医学界新聞

対談・座談会 中島俊,川上ちひろ,田宗麻姫子

2023.08.07 週刊医学界新聞(通常号):第3528号より

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 患者さんとの信頼関係の構築や情報共有,治療への動機づけ,また同僚・多職種との適切な連携や後輩への指導……。医療者が働く中で,円滑なコミュニケーションが求められる場面は多々ある。しかし,卒前/卒後にコミュニケーションについて学ぶ機会は少なく,多くの医療者が日々悩んでいる。

 このたび上梓された『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』(医学書院)では,最新のエビデンスを踏まえながら,上記で示したような場面における円滑なコミュニケーションについて理解を深めることができる。本書の著者である臨床心理士の中島俊氏,看護師/保健師で医療者教育の専門家である川上ちひろ氏,医師として卒後教育に携わる田宗麻姫子氏の座談会より見えてきた,円滑な医療コミュニケーションのための指針とは。

中島 臨床心理士として病院で働く中で多くの医療者が患者さんとのかかわりで悩まれていることを知り,そのような医療者を支援できればと「週刊医学界新聞」で「こころが動く医療コミュニケーション」と題した連載を行いました。これを基にまとめたのが『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』(医学書院)です。

 本日は,医療者教育の専門家でありコミュニケーション教育にも明るい川上先生と,臨床現場で研修医や専攻医への指導を担当する医師の田宗先生との議論を通じて,医療コミュニケーションにはどのような課題があるのか,またその課題をどう解決すればよいのかを考えたいと思います。

中島 医療者が患者さんとのかかわりで悩む大きな理由は,コミュニケーションが文脈に大きく依存することです。たとえ同じ疾患を抱える患者さんであっても,疾患の程度や緊急度,患者の求める支援や価値観などが異なれば,適したかかわり方も変わってきます。

田宗 文脈による違いは,日々の臨床でひしひしと感じますね。私は内科系総合診療,救急医療に従事してきましたが,領域によって患者とのかかわり方は全く異なります。救急では“救命”が最優先のため,患者・家族から治療に必要な情報を迅速に引き出すかかわり方が求められます。一方の総合診療では“課題解決”が目標です。時間をかけてコミュニケーションをとりながら患者の気持ちに寄り添い,関係を築き,課題を解決に導くことが大切になります。

川上 臨床実習に出る前に施行されるOSCEで臨床で最低限必要なコミュニケーションスキルが問われるためか,最近の若手の医師はコミュニケーションがうまくなっているとよく耳にします。型とはいえ,全員があいさつや傾聴などを身に付けたことで,コミュニケーションの質が底上げされたのは非常に喜ばしいことです。ただし,臨床現場に出たら型通りにやるだけでは不十分です。文脈に応じて型を臨機応変に駆使する力が求められます。

中島 コミュニケーションエラーの原因は医療者個人だけではなく,患者さんと向き合う時間の少なさや教育環境といった医療者を取り巻くシステムにも起因していると私は考えています。OSCEの導入は,システム面からコミュニケーションの課題に対応した良い事例ではないでしょうか。

 一方,川上先生がおっしゃった「型通りにやるだけでは不十分」というのも,まさにその通りです。「最近の医療者はOSCE対策で学んだ型を画一的に用いるだけで,状況によって柔軟に使い分けられていない。マニュアル通りの対応に傷ついたり,困惑したりする患者さんがいる」と医療現場で教育を担う先生からお叱りを受けたこともあります。あらかじめ問診票に書いたことを改めて聞いてきたり,症状のつらさに対して大げさに共感してきたりしたら,誰だって不信感を抱きますよね()。

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 ミスコミュニケーションを引き起こすAさんと医療者との会話〔『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』(医学書院)13頁より転載〕

田宗 「わざとらしいリアクションはいらないから,早く薬を出して!」と思いますよね。私が学んだ産業医科大学には,OSCE以外にも大学独自のプログラムとして面接のロールプレイがあり,自分の面接の様子を録画して振り返ったり,他の学生の面談を第三者として見学したりしました。自分や他者のコミュニケーションを客観視することで初めて得られる気づきがあると実感し,マニュアルは万能ではないこと,マニュアルをなぞるだけでは患者の気持ちに寄り添ったコミュニケーションはできないことを思い知りました。人間同士のやり取りを単純なマニュアルに落とし込むことは,到底不可能です。

中島 マニュアルに従ったかかわりを盲目的にするだけでは,医療者が本来大切にすべきものが失われてしまう,ということですね。エキスパートのこれまでの経験やエビデンスから作り上げられたマニュアルを通してコミュニケーションの型を学ぶことは,文脈に応じたコミュニケーションを実現するためのはじめの一歩と私は考えています。その次のステップとして,マニュアルを指針にしながら,臨機応変に対応できる応用力を養うことが必要と言えるでしょう。

