を取り上げ,それぞれについて,「栄養管理」「食事療法」「薬物療法」の各ステップの介入ポイントをわかりやすく提示している。このような多種の疾患に対して,各ステップでの栄養療法を非常に的確に解説している書籍は,病院での薬剤管理指導や栄養サポートチーム活動,保険薬局における在宅栄養指導などの各種の場面で重宝するものと確信している。

 最後になるが,この書籍の帯にもあるように,患者の症状や疾患に応じた最適な栄養療法を進めるときの「心強い相棒マニュアル」として,ぜひ薬剤師業務において常備し,活用していただきたいと願っている。


《評者》 国立精神・神経医療研究センター病院名誉院長

 待ちに待った筋疾患画像アトラスが世に出ることになりました。

 この本が世に出ることを強く後押しされたのは故・川井充先生だと思います。川井先生は1983年に赴任された旧・国立療養所下志津病院で学位論文「Duchenne型筋ジストロフィー症の骨格筋CT所見と,これにもとづく病期分類」を完成されました。おそらく本邦では最初の神経筋疾患画像診断の重要性を説かれた論文だと思います。その後も先生は厚労省の筋ジストロフィー臨床研究班の班長として筋疾患の画像解析の重要性を力説され,久留聡先生にアトラスを出版することを依頼されたのでしょう。しかし残念なことに川井先生は本書の完成をみることなく,2016年に63歳で他界されました。その後のデータは国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の筋画像データベース(IBIC-NMD)に蓄積され,今回の出版の基礎となったのに違いありません。久留先生は川井先生の遺志をつがれ,膨大な資料を選んでアトラス本として,まとめられたのです。久留先生は画像診断研究に15年以上も費やしたと序文に記載されています。

 この本を最初に手にしたときの印象は本の大きさ,重さなどが極めて手軽であることでした。この本ならば外来や病棟に持っていって自分で納得し,本人や家族に説明するのに利用できる最高の本であると確信しました。さらにCT,MRI横断面が平行に並べられ,どの骨格筋が侵されているか,正常を保っているか一見できるように工夫してあります。例えば,特に強く侵される皮膚筋炎の外側広筋にはVLの印がつけてあるので,どの部位か,どの程度侵されているかすぐにわかります。またCT,MRIが併記してあるので,炎症筋疾患ではMRIに強い変化があることもわかります。とにかく素人でも病変の種類,部位がわかりやすくなっています。

 疾患の部では,疾患各論を後天性筋疾患と遺伝性筋疾患に分けられています。後天性筋疾患では最近どんどん新知見がみられるようになった炎症性筋疾患が詳しく述べられ,画像が診断に役立っています。「column 2」(p.49)では筋炎特異的自己抗体との関連が述べられ,炎症性筋疾患の理解に役立っています。遺伝性筋疾患の部では代表的疾患である筋ジストロフィーの筋罹患部位,進行による変化が述べられていて治療方針を容易にしています。特筆すべきはまれな病気には診断,遺伝子変異,臨床的特徴,組織病理画像など病気を理解するための知識が記載されていることです。

 最後にお願いです。画像診断技術はどんどん進んでいます。将来は1本1本の筋線維が白筋か赤筋かMRIで鑑別できる日が来ることでしょう。もう筋生検の必要はなくなります。久留先生がそのような装置の開発を進めて,成功されたときは先生の著書を100冊買いましょう。その日が楽しみです。

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