医学界新聞

排便トラブルの“なぜ!?”がわかる

連載 三原弘

2023.06.26 週刊医学界新聞(看護号):第3523号より

 排便トラブルは,あらゆる場で発生します。本連載では,排便トラブルで悩む患者さんの次の一歩を,現場で奮闘する看護師さんが自信を持ってサポートできるよう,〇×クイズを羅針盤にポイントを整理しました。各現場で必要な排便トラブル対策を身につけてください。

①大腸内の胆汁酸量が増加すると便秘になる
②スクワット姿勢にすると排便しやすい
③便秘時に下痢便が出ることはない

 ストレスによる過敏性腸症候群や高齢化による便秘が増加すると,患者さんの健康やQOLを悪化させるだけでなく,患者家族と医療・介護関係者の負担を増やします。第1回は今後の連載を見通して,「排便の生理と異常」を可能な限りわかりやすく説明します。

 まずは排泄に至るまでの流れです(図1)。口(または胃瘻)から入った食べ物は胃で胃液によって消化された後,十二指腸で自然の下剤である胆汁酸と混ざります。全長5~6 mにわたる小腸で細かく分解され,水分と栄養分の80%が吸収されます。その後,水分が吸収されながら全長1.5~2 m,直径5~7 cmの大腸を移動し,固形化した糞便が直腸の前で溜まります。糞便の移動には,下記の項目が重要とされています。

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図1 消化の流れと便の形成メカニズム

・調和の取れた大腸の動きによる推進力
・大腸癌などによる腸管の狭窄がないこと
・ちょうどの便ボリューム
・適度な水分吸収

 便ボリューム(連載第5回),水分吸収(連載第2・7回)の問題については今後の連載で詳しく紹介していきますので,今回は「調和の取れた大腸の動きによる推進力」に絞って解説します。

 大腸の動きには,糞便からの適度な刺激,腸管平滑筋の適度な収縮,副交感神経優位な状態が求められます。1つ目の糞便からの刺激として代表的なものは,腸内細菌と胆汁酸です。前者は,善玉菌が作る乳酸や酪酸が糞便から与えられる適度な刺激となり,不規則な生活などで悪玉菌が増加しガス産生が増えると,過剰な刺激となります。後者の胆汁酸は,95%以上が終末回腸で再吸収される一方,大腸に流入した残りの5%が大腸粘膜からの水分分泌,大腸運動,直腸感受性を増加させます。高齢者では胆汁酸量が減少,下痢型過敏性腸症候群では増加し,それぞれ便秘,下痢の原因になる場合があります(○×クイズ①)。

 2つ目は,腸管平滑筋の収縮による影響です。末梢神経に障害が起こる糖尿病やパーキンソン病,抗コリン作用などの大腸運動を抑制する薬剤,あるいは腸管神経を麻痺し得る刺激性下剤の連用で腸管平滑筋の収縮が障害されます。

 3つ目は副交感神経が優位な状態です。この状態で朝食を食べると,胃結腸反射が起こりやすく,糞便が直腸に移動します(図1)。しかし,緊張や低血糖のため交感神経が優位になったり,ストレスホルモンが放出されたりすると,大腸の動きの停止や異常に強い収縮が起こり,便塊の停滞や腹痛を生じさせます。ストレスで腹痛や排便トラブルが生じる過敏性腸症候群では便秘や下痢になる場合もあり,必ずしも便秘と下痢の病態が真逆というわけではないようです。

 それでは,大腸に到達して以降の排泄の解説に戻りましょう。直腸の前で固形化した糞便が溜まると,直腸が糞便の圧を感じ,肛門括約筋の弛緩反射が起こります。弛緩反射に抵抗せず,排便姿勢を取り十分な腹圧をかけるとすっきり排泄されるのです。ポイントは,直腸の圧と肛門の弛緩に注意を向けること,スクワットに近い排便姿勢をとること(○×クイズ②),十分な腹圧をかけられる腹筋を維持することです(図2)。女性の場合,肛門括約筋が弛緩しないまま腹圧が上がると,圧に弱い膣が押されて難治性の排便障害を生じるケースがあります(直腸瘤)。摘便時にも膣側(前壁)は圧に弱いために注意が必要です(連載第9回で詳述)。