川上 そのためには,共感性を高める教育を学生時代から受ける必要があるでしょう。現在の学生には,文脈や個人の倫理観,共感性の高さに判断が左右される状況で,どう考えればよいかを練習する機会が不足していると感じています。

中島 具体的には,どのような場面を想定されていますか。

川上 例えば,患者から手土産をもらった時です。「患者から物をもらってはいけない」という院内の規則に鑑みると受け取ってはなりません。けれども,感謝の気持ちとしてあめ玉を1つだけくれたという状況だったらどうでしょう。既に臨床で働いている医療者なら経験を踏まえて適切に対応できるかもしれませんが,初めて経験する学生にとっては非常に悩ましい場面だと思います。こういった場面でどう行動すれば良いかを教員と学生で一緒に考える機会は,まだ少ないように感じます。

田宗 私が専攻医教育で最も苦労するのは,専攻医の倫理観が確立しておらず,「患者のための医療」という目標を持てていない場合です。倫理観は一朝一夕で変えられるものではないので,倫理観や共感性を卒前から育むのは意義深いと思います。

 一方で,医学生・研修医時代を振り返ると,むしろ卒前より卒後教育にばらつきがあると感じます。私は後期研修時に診療や病状説明時のコミュニケーションについて指導医からフィードバックを受けることができ,今も悩んだ時には相談が可能な環境ですが,勤務先・上司次第ではその機会が全くなかった方もいるはずです。そもそもコミュニケーション教育の存在や必要性に気づいておらず,改善につながっていない方もいるかもしれません。教育が十分に行われていれば防ぎ得たであろうエラーによって患者を傷つけたり,不利益を及ぼしたりするのはあってはならないことです。卒前教育だけでなく,卒後教育もさらに充実させる必要があります。

中島 おっしゃる通りですね。そもそも,医療コミュニケーションの中心となるマインドは「患者さんの利益に資する」ことです。そのマインドを養うには,倫理観の養成を含めたコミュニケーション教育が重要な役目を担うと考えます。しかし多忙な医療現場において,学習者が教育を受ける時間,指導者が教育に割く時間は確保しにくい状況です。患者さん中心の医療を実現するために,現在の医療者を取り巻く環境そのものを変えていく必要があると感じています

川上 根本的な問題の解決に向けては,教える場や教え方を整えるだけでなく,各病院が医療者をどう育てたいかというコンピテンシーを定めることが大切です。その上で,コンピテンシーに合わせた医療者教育をチームで作り上げていかなければなりません。

田宗 コミュニケーションエラーの具体的な事例を扱った研修を,必修で定期的に行うとよいのではないでしょうか。面接のロールプレイやシミュレーションができれば理想的ですが,時間やコストの面から難しい施設もあるでしょう。その点,動画や解説を見聞きするだけであれば,モチベーションの高さにかかわらず全員が実施可能です。自分のコミュニケーションに改善が必要と気づき,実例を通して考え方や行動に変化が起こることが期待できます。状況に応じた臨機応変な対応は暗黙知による部分も大きいです。シミュレーションや経験を通じて自ら学び続けることは,暗黙知を身に付け,状況に応じた適切な対応ができるようになるために効果的とされます1, 2)

中島 リアルタイムの講習だけでなく,オンデマンド動画のようなアクセスに縛られないコンテンツがあると,忙しい医療者にとっては助かりますよね。最近の研究では,医療者の共感力が患者さんの予後と関連していることがわかっています3)。研修を通して医療者のコミュニケーションの質が向上すれば,提供する医療の質の向上にもつながると言えるでしょう。

中島 医療コミュニケーションの課題は,患者さん相手に限ったことではありません。多くの医療者が同僚や他職種とのコミュニケーションに悩まれています。私自身も常勤の臨床心理士として病院で働いていた時に,同僚から患者さんとのカウンセリング内容を尋ねられ,情報共有,守秘義務,同僚との関係性という点から,何をどこまで伝えるべきかを悩んだ記憶があります。

田宗 看護師やコメディカルとの多職種間コミュニケーションにおいては,同じ状況でも判断や常識が異なることがあり,そのギャップに驚くことが多かったです。医師は医学的な最終判断を担うため,多職種でのコミュニケーションの際に影響力が強くなりがちです。医師から他職種に積極的に歩み寄ることが一番重要だと感じています。

川上 新人看護師とプリセプター,医学生と医師,多職種間。どんな関係であれ,年齢や領域による権威勾配・上下関係が形成されることで,コミュニケーションエラーが生じているように感じます。新人看護師とそのプリセプターに,新人教育過程で感じていたこと・考えていたことについてインタビュー調査を行った際も,バックグラウンドや認識のズレによってトラブルが起こっているケースが散見されました4)

中島 個人が持つ前提知識や経験,価値観などのバックグラウンドには差があります。そのギャップを埋めるには,話しやすい場を設けることや,相手の考えを理解しようとする姿勢が求められますが,そう簡単にはいかないのが難しいところですね。

田宗 私も現在,研修医・専攻医を指導する中で世代間のギャップを感じており,コミュニケーションの難しさに悩んでいる最中です。スタンスやマインドが世代によって大きく異なるため,若手にどう歩み寄ればよいのか戸惑っています。

中島 具体的にどのようなことで悩まれているのでしょうか。

田宗 ベテラン指導医が若手のためにセミナーや勉強会を開催しても,若手はその指導を求めていなかったり,指導をお節介と感じていたりすることがあるようです。そんな様子を見ると,後輩に指導しようと思った時も相手にとっては迷惑かもしれないと心配になり,思いとどまることがあります。もちろん,積極的に指導を求めてくる方に対しては,私も喜んで教えられるのですが……。

川上 世代でくくるのはよくないかもしれませんが,いわゆる“X世代”と“Z世代”の時代背景の差から,価値観の違いが生まれていると感じます。1960年代中盤から1970年代終盤に生まれたX世代の先生方は,「前のめりに指導を求めに行くのが当たり前」という時代に教育を受けていました。1990年代中盤から2010年代序盤に生まれたZ世代の受け身ともとれる態度にギャップを感じるでしょう。

 このギャップを埋める一つの方法は,対話をすることだと思います。大切なのは,互いの目標を共有することです。相手は何を学びたいか,こちらは何を教えたいかが共有できれば,どこまで,いつ,どのような形で教えればよいかの方略も決まってきます。受けてきた指導と今求められている指導は異なると理解した上で,一歩ずつ認識をすり合わせていく過程が必須です。

中島 どのような相手であれ大なり小なり認識のズレは生じるものです。お互いの認識のズレが致命的な結果につながらないように,意識してかかわることが重要なのだなと改めて感じました。患者さんや同僚と丁寧なやり取りをするのは労力がかかりますが,それを省いてしまうとトラブルが発生し,多くの時間的コストや心理的負担がその対応にかかってしまいます。コミュニケーションはこのような事態に陥ることを避ける,急がば回れの予防薬と言えるのかもしれません。

 コミュニケーションの課題を完全に解決することは難しいことですが,医療者を取り巻くシステムを見つめ直し,相手とかかわろうとする姿勢を持ち続けることが,患者さんだけでなく,私たち医療者にとってもやさしい医療になるのだなと感じました。本日はありがとうございました。

(了)


1)鈴木宏昭,他.コトバを超えた知を生み出す:身体性認知科学から見たコミュニケーションと熟達.組織科学.2015;49(4):4-15.
2)横山拓,他.プロジェクションと熟達――マイケル・ポランニーの暗黙的認識の観点から.日本認知科学会第34回大会.164-70.
3)Ann Fam Med.2019[PMID:31285208]
4)川上ちひろ.連載 新人看護師とプリセプターの視点から考えるよりよい新人看護師教育.看管理.2021;31(2-12).全11回.

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筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 准教授

2006年北海道医療大心理科学部卒。博士(医学)。臨床心理士,公認心理師。北海道メンタルケアセンター常勤心理士,東医大睡眠学寄附講座助教,帝京大文学部心理学科講師,国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター臨床技術開発室長を経て23年7月より現職。専門は,エビデンスに基づく心理療法。著書に『入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本』(医学書院)。

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岐阜大学医学教育開発研究センター 副センター長/教育開発学部門 部門長・併任講師

養護教諭として岐阜県の公立小中学校に勤務の後,2001年に退職。05年岐阜大医学部看護学科卒。12年名大大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。看護師/保健師。11年より岐阜大医学教育開発研究センター助教を経て現職。専門は医療者教育,発達障害を持つ学習者の教育・支援。

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関東労災病院 総合内科

2015年産業医大卒。徳山中央病院で初期研修,獨協医大病院総合診療科・産業医大病院救急科で後期研修を行い,20年関東労災病院へ入職。救急科専門医,認定内科医。総合内科での外来・病棟業務を行いながら,初期研修医や内科専攻医への教育にかかわる。

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