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図2 排便時の体位と排便のしやすさ
洋式トイレに座った時のような直立座位の場合,恥骨直腸筋により肛門直腸角が鋭角となり便が出にくい(左)。一方,肛門直腸角が真っすぐとなるように足台を使用したり,和式トイレを利用したりする場合は,ストレスがかかりにくく排便が得られやすい。

 図3に便の形状(ブリストル便形状スケール)と排便トラブルを並べました。ちょうどの便ボリューム,そして便中に含まれる食物繊維,腸内細菌,胆汁酸,水分のバランスが良いと平滑で軟らかいソーセージ状の便(タイプ4)となります。ボリュームが少ない,あるいは調和の取れた大腸の動きの障害によって水分が吸収され過ぎると,便塊が小さく硬くなり便回数が減少します(タイプ1~3)。硬便で直腸圧が上がりすぎた場合,詰まった便の間から下痢便が漏れ出ることもあります(便失禁)(○×クイズ③)。ちなみに便失禁は,便秘のある切迫性(15%),便秘がない漏出性(50%),混合性(35%)に分類され1),加齢による肛門括約筋の機能低下,術後の神経損傷,神経障害,過敏性腸症候群が原因として挙げられています。

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図3 ブリストル便形状スケールと排便トラブル

 一方で,糞便の移動が速すぎる,水分吸収の障害,腸の炎症による水分分泌の増加によって下痢状の便(タイプ5~7)になります。下痢便は腹圧にかかわらず少量ずつ排泄されますが,逆流を起こしやすく何度も排泄したくなるため非常に不快で,失禁の原因にもなります。急性下痢は感染性腸炎の頻度が高く,慢性下痢は感染症,炎症性腸疾患,好酸球性胃腸炎,顕微鏡的大腸炎,食物アレルギー,薬剤性,吸収不良症候群など原因が多彩です。頻回便(便が頻回に出る)は過敏性腸症候群,大腸閉塞の症状である可能性もあります。便意はあるが出ない,あるいはごく少量しか出ない(テネスムス)時は,直腸の炎症である可能性が高く,赤痢,潰瘍性大腸炎などが考えられます。

 可能な限りわかりやすく排便の生理と異常を解説しましたが,それでもかなり複雑な病態であると思われたことでしょう。そもそも,正常の排便ですら恥ずかしいと感じる日本人は多いことから,排便トラブルを早期に発見し,診断・治療へと進みづらい場合もあります。看護師が排便トラブルに接した際には,今まで通り温かく羞恥心に配慮していただきつつ,今回の内容を参考に医師,薬剤師等と協働していただけますと幸いです。次回から救急外来などの臨床シーンごとの患者指導法,小児・思春期や在宅などの患者背景に合わせた対応を,〇×クイズと共に解説していきます。しばらくお付き合いください。


企画に当たって助言をいただいた松橋朋佳氏(市立三笠総合病院),梅田加洋子氏(真生会富山病院),関根菜々恵氏(富山大学附属病院)に感謝申し上げます。

1)中神克之.13 便失禁.三原弘,他編.ナーシング・グラフィカEX 疾患と看護③消化器.メディカ出版2020.p66.

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札幌医科大学総合診療医学講座 准教授

2002年富山医薬大(当時)卒。同大内科学第三講座(消化器内科)入局。08年生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理研究部門に国内留学。15年富山大医学部医学教育センター助教。19年同大病院第三内科診療講師。22年9月より現職。これまでに急性腹症診療ガイドライン作成委員,慢性便秘症診療ガイドライン作成委員などを務める。著書に『うんこのつまらない話』(中外医学社)。

